CONTENTS

会長挨拶

監査役就任挨拶

News!中竹さん、早大ラグビー部監督就任

東筑フォーラム

気象衛星センター見学会に参加して

この指とまれ!げってん会/にわだま会/ひびき会/あった会

2006年度東京東筑会懇親会案内

2005年度当番期回顧録

2005年度生徒派遣事業記録

53期「知命記念」旅行

54期卒業五十周年記念旅行

関西東筑会懇親会に参加して

提言~後輩のためならば~

News!北村憲雄さん、郵便事業会社の初代最高経営責任者就任

受け継がれる東京東筑魂

追悼 古岡勝前会長、仰木彬監督を偲ぶ

東京東筑会会則

会務報告/平成17年度決算および平成18年度予算

 

会員各位                                       平成17年5月

                                    東京東筑会 会長 安永保昭

個人情報保護法への対応に関するご報告

拝啓 時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。さて、平成17年4月1日より「個人情報保護法」が施行されました。
  私ども東京東筑会は、会員各位の個人情報の取り扱いに閲しまして細心の注意を払って参りましたが、今後は一層個人情報の適切な取り扱いに努めて参りたいと存じ、当会の基本方針を以下のように定めましたので、ご報告させていただきます。

                              敬具

[個人情報保護方針]

1.法令等の遵守と継続的改善 当会は個人情報保護に関する法令・ガイドライン等
を遵守し、個人情報を適切に保護する為に基本方針の継続的な見直し、改善に
努めます。

2.適正な取得・利用 個人情報の取得にあたっては、利用目的を明記し適正な方法
によって取得いたします。また、取得した個人情報は当会の活動の範囲内で利用
します。

3.第三者への提供 会員ご本人の同意がある場合を除いて、第三者に個人情報を
提供することはありません。

4.安全管理 ご提供いただいた個人情報の正確性及び安全性を確保し、個人情報の
紛失・破壊・改ざん・漏洩等が無いよう適切に管理いたします。

5.開示・訂正・利用停止等 当会が保有する個人情報こ関して、会員本人から開示・
訂正・利用停止のお申し出があった場合は迅速かつ適切な方法で対処いたします。

6.苦情等の窓:当会の個人情報の取り扱いに関する苦情・お問い合わせは東京東筑会
事務局(日・祭日は休み)

   TELO3-3232-5211 FAXO3-3232-5212

 

 

伝言板

 

55期 築地誠より

「このゆびとまれ」55期の溜まり場をご紹介します。
そこは中野駅近くのパブ・スナック「ぶるう」です。明るく、元気なママさんは同期の中平悦子さん。
55期と云うより、既に同窓生の溜まり場でもあります。幹事の築地が案内役を承ります。

 電話は 03-3388-2513
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59期 太田征男より

(1)北村憲雄君が来年10月発足する「郵便事業会社」の最高経営責任者になるというビッグニュース。
   郵政民営化解散で何かと話題になっただけに成否が注目されています。
   適当な時期に激励の集いをしますので、同期の皆さんで祝福と激励をしましょう。

(2)時期は未定ですが、同期でヨーロッパ旅行を計画しています。具体的になったら、皆さんに案内状
  を出しますので、多くの方の参加を期待しています。
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54期 小林三郎より

 10回目を迎える54期会「京都、奈良歩こう会」(主催は百田浩二君:大阪)は11月10~12日に
 京都・嵯峨野方面に。東京から九州まで20人が参加予定。
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58期 末松誠より

 「書道ひとすじ」野中吟雪(本名:浩俊)が新潟で個展。(平成19年3月29日~4月1日)
  新潟大学を卒業後、郷里福岡で9年間の高校教師を経て、新潟大学教育学部に着任、現在
 教授のかたわら新潟県書道協会理事長として現役活躍中。

 「不手非止(ふでびと)」同人として、毎年、銀座の鳩居堂で書道展が開かれ、年々書体が著しく
 躍動するのに驚かされ、案内状をもらうのが楽しみになっている。
 また幕末の京都に生まれ、89年の生涯をひたすら書、画の世界に身を置いた、日本が誇る代表
 的な芸術家「富岡鉄斎」の研究家としても第一人者であり、4年前の著書 「富岡鉄斎仙境の書」
 は、すばらしい一冊である。
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会長挨拶

東筑の絆を拡げ深めよう                    会長・安永保昭(53期)


1.会員の皆様の絶大なご支援に感謝

 昨年の総会で「火中の栗を拾う」心境で会長をお引き受けし、新しい執行部は不安の中でスタートしました。
しかしながら、会員の皆様の絶大なご支援を頂き、昨年度は会費納入者数を前年の595から680へ、懇親会出 席者数も257から379へと共に大幅に増やして頂きました。このような会員の皆様方のご支援に励まされて、何と か初年度を乗り切る事ができ、また会の改革への動きを進める事ができました。 会員の皆様の絶大なご支援に心から感謝申し上げるとともに、本年度も一層のご支援をお願い申し上げます。

2.会の存在価値の向上を目指して

 昨年新しい執行部は「東京東筑会の存在価値の向上」の為に、「東筑の絆を拡げ深め、楽しい同窓会の実現」を 目指すこととし、「透明性の確保」、「オープンな議論」、「多数参加」で、会を運営することで出発しました。
  『懇親会』、『会報』、『HP』、『東筑フォーラム』、『現役生の東京研修支援』などの事業は担当の方々の頑張りで 進化しながら実施され、また、同好会や方面会などの活動もお世話下さる方々のご努力で始まりました。
  しかし「名簿」については、整備は進めますが個人情報保護のため発行しないことと致しました。

 『基盤整備』としての『制度のリニューアル』については、委員の方々のご努力で「役員の任期短縮と多選禁止」や「監査機能強化」などを含む「会則と運営規則」の改正・制定が実現されました。また、『財政基盤の健全化』についても、「会費収納率のアップ」と「経費の効率的利用」で収支黒字が実現され、「経理システムの再構築」も「李下に 冠を正さず」の精神による規定が「会計規則」に盛り込まれました。
  この間、当番期の頑張りや、期別幹事や役員は勿論、特に事務局の方々の献身的で積極的な活動で、会の活動が大いに推進されました。

3.本年度も同じ方針で

 今年の総会では改正会則のもとで役員も改選されることになり、改めて同じメンバーの執行部がさらに2年の任期 を担う事になりましたが、本年度も昨年度と同じく、『東筑の絆を拡げ深める』ことを目指しています。
  そのために『懇親会』、『会報』、『HP』、『東筑フォーラム』、『現役生の東京研修支援』などの事業は勿論のこと、 既に始まっている『同好会や方面会』の活動の拡大と活発化に取り組み、その基盤として『財政の健全化』を進め ますが、従来の慣行などを尊重しつつも囚われることなく、リスクも考慮しながら新しい可能性にもトライして参りたいと思います。
  例えば、本年度は「75歳以上と学生に相当する期の会費を納入されている方々の懇親会への無料招待」を試みます。ご年配の方々は長年にわたる会への貢献に対する感謝の気持ちからですが、学生については東筑卒業生減少の中で重要課題である「若い世代の開拓と組織化」に結びつけることを期待してのものであり、期待通りの成果により今後も続くことを願っています。

4.会への積極的な参加を

 これらの事業や活動が「東筑の絆を拡げ深め」、会員の皆様の楽しみ、癒し、活力の再生などにつながればと念願 しており、皆様の参加がそれらをさらに活性化させます。会の運営や活動への提言や新しい同好会・方面会の立ち上げなどをも含めて会員の皆様の積極的な参加をお願い申しあげます。

 本年度も執行部の方針にご理解を賜り、引き続きご支援とご協力とご参加をよろしくお願い申し上げます。


安永会長

 

安永保昭

1937年、折尾生まれ。則松小、折尾申出身、九州大学法学部卒業。

化薬アクゾ株式会社の社長を2001年に退任。

趣味は、美術館、庭園巡り、スポーツ。

 

 


監査役就任のご挨拶 / 築地誠(55期)

  
6月度の総会に於いて永田雄次氏と共に監査役に選任された築地でございます。

 今回の選任は東京東筑会の新会則12条に則って行われたものであります。 執行部は次々に新施策を実行中ですが、この監査役に関する件もその一つであります。
  この監査役は従来は会計監査と呼ばれており、1名が会長の委嘱によって決められていました。それが今回は総会での選任と独立性を強めた事。更に範囲が運営全般に関わる監査と明記されたことであります。つまりは、責任が重くなったのであります。

 私は既に会計監査として1年が経過していますので、2年目になりますが、改めて抱負を述べさせて戴きます。私は財務の専門家ではありません、ましてや自信があってのお引き受けではありませんでした。しかしお話があった時に、今は自分の都合でこの役をお断りする時では無いと思った事。そして、東京東筑会を大切に思う気持ちがあれば何とかなるだろうとの考えからお受けした次第です。

 私の監査に対する基本的な考えですが、「結果は原因の集積」である。つまりは良い結果を期待するにはその「過程の評価を大切にせよ」であります。さらには申すまでもありませんが、私達の東京東筑会がその存在価値を発揮し続ける為には財務基盤の健全化が不可欠であります。これからも各位の協力を得ながら「より楽しい東筑会」のために努力をしていく所存であります。

 さて、蛇足を一つ。 私が名刺を出すと大概の方は笑います。それは私の紹介欄に「定年退職後を楽しむ会」顧問とあるからです。これは実体のある組織ではありませんが、退職後の不安軽減を目的に仲間と一緒に創った組織であります。そして、退職後の生活を充実させる為の助言の一つに「同窓会への積極参加」があるのは云うまでもありません。

 

築地監査役

 

築地 誠

1939年、生まれ。西川中学校出身。

幾つかの会社に在籍し、定年退職は日本ビクター㈱で迎えたが、一貫して人事関連部門を担当した。

趣味は「詩吟」。現在、岳風流・湘清吟詠会理事。

 

 

 

 

  監査役就任のご挨拶 / 永田雄次(67期)

 

平成18年4月26日の総会において監査役に選任されました67期の永田でございます。

 東京東筑会には、昭和60年頃に期幹事として関わらせていただいていましたが、福岡への転勤で一旦遠ざかって おりました。 東京へ戻って参りまして55歳の節目を期に、また昨年より期幹事として幹事会に出席させていただいていましたが、はからずも役員の一翼である監査役を勤めさせていただくことになりました。
  今期から監査役の役割を、これまでの会計監査だけではなく業務監査までの広範囲な監査を遂行することにしたことに伴い、監査役を1名増員して2名体制で臨むことになりました。
  会計監査以外に業務監査も行っていくためには、東京東筑会の定例の行事である役員会、幹事会、稔会、東筑フォーラムそして年間最大の行事である懇親会や会報やホームページなどの広報活動などの実情をよく理解し把握しておくことが重要であることを認識するとともに、それらの活動が東京東筑会の目的とルールの沿ったものにすることも大切であります。
そのために監査役として、十分に責任と役割を自らのものとして、取り組む所存です。
  企業での日々の仕事を通じたノウハウや団塊後の世代として意見も積極的に活かせるところは活かしていくことが出来ればと念じています。

 

永田監査役

永田雄次

1950年生まれ 則松小、折尾申出身、九州大学理学部卒業。

株式会社ウチダテクノ勤務(株式会社内田洋行より平成17年転籍)

内田洋行入社以来人事総務部門を入社以来担当。

趣味は、クレー射撃とゴルフを少々。

 


 

 

NEWS !  90期の中竹さんが、早稲田大学ラグビー部監督に就任 !   76期 取材班

 

76期取材班は、この度早稲田大学ラグビー部監督に就任した90期中竹竜二さんにインタビューを行いました。
中竹さんは東筑を卒業後、早稲田大学へ進学、1996年4年生時にキャプテンとして活躍、当時低迷していた早稲田を率いて強豪明治に対し後一歩と追い込んだ「ALL OUT」伝説を生み話題になりました。
この度、早稲田大学ラグビー部を常勝軍団へ復活させた清宮前監督の指名を受け、監督に就任されました。



◆早稲田大学ラグビー部監督就任おめでとうございます。今の意気込みをお聞かせください。

ありがとうございます。意気込みとしては、あまりカをいれず、自分のスタイルでやろうと思っています。

◆東筑ラグビー部時代で一番印象に残っていることは何でしょうか?

とれが一番かとは決めにくいのですが、東筑ラグビー部時代といわれると「つらかった」ということを
思い出します。
  もう一つ、最後の試合で、当時指導頂いていた小田先生を「男にしたい」と強烈に思いました。
  人の為にやりたいという思いを、人生で初めて持ちました。そこがいまだに印象です。

◆小田先生は大変厳しい方とお聞きしていますが?

どうして厳しく出来るかというと、やっばりそれだけ愛情を注いでいるということなんだと、今自分が
指導者という立場になって本当に思います。それだけ厳しいことが出来るということは偉大な人なのだ
と改めて思います。

◆当時、楽しかった事は?

やっぱり、練習が終わった後はいつも楽しかったです。僕自身、芸はないのでいつも聞き役でしたが、
同期には芸達者な人間が多かったので小田先生や先輩の物まねをやっていつも大笑いしていました。

◆勉強のほうは如何でしたか?

そんなに出来るほうではなかったですが、僕の能力にしたらがんばったほうだと思います。

◆そのころの仲間とは?

福岡lこ帰ると会っており、テレビ局に入っている人間なんかとは良く一緒に何か出来ないかなという
ような話をしています。また、みんな応援してくれています。

◆印象に残っている先生の話をお聞かせください

ほとんど全員覚えていますが、1年生の時に指導いただいた平田先生は特に印象が深いです。
柔道の先生ですが、本当にいろんな意味で「男」を教えてもらったという気持ちがあります。

◆東筑魂とは?

東筑ラグビー部に根付いている言葉ですが、「元気」「勇気」「根気」という三つの「気」が東筑魂だと
思います。
また、そうした伝統というものは、誰が欠けても成し得なかった事なので、私の前にどんな事でも築い
てくれた先輩には感謝したいし、それを僕自身としては後輩に引き継いで行きたいという思いで一杯
です。
  先輩の偉大さというのは、歳がたつにつれ感じておりまして、これからも甘えて行きたいと思います。
  今後も、ご支援のほどお願いします。また、後輩に対しては、あまり「後輩」とは思ってなくて、卒業し
たら同じOBとして気軽に一緒に面白いことなどチャレンジして行こうという気持ちで一杯です。

◆強豪早稲田大学ラグビー部監督就任でプレッシャーもあるかと思います。特にこの5年で早稲田を
復活させた前監督と比較されることも多いと思いますが?

結果を出せるリーダーというのは本当にすばらしいと思います。全てにおいて、緻密ですし勝負する
ところを知っているので、そういう意味では彼から盗みたいところは全部頂きたいと思っています。
もちろん、自分のキャラとあわないところは切り捨てて行きますが、彼のカリスマ性や、人を見る目と
捨てる力といったものは、是非見習って行きたいと思っています。

◆清宮前獲得が中竹さんを後継者に指名したと聞いていますが?

いろんな意味で交流をしていましたので、その活動の中で僕のバランス感覚を最終的に選んだの
だと思います。
  いろんなことを見てくれているなと思いますし、その期待には絶対に応えていかなければいけない
と思っています。

◆目標は?

自分らしくということだけなので、自分が自分らしく100%の力を出せば学生もおのずと100%の
力を出すし、最後にそれが120%になれば大学日本一が見え、さらに日本選手権も見えてくると
思っています。今回、あまり肩肘張らず、優勝とか三連覇とかをあまり意識せず、がんばった後に
それがついてくれば良いなと、思っていますので、厳しい言葉でも暖かい目でもそういう形でもご支
援いただければありがたいです。

◆同じ中間出身の故仰木監督へ

直接お金いしたことはありませんが、やはり、人を見る目や、勝負をかける肝の部分について、是非
一度お会いしてお話をお伺いしたいと思っていましたので、非常に残念です。
仰木さんが残した伝統、ノウハウや歴史などを僕の中で出来るだけ引継ぎ、後輩たちにつなげてい
ければと思っています。

◆最後にジャパンの監督への野望は?

それは、まったく意識にはございません。僕はヲグピー界でいる人間ではないと思っています。
ラグビー界を少しでも支える立場で、期間限定にて支援できればと思っています。

 

中竹監督

早稲田大学でラグビー部のキャプテンを努めていたということで、屈強な大男を想像していましたが、知的な人で頭の回転も早い論理的な方でした。

しかし、理屈だけではなく、「しきたり」や「おきて」などの理屈ではない文化もべ-スに持っている人だということを感じました。

東筑の星、、仰木彬先輩亡き後、文武両道で魂を継いでいく新星の活躍に是非期待したいと思います。今年は、是非、秩父宮・国立競技場で応援しましよう。

 

 

祝! 中竹竜二早大ラグビー部新監督激励会   激励会幹事 田添祥雄(75期)

 

2006年の新春、東筑会への朗報が流れた。「中竹竜二氏、早稲田大学ラグビー部監督に決まる!」

仰木さんの残念な悲報の後であっただけに、このビックニュースを喜んだ方がさぞいらっしゃっただろう。  早速、東筑会でお祝いをしようという話が持ち上がり、結城事務局長の働き掛けで、藤田謙三さん(53 )を始めとする東京東筑会&東筑高校ラグビー部卒業生有志、渡辺克彦さん(63期)、田中弘之さん(75期)、西本逸郎さん(76期)、安永知之さん(85期)、長崎美穂さん(85期)、吉永未穂さん(90期)、左京泰明さん(95期)、宮崎知美さん(99期)が幹事・スタッフに決まった。

九州の地元東筑ラグビー部OB会とも連携を取り出席の案内を行った。かくして4月26日総会の終了後、「東京東筑会中竹竜二君激励会」が有楽町国際フォーラム内ロイヤルカフェテリアにて開催される連びとなった。

当日は、九州の地元より今村重記東筑ラクピーOB会長を始めとする7名の参加もあり、総勢100名を超す同窓生が集まった。会は安永東京東筑会会長による祝辞に始まり、中竹さんを取り巻く恩師、同期、後輩からの温かい励ましの言葉が、皆さんが苦心して集めた貴重な映像と共に紹介されるなど、会は終始賑やかで心温まる祝宴となりました。

中竹新監督にとってこれからが大変でしょうが、東筑会がついていますので、是非大きな成功を極めて欲しいものです。東筑会の皆様には引き続き熱い応援をお願い致します。
また今回激励会の労をあ取り下さいました幹事並びに関係者の皆様に紙面を借りて御礼申し上げます。
今度は是非とも試合会場でお会いいたしましょう!

中竹監督2


東筑フォーラム

 東筑フォーラムは、東京東筑会の重要な事業のひとつです。故・仰木彬監督の第1回を皮切りに、既に7回が行われています。フォーラムの内容は、別表のように多岐にわたり、このような催しが行えるのも、多士済々の人材を輩出東筑高校ならでは。私たち卒業生としては嬉しいかぎりです。

 この1年では、気象庁気象衛星センター所長・中村和信さん(64期)の『気象衛星「ひまわり」の話』、独立行政法人物質・材料研究機構理事・加茂睦和さん(58期)の『ダイヤモンドあれこれ』が開催され、参加された皆さんは高校時代のように、好奇心と向学心で胸をいっぱいにして話に聴き入っていました。

回数 講演者 期日 演題または内容
第1回 仰木 彬(52期) 2002.11.23 仰木さんと山下末則NTVアナ(64期)のトークショー。
イチローや野茂選手の思い出など。
第2回 香山不二雄(70期) 2003. 4. 8 自治医科大学保健科学講座 主任教授:
  [元気もりもり健康教室 ]
第3回 北九州市東京事務所 2003. 8. 6 廉屋則夫所長、吉田文雄(78期):
  北九州市のプロジェクトと産業育成について
第4回 大野徹也(70期)
手嶋眞佐子(87期)
2004. 1.11 声楽家、二期会のお二人によるジョイントリサイタル
第5回 深町公信(72期) 2004. 8. 4 熊本大学法学部教授 (国際法) :
[日本と海洋法]
第6回 中村和信(64期) 2005.12. 7 気象庁気象衛星センター所長:
[気象衛星「ひまわり」の話]
第7回 加茂睦和(58期) 2006. 6. 7 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事 理学博士:
[ダイヤモンドあれこれ]

 

 

第6回 気象衛星「ひまわり」の話

  東筑を卒業後、気象大学に進学され、現在は気象庁の気象衛星センターで所長を務められている中村和信さんから、 生活者の日からは見えにくい気象庁の重要な役割をうかがいました。 さらに、気象衛星「ひまわり」の歴史、静止衛星の仕組み、観測データの解析処理などといった興味深い話をわかりやすく。また、異常気象に関する話では、すべての出席者が地球環境保全の大切さを再認識することとなりました。

6回フォーラム1中村和信

 

第7回 ダイヤモンドあれこれ

  この世で最も硬く最も美しい物質ダイヤモンドに、人工ダイヤモンドの世界的権威とも呼ばれる加茂睦和さんが、あら ゆる角度から光をあてました。人工ダイヤモンドの作り方、それが私たちにいかに身近なものであるか、黒鉛との化学 構造の違い、不純物が混ざったダイヤモンド、歴史的に有名なダイヤモンドなとなど。その魅惑的な物質とは相反する柔らかな語りに、出席者の眼はキラキラと輝いていました。

 

加茂睦和7回フォーラム

 

気象衛星センター見学会に参加して  / 渡辺克彦(63期)

同窓会の文化活動としての取組行事として同窓生の活躍している分野での研修・見学会を行っていますとの東京東筑会の役員の呼び掛けがあり、いろんな催事に参加しています。
今回は5月30日(火曜日)に行った気象衛星センター見学会について報告します。

所長は64期の中村和信氏です。中村氏は東筑高等学校から気象大学校(参考:昨年度の応募者数541名、第一次試験合格者数51名、最終合格者数42名)へ進み、現在に至っている。同窓生が活躍している現場を訪問・見学できることは同窓生としての仲間意識を確認できる絶好の機会です。時代が違えども同じ学び舎で過ごしただけで、各々分かり合えるものがある。東筑の校風の影響だろう。

気象衛星センターの見学会は、新たな気象衛星の打ち上げ、地球温暖化、異常気象の話題のなかでの研修会として的を射たものであった。
参加者は、9名。 稲冨保夫(51期)、安永保昭(53期)、井上勝彦(53期)、松元有成(53期)、増田浪枝(55期)、山保文枝(59期)、今井梢(59期)、渡辺克彦(63期)、結城謙吾(70期) 皆好奇心旺盛な同窓生である。

所長室で中村所長じきじきの説明の後、各担当官が観測データーを見ながら説明をしてくれた。
気象衛星センターは周知の通り気象衛星「ひまわり」を使用して、データーの解析・映像への転換、またそれらのデーターの蓄積、保管。気の遠くなるような情報量。気象データーは30分ごとに気象庁に配信され、また要求される各国・各機関へ無償提供されている。気象庁では気象データーをもとに専門官が天気予報を作成し皆さんのところへ届けられている。
気象衛星センターの役割の重要さは日本のみならず全世界に及んでいるのです。地球規模での気象観測を、日本・アメリカ・欧州・ロシア各国の役割分担で行っています。一箇所にとどまって観測する静止衛星、移動しながら観測する極軌道衛星、これらの気象データーの解析・映像への転換。衛星の制御等を行っているところが気象衛星センターであるという説明を受けました。

5月30日は朝の天気予報で関東地方はところにより雷雨、1時間に50ミリを越す豪雨がありとのことだったので、そのことを質問すると、気象画面でのタイムリーな説明で、雷雲の発生するところを確認でき皆、納得。
可視、赤外線観測による地球上の水蒸気の分布図、雲の分布図、台風の気象現象などの質疑応答。気象衛星「ひまわり」のロケット打ち上げのビデオ鑑賞、衛星の模型など好奇心旺盛に見学した。担当官のそれぞれの納得いく説明に皆、感謝であった。
気象衛星センターを出る頃には雨雲が垂れ込め、ほどなく雨脚が強くなり車のワイパーも利かないほどの土砂降り、天気予報の正確さを再認識した次第です。

同窓会の行事に参加して感じることですが、東京東筑会は、先輩・同輩・後輩の交流が上手く行っている。先輩が先輩風を吹かせることなく、後輩のわがままを受け入れ、適切なアドバイスを発信してくれる。また後輩は先輩を大切にし、その友情は東筑の卒業生でよかったという気持にさせてくれる。また同窓会に参加していると、人脈が拡がり、いろんな分野に同窓生がいて、また、先輩、後輩と話をすることで、人と人の繋がりの不思議さも実感する。同じ中学出身、共通の友人がいたり、趣味が同じ、後輩の親が同級生だったり、東京に出て来ても、田舎と同じように近所に住んでいたり、いろんな偶然に驚かされる。

今回も見学会の後の懇親会で先輩の趣味、共通の知り合いなどの話を聞くことが出来ました。この会報を読まれている同窓の皆さん、同窓会・同期会・勉強会などの行事に参加されてみてはいかがですか。私自身、学生時代は引っ込みがちで友達も少なく同窓会に出てもと思っていましたが、いまは知り合いも増え、お金はありませんが充実した人生を過ごしています。

 

 

この指とまれ!   様々な同好会が活動を始めています。 ぜひ御参加ください。


ゴルフ好きあつまれ!  『第一回東京東筑げってん会』  / 佐野和範(71期)

 前日までの雨が嘘のように晴れ上がった5月21日、埼玉毛呂山に「東京東筑げってん会」と称するコンペが開催されました。「げってん」の意味を問いましても明確な説明がなく、ナンだかよく分かりませんが、あまり芳しい人達ではないらしい。
  東京東筑会のゴルフコンペは久しく休眠しておりましたが、最近の同会クラブ活動の括性化に触発されて、54期・麻生先輩のお力添えと武田哲也(73期)、秦 章人(73期)御両名の御尽力により、第一回東京東筑げってん会が実現しました。

 50期代から70期代の初顔合わせの組み合わせでしたが、全く違和感なく、すぐに和気藹々のラウンドとなりました。スコアも御覧のとおり、武谷博文(76期)氏のグロス77という例外を除いて、50期代の先輩の皆さんが手堅くまとめ、70期代は勉強が足りない、という結果となりました。末松先輩には、OUT45、IN44、グロス89というスコアで優勝され、敬意を表せざるを得ません。
  表彰式パーティでも大いに盛り上がり、会計処理、世話役幹事、次回のコースと第2回開催に向けてどんどん話が進み、大変楽しい雰囲気のうちに閉会となりました。10月開催と決定しました第2回が、今から待ち遠しい。

 

▽第一回東京東筑げってん会成績表

順位
氏  名 OUT IN Gross HDCP Net
優勝
 末森多賀生(59期)
45
44
89
15.6
73.4
 山本秀夫(70期)
53
48
101
27.6
73.4
 武谷博文(76期)
40
37
77
2.4
74.6
BG
 佐野和範(71期)
48
56
104
28.8
75.2
 安永保昭(53期)
49
46
95
19.2
75.8
 佐野義人(68期)
52
49
101
25.2
75.8
 林 恵二(78期)
50
50
100
24.0
76.0
 古賀幹朗(76期)
52
41
93
16.8
76.2
 麻生泰久(54期)
46
50
96
19.2
76.8
10
 重岡愼哉(70期)
53
49
102
24.0
78.0
11
 池田和夫(70期)
49
40
89
9.6
79.4
12
 中原 孚 (58期)
56
51
107
27.6
79.4
13
 武田哲也 (73期)
46
50
96
14.4
81.6
14
 重住 寛(73期)
57
54
111
27.6
83.4
15
 秦 章人(73期)
59
61
120
36.0
84.0
16
 今井 梢(59期)
64
62
126
40.0
86.0
17
 西本逸郎(76期)
64
61
125
34.8
90.2
BB
18
 榎本敦子(76期)
66
65
131
39.0
92.0



気分はいつもウィンブルドン・センターコート 『東筑にわだま会』/会長 増田浪枝(55期)

 

にわだま会

格闘技とまでいわれているウィンブルドンテニストーナメント。テレビ観戦された方も多いと思います。あれを「テニス」と呼ぶのなら、我々のゲームは…。庭で球を転がすように無理をしないで楽しもうということから「にわだま会」の名が生まれました。
  平成17年12月3日に発起人会を開き、明けて1月14日に第1回にわだま会を明治神宮外苑テニスクラブで開催。冬季は天候に左右されない室内コートを利用、春夏秋は84期の森山裕充さんの御尽力で農工大のコートを借用。すでに4回実施した。

テニスは、サーブをはじめ空が視野に入ることの多いスポーツです。この空が、折尾の空へ、そしてウィンブルドンへ続いていることを思うと、脳内の幸せホルモンα波が出てまいります。
是非ラケットを振ってコートに立ってみて下さい…というお願いが、同窓の皆様に届けたい渾身のショットです。ナイスリターンをお待ちしております。
 最後に、会発足に当たり、安永会長、結城事務局長に大変お世話になりました。改めて感謝申し上げます。

 

歌声高らかに!  カラオケ『ひびき会』/  会長 高崎幸雄(51期)

55期に増田浪枝さんという大変活発な女性がおられる。私とは学校もそうだが会社(新日鐵)も同じだったので親しくさせていただいている。
  その増田嬢から今年の年明け早々に「高崎先輩、東京東筑会の安永新体制を支えるには文化活動を活性化させなければいけません。ついては、カラオケ同好会を立ち上げますので会長になって下さい」と有無を云わせぬ勢いで詰め寄られた。その迫力に思わずイエスと云ったが、初仕事は会の名前を決めること。
校歌の「響灘、玄海の波」から一字いただき、カラオケの会だから歌声がよく響きますようにとの願いを込めて「ひびき会」と名乗らせていただいた。

ひびき会 ひびき会は都度場所を変えて今まで2回開催している。2回の中では、佐野さん(68期)がお世話して下さった表参道の『カラオケU坊』が部屋の雰囲気といい、音響効果といい、大変良いので大体ここに落ち着きそうだ。
  今のところメンバーは十数名だが、さすがのどに覚えのある人達とあって、どなたの歌にも聞き惚れる。事務局の結城君と幹事の田中さん(いずれも70期)の甲斐甲斐しいお世話も場を盛り上げてくれる。
しかし歌のうまい下手は関係ありません。
歌は心、歌っていて楽しければそれで良いのです。大勢の皆様の御参加を心よりお待ち申し上げております。

 

東京東筑会に貢献。『東京東筑会 I T 部会(あったかい)』 /会長 億谷和彦(74期)

 

2005年11月に発足した IT 会です。東京近郊での東筑同窓生 IT 業界関係者の会です。まずは、IT 業界に勤める会員相互の親睦を深め、情報交換をする場として活動しています。
  IT 会(あったかい)の目的は、「IT 技術を生かして東京東筑会(東筑OB)に役立つ(楽しみながら果たす)」ことです。

 さてIT 会は、業界の特徴を反映して、今のところ74~76期と、96期の若手メンバーが中心に活動しています。会の仲間で情報交換の飲み会をやっているだけでも結構楽しいのですが、そろそろ、東京東筑会のひとつの部会としての活動を開始したいと考えています。
今後の IT 会活動テーマは、次の三つです。

1.東京東筑会HP(ホームページ)のメンテナンス
  これまで、71期の佐野先輩が精魂込めてやっていただいていました。これを IT 会で引き取り、益々使いやすく親しみやすいものにしていきたい。

2.過去の東京東筑会報のPDF化
  過去の会報も溜まってきています。紙で長年保管していると、黄ばむこともあり、保管場所にも困ります。せっかくホームページ用のサーバも使用しているので、電子化(PDF化)して保管し、いつでもきれいな状態で印刷できます。

3.会費徴収の電子化
  意見を聞いてみると、やはり若い人は、自動的に引き落としてくれるなら(郵便局に支払いに行く手間が不要ならば)、毎年3,000円程度は払います。という意見がありました。確かにそうですね。

 その他、ITを生かした提案、会員の広がり(80期代かいないという意見がチラホラ)など、着々と進めて行きたいところです。
  最近は IT 業界に身をおく同窓も増えています。ITを活用して、東京東筑会活動を支援する活動を行ってまいりますので、興味のある方は是非、ご連絡ください。また、IT会活勤へのご意見やご要望も大歓迎です。


<当番期からのメッセージ>

    このマネは、

     きっと            東京東筑会懇親会、ただいま企画中

      誰もできない。



イチローを呼ほう!その言葉から始まった。でも、無謀だった。

我々はめげない。今秋最大の東筑同窓会! 3カメラによるライブ放送、インターネットによる世界同時配信など

アイディアは次々と沸いてくる。

でも、やりだして分かった。予算がない、時間がない、傘が無い。そう、同窓会はミッションインポッシプル。

不可能な指令をやり遂げる。

感動の涙を誘う今年の同窓会。

映画監督、CMプロデューサ、アニメディレクターが企画、女優・アナウンサー・語り部を擁して皆様に贈る。

迫る11月4日お忘れなく!

DNAとは? 5m14cm?  タイムカプセルに見たものは?

その答えは、懇親会で!

2006年度東京東筑会懇親会

  『東筑DNA~あなたの中の東筑は元気ですか?~』

   日 時:2006年11月4日(土)14時45分~(14時受付開始)

   場 所:虎ノ門パストラル鳳凰の間

 

 

2005年度当番期回顧録  だから同窓会はやめられん! / 田添祥雄(75期)

 

  自分は東筑高校を卒業したことを忘れては居ないが、東筑会の存在を知らなかった。別に日々の生活に困る訳ではないし、正直なところ、会社生活、子供の相手(星一徹のサッカー)、ライフワーク(大学生相手の合気道)で自分のスケジュールは手一杯であった。九州に帰ったときには高校柔道部に顔を出し、柔道仲間や近所の幼馴染みと酒を酌み交わしていればそれだけで満足であった。ところが8年前、39歳の年、突然「東京東筑会の者ですが」と見ず知らずの人、しかも女性より電話が二度も入った。

「100周年で東京国際フォーラムでやりますので参加下さい」ということであった。断りたいと思ったが、100周年とOGが二度も電話される位なので余程大変なことだろうと考え一度だけでも参加することにした。100周年の東京東筑会に行って見て、まず人の多さに驚いた。こんなにも東筑卒はいるのか、そう言えば、製鉄、化学と北九州工業地帯も元気ないしなあなどと思ったりもした。もしかしたら同期も居るのかと思い探そうとしたが、そもそも自分が何期卒業なのかも分からない。しょうが無く年齢層の近い所で様子を伺っていると、名前は思い出さないが見たことのある顔が数人、「もしかしたら同期か?」なんて話をして段々盛り上がってきた。池田(おいさん)、岩木、太田さん、武谷さん、田辺さん、安永(おんが)だったかな、終わって二次会にも行って東京にいる同期の様子も少しは分かった。

「もしかしたら、7年後は俺らが世話役やんのか?」

「うそやろ!あの人達は特別、同窓会が好きな人やない?」なんていい加減な会話で結構楽しんだ。先のことはとても分からんが、とにかく同期は仲良くしようということになった。それから、東京東筑会では孤独な75期となったが、女性陣の強力なリーダーシップのお陰で同期会はしっかり根付き始め、同期の輪が広がってきた。夏に長野の北田家に遊びに行ったことも大きかった。「同窓会って、結構面白い」とぼんやり思い始めた。

 だが、72期の会が終わった頃に「さて、我々は本当に当番期やるんかいな」とちょっと心配になってきた。東京というより地元でまず同期会の名簿作りを宣言する男、阿高和憲が現れ驚いた。どこの誰かは知らないけれど「同期にも奇特な奴が居るのお~!」何が嬉しくてそんな活動するのか理解しかねていた。そうこうする内に「東京東筑会の幹事会ちゅうのがあるので来んね」なんていう電話が東京の幹事より掛かるようになり、一つ上の山下さん達からも「俺達で東京東筑会が終わるのはさみしいけ、何とかしてよ」とか言われたが、私は「先輩達74期の手伝いをするちゅうことで75期は勘弁して下さい」などと半分マジで言い訳していた。

 こういう当初褒められた期ではないけれど、さすがに73期の会では12名も集まった。次は74期の年で、懇親会の最後には来年の抱負を述べねばならんということで九州、東京も俄然、気合が入って行った。地元でもクラス会まで行われるようになった。実際、卒業以来喋ったことの無い奉求から誘いの電話があった時にはびっくりした。
「お主が誘ってくれたけ、行こう」と思った。

 九州同期は東京より半年前の6月に東筑会をやるので、そのための大掛かりな組織作りや会合が先行して活発になってきた。地元からも電話が頻繁に入るようになった。ついでに金の無心まで来た。こうなったら「東京も腹を括るしかしゃーないな」ということになり、役員、役割が決まって行った。まず75期最強のお祭り男、北田耕一郎が実行委員長に挙がった。しかし北田は長野県原村に住んでいる。「本当にできるんか?」と思ったが、本人快諾、本当に長野から、毎月1~2回やってきた。私の常識からすればアンビリーバブル!もう一人九州に居ると聞いていたパワフルな男、田村成が東京のど真ん中、英霊眠る靖国神社の近くに住んでいることが分かった。欠席裁判で、副実行委員長に決まった。後は、猛獣(失礼)使いの田辺さんが副委員長、潤沢なファンドをもつ西岡利英が代表幹事に決まり、以後、1月を皮切りに毎月1~2回のやんちゃで愉快な会合が始まった。

 思い返せばあっという間の1年、もう一度やれと言われてもできるものではないが、一生に一度と思って公私に忙しい働き盛りが都合をつけて集まってきた。毎回、20~30人、会合後の飲み会は際限なく続き、歌い、酔いが廻ると昔の同じ話題で盛り上がる。だから同窓会はやめられない。6月の地元の総会も大成功に終わり、次は秋の東京で会おうと誓いあった。課題となっていたアトラクションDVDも9月には見事完成。当初遠慮していた奴(失礼)も以外にもはまっている。故郷を後にして思うことは皆同じということもよくわかった。
最後に迎えた10月22日の大フィナーレ、懇親会参加者も皆さんのご協力でうなぎ上りに増え400人に迫った。更に頼もしい若造の出現、これで思い残すことなく東筑会の未来を託すことができた!

皆の苦労が見事花開いた懇親会の後は、いよいよ思い切り昔の高校生が弾けるサタデーナイトフィーバー(やはり古いか)。覆面レスラー登場などハタメチャな大同期会であった。
7年前、というかつい1年前に誰がこの結果を予想できたであろうか。75期の力、いや、東筑の力、恐るべし!当番期を終えて今思うことは、何より素晴らしい同期に出会(再会し)えたこと。同期、先輩、後輩を信じて本当に良かったということ。結局、東筑会が同期会を最大に活性化させてくれたことに感謝の一言です。

今回は、当初は開催が危ぶまれていた2005年懇親会がどのようにしてサプライズとなったか、これから当番期に近づく後輩の皆さんために多少なりとも参考になればと思い、苦手な筆を取りました。甚だの乱文、平にご容赦下さい。


 

2005年度生徒派遣事業記録  若々し 後輩達よ 未来へ羽ばたけ!

 

17年度研修

 生徒派遣事業は、生徒の見聞を広めキャリア意識を高めるとともに、先輩方との結びつきを深める目的で、関西・関東方面へ研修派遣する母校の正式な事業であり、受入れ側の関西東筑会と東京東員会が、官公庁、大学、企業への訪問見学のスケジュールを作成し、訪問先まで案内をするなど、生徒達の研修をより実りあるものにするために全面的に協力しています。

 東京研修は2年ぶりとなりますが、今回は生徒の参加希望が大変多く、選抜に大変苦労されたと伺っています。それでも一昨年に倍する26名の生徒が上京して来られました。
  人数が多い故の研修場所間の移動や訪問先での会議室確保等の気苦労がありましたが、幸いにして現役大学生諸君や80期代、90期代の若手同窓生の協力があり、研修協力の責任の一旦を果たすことができました。
  また歓迎レセプションには100名近くの東京東筑会会員に参加していただき、これには生徒達も大変驚き且つ感激したようで、従来にない盛会となりました。

 訪問先の官庁、企業で御案内いただいた会員、歓迎会に御参加いただいた会員各位には、改めて感謝申し上げますとともに、本年度も現役生徒が、若い希望を胸に研修に上京する意向とのことですので引き続き御支援・御協力をお願い申し上げます。

 

 
日 時 目的地・訪問先 東京東筑会案内者
3月22日 11:30 京都駅着~京都大学他 関西東筑会にて
3月23日 11:30 東京駅着~ホテルチェックイン 結城:謙吾(70期)、
  13:00 東京大学本郷キャンパス 有田宗貴(89期)、
    (学食で昼食、構内見学) 塗木達也(101期)
  17:00 港区お台場見学(フジテレビ他)  
3月24日 8:30 ホテル出発 木村哲晃(94期)
  9:00 国会見学 中村一生(64期)
    国交省見学 柴田高博(66期)、小田広昭(73期)他
  11:30 衆議院議員食堂にて昼食会  
  13:30 企業訪問(キヤノン) 谷石信之介(69期)、竹内達夫(72期)他
  16:30 企業訪問(マガジンハウス) 田中 直(78期)
  16:30 企業訪問(出光興産 美術館) 大崎隆義(78期)
  18:30 東京東筑会による歓迎レセプション 安永会長他 東筑同窓生97名
3月25日  8:30 ホテル出発 佐野義人(68期)
  9:30 国立西洋美術館見学 三原 桃 (99期)
  12:00 秋葉原クロスフィールド見学 森山裕充(84期)
      佐野和範(71期)
  15:50 東京駅発 帰路 結城:謙吾(70期)、田添祥雄(75期)
     
 

17年度研修2

      △東京東筑会による歓迎レセプション

場所:資生堂パーラー東京宝塚店  参加:生徒26名、引率2名、東京東筑会会員97名

参加した生徒たちからの礼状

 

  拝啓

  こちら北九州では四月になり新学期も始まりましたが、なかなかすっきりとして天気にはなりません。そちらはいかがでしょうか。
   さて、上京の折には大変お世話になりました。滞在中は引率の方をつけて頂き、見知らぬ土地でも安心して研修を行うことができました。東筑の先輩方がいろいろなところで活躍なさっているのを拝見して、私が東筑生の一人であることを大変誇りに感じました。
また、歓迎会では多くの先輩方とお話しすることができ、いろいろな世界があることを知り、大変有意義な時を過ごすことができました。最後に校歌を歌った時には、言葉にできないほどの感動を覚えました。  今回のこの貴重な体験を自分の財産とし、高い目標を持って「文武両道」「質実剛健」をモットーに頑張って いきたいと思います。
  本当にありがとうございました。                                                     敬具

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拝啓

  私は、先月訪問させていただいた東筑高校生です。その節は、お世話になり大変有難うございました。 お礼のお手紙が遅れて、誠に申し訳ございません。
   あれからもう三週間になりますが、その時伺ったお話は非常に印象深いものでした。未来の日本の都市を計画していく拠点を拝見させてもらったことは、私にとって大変興味深く刺激になりました。また、東筑の先輩方がこのような日本の将来を担うところで活躍してらっしゃることを知り、誇りに思うとともに私は後に続きたいと感じました。とは申しましても今の私は、部活動と勉強との両立に苦戦しております。 ただ志は高くもって頑張ります。
   本当に有難うございました。先輩方のご活躍とご健康をお祈り申し上げます。
                                                     敬具

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前略

  緑が目にまぶしい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
  先日の研修旅行の折には、いろいろとお力添えをしていただき、ありがとうございました。
  また、こうしてお礼を申し上げるのが遅くなってしまい失礼致しました。おかげさまで多くの貴重な経験をさせていただき感謝の気持ちでいっぱいです。
  未だ進路を決めかねております私にとって、今回の旅行は何かしら道しるべになることと思います。本当にありがとうございました。

                                                 かしこ
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み仏の顔はほの暗く ~53期が「知命記念」旅行を挙行 /千々和久幸(53期/文と歌)

  2005年12月5日(日)~6日(月)、53期の51名(男性29名、女性22名)が、北九州から東京から、また地元の関西から、「知命記念」旅行に馳せ参じた。
場所は東筑の修学旅行でなぜか行きはぐれた奈良。「知命記念」とは論語にあやかって東筑卒業後50年(五十にして、天命を知る)をひと捻りしたネーミング。

 初日の5日は、宿泊先の春日ホテルに午後5時に集合。紅葉を愛でながら露天風呂でくつろぎ、6時の宴会開始時にはみな胸に名札をつけて席についた。それでも思い出せない名前と顔があった。(いまさら自己紹介もないものだ!) 人間の老朽化や耐用年数(?)も、個人差が激しいことを他を見て知ることになった。
  この4月、めでたく(か、不運にもか)東京東筑会会長に選任された安永保昭君の開宴の辞のあと、物故者へ黙祷。
続いて小野亨雄53期会長の挨拶。この旅行の意義が美しく語られ、また当番幹事(安永保昭、藤田謙三、馬場裕三、江藤弘美、倉田博子、中園洋一)へのねぎらいの拍手で締め括り。さらに千々和久幸53期東京会長が、「前半生はいかに生きるべきかを東筑で学んだが、後半生はいかに死ぬべきかをめいめいが自習せねばならぬ」と、低コストで見栄えの良い死に方を披露。(詳細は社会影響が甚大なため割愛)
  乾杯は、この日のためにベトナムから駆けつけた日高敏夫君の発声、

「あわてて物故者にならんよう生きている者のために乾杯!」

そして宴会は、今回の企画の立役者、馬場裕三君が仕切り、出身中学校別、方面別(室木線や香月線が動いとった時代)、クラス別(忘れているヤツがいた)、とそれぞれが思い出や現況、また行く末について熱弁をふるい、仲良くカメラに納まった。

 1本800円のピール(中瓶、日本で一番高いンとチャうか)、1000円の冷酒(300ミリリットル)が、またたく間に空になったのは驚くには当たるまいが、特筆すべきは宴会にはつきものの演芸(かくし芸)とカラオケの出番の無かったこと。 お陰で二次会、三次会までゆっくり旧交を温めることが出来た。この教養の高さ、見識が53期たるのユエンである、と誰かが叫んでいたが。(相当に悪酔いしとったナ)

 翌6日は8時30分に宿を出発、奈良見物へ。あいにくこの日は、み仏のご機嫌が悪く一日中雨。
  お陰で法隆寺では柿を食わず (「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」正岡子規)、薬師寺ではひとひらの雲も見ず (「行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲」佐々木信綱)、春日大社、東大寺と定食コースを黙々と雨に打たれて散策することになった。

    修学旅行で訪いそびれたる大和奈良

         「古寺巡礼」を携えて行く

                           *「古寺巡礼」は、和辻哲郎の名著として知られる。1947年刊)

53期旅行

  悔やまれたのは、折からの雨でお日当ての法隆寺の金堂内部が薄暗く、み仏の顔をしかと拝めなかったことだ。お釈迦さんもお薬師さんも、ほの暗いゆえにただ有り難い、有り難いと手を合わせる他はなかった。
  とはいえ、こうした時間に追われての定食コースはやはり中学か高校の修学旅行のもの、「知命記念」旅行ならばもっと時間をかけで仏と対話し、また同期生それぞれの胸にある仏にも触れてみたかった。人生の通信簿か決算書をそろそろ書いておかにゃなるまい。持ち時間のあるうちにそんな魂の交流もしてみたいもの。
  とまれ2日間でまた新たな思い出を刻み、京都駅に着いたのは5時過ぎ、なぜか雨は上がっていた。

    前半生をほどほどの位置で折り返せし

         友らおだやかに老い深めいる


54期会が高校卒業五十周年記念旅行  / 小林三郎(54期)

  全国から東京に96人が集合 帝国ホテルで盛大にパーティ

 われわれ54期生は、今年卒業五十周年を迎えました。 この記念行事として、5月22日から二泊三日の日程で全国から東京に集合し、帝国ホテルでの記念パーティーと宿泊、箱根富士五湖への記念旅行に出発しました。パーティーには、衆議院の三原朝彦代議士もお祝いに駆けつけてくれました。

 70歳を直前にして、「みんな元気なうちに会おう、これが最後の全員旅行になるかも知れないよ」と呼びかけたところ、当初は100人に達する参加予定でしたが、「直前になって体調を壊した」「当日親がなくなった」「主人が入院したため取りやめた」などがあり、最終的に全国から朋友96人が集まり大盛況だった。

 言うまでもなく、卒業後離れ離れになって、高校卒業以来初めて会ったという友、数十年ぶりに再会したという者も多く、懐かしい高校時代にタイムスリップ。当時の想い出を語り、交流を深めることができ、有意義な旅行でした。

 この記念旅行は、福岡の幹事会で提案され、東京在住者に旅行のすべてを一任された。計画をたてる段階では、「単なる旅行ではダメ。観光地や温泉、ホテルは九州の方がよかバイ。九州に勝てるもの、九州にないものは何ね。そうせんとわざわざこんよ」ということをコンセプトに計画した。その結果、1日目は日本三大ホテルの一つ、帝国ホテルに決定し、記念パーティーとタワー館での宿泊が実現した。

 次は都内の見学先はどうするか。「観光バスは交通混雑のために車窓見学ばかりでつまらん。それじゃニュースの現場、話題の現場に行くことにしょう」と、都内は靖国神社参拝と過密都市を見せるため、無料の都庁展望室(48階)に上ることにした。
  東京駅に集合、直ぐに靖国神社に「正式」参拝した。「正式」と強調したのは、拝殿前からの参拝ではなく、参集殿に上がり代表が記帳し、拝殿に進み御祓いを受ける。さらに奥の本殿に案内され玉串奉奠、二礼二拍してしばらく黙祷し、戦死者の霊に感謝を捧げる。退場後お神酒と神饌を戴き靖国神社を後にした。

54期旅行会

  いい機会だからと翌朝5時にロビーに集合、日比谷公園、お堀、皇居二重橋、丸の内界隈などを散策した。

 2日目は帝国ホテルを8時に出発・箱根芦ノ湖に立ち寄り富士山へ。「富士山は日本人の心のふるさと」であり、世界自然遺産としてはダメだったが、あの美しい富士山を見れば、みな感動するだろうと、ホテルは全室から河口湖を前面に富士が眺められる「秀峰閣湖月」を選定した。
  想定したどおり翌朝は夜明けとともに、大きく、くっきりと富士山が姿を顕し、河口湖に映し出される。各室が騒々しくなり、全員が起床。カメラに納めたり、湖畔を散策していた。前日の富士山五合目が雨模様だっただけに、みな「こんな富士山ははじめて見た」と興奮ぎみに話す。
最終日は途中、朝霧高原で富士山を眺めながら、日本滝百選の第一位「白糸の滝」に立ち寄り、一路横浜中華街へ。ローズホテルの「重慶飯店」で三回目の宴会。その後街を散策する。

 旅行業者には一切お世話にならず、添乗員もおらず、自分たちの意志で計画を立てた。見学先の手配、ホテルの交渉、バスの手配、駐車場の確保まで東京54期生が、それぞれの特技を活かして協力し、事故もなく終えることができたことに感謝したい。

 

関西東筑会懇親会に参加して  九州、大阪、東京を結ぶ73期の連帯感/高田 明

それは、2006年正月明けの一通の電子メールから始まった。

「何やったら、72期がもう一回懇親会の当番期してもいいんよ。もう72期のみんなには了解をもらっとるよ」。関西東筑会、昨年の当番期72期の中心人物K氏からの、心配のあまりのメールであった。しかしそれは、我々73期にとっては、一種甘い誘惑でもあった…。

 実は、関西の73期は、全く統率かとれておらず、というよりほぼ壊滅状態であり中心となる人人間も見つかっていなかったのである。あと4ケ月あまりで懇親会本番を迎えようというのにである。更にK氏のメールは続く。「僕の中学、高校、会社の後輩のK君に良う言い聞かせてあるから、彼とコンタクトをとって…」と、K君のメールアドレスまで教えてくれたのである。
  早速、九州73期と東京73期の間でメールと電話による首脳会談が行われた。

「…っちいうようなメールが来たんよ。これは73期にとってかなり屈辱的なことやなかろうか?」

「ま、確かにそうやけど…、実際その関西のKはやってくれるんヤろうか! それより、もう一回72期がやってくれるっち言いよるんなら、本気で頼んでみてもいいんやなかろうか?」

「おまえ、そうはいかんやろう…、っち言うもんの、なかなか魅力的な提案ではあるなあ。」

「まぁ、そうなったら、別の意味で73期のことはみんな忘れんやろうねぇ。」

「よし。そしたら、その72期のKさんに頼んでみるかぁ…」

「アホかっ!」

「そやけどおまえ、してくれるっち言うてくれよるんやけ、頼んでもいいんや…」

「アホかっ!」

と、およそ首脳会談とは思えないような間の抜けた会話で、貴重な時間を費やしていったのである。

 そうは言っても、いざとなりゃそれなりにまとまりのあるのが73期。東京のWが関西在住のもうひとり別のKと連絡がついたと言ってきた。このKは、我々東京73期会の創設メンバーの一人であり、東京W夫妻とともに苦労に苦労を重ねて東京73期会を立ち上げてくれた男である。こいつに頼む以外にない!と、我々は意気込んだ。早速、彼の携帯に連絡をした。

「久しぶりやなあ。生きとったか?ところで…、…っちゅうわけなんやけど、おまえ関西73期をなんとかしちゃらんか?いまのとこ協力してもいいよっち言うてくれとるのが、他に3人見つかっとる。関西を救えるのはもうおまえしかおらん。なんとかしちゃれ!」

 Kは、独特の少し間延びしたしゃべり方で「ええょうぉ。なんとかしてみろうかねぇ」と、言ってくれたのである。

「えらいっ! おまえはなんちゅうえらいやっちゃ。今度会うたときには熱き抱擁と口づけを…」

「いらん!」

 こうしてKは、わずか3人の仲間たちと連絡を取り合い協力し合い、関西幹事会にも出席し、とうとう関西73期会を会と呼んでも差し支えないものに形作ってくれたのである。そして、関西東筑会幹事会から正式に73期に当番期としてを任せる、と認めてもらったのである。
  かくして…、

 2006年5月13日(土)。あいにくの小雨混じりの天気の中、新大阪駅に不穏な(と言うか、周りか引いてしまうような)集団がいた。九州73期と東京73期の有志連合である。大阪弁で溢れかえる駅コンコースの中を声高に北九州弁をがなりたてながら、この集団は会場であるラマダホテルへと向かったのである。
  ホテルで関西73期と合流、熱き抱擁はなかったものの懇親会当番期を経験した者同士にしかわからない連帯感を抱きつつ、受付、来賓接待などの各持ち場についたのであった。
  九州から小野会長、東京から山保副会長を迎え、ついに2006年度関西東筑会懇親会の幕が切って落された。アホな首脳会議を繰り返し、関西73期を叱咤し激励し、一時は72期の先輩に半ば本気でお願いしようかと思いながらの苦節4ケ月余(ま、たいしたことないわなあ)、なんとかこぎつけた関西懇親会の開幕であった。

 126名が出席した関西東筑会懇親会は、九州のとも東京のとも違う、一種独特の雰囲気がある。一言で言えば「家庭的」とでも言おうか。当番期はいわゆる宴会幹事でありながら席もテーブルも用意されており、懇親会のお客様である先輩後輩たちへの配慮もはじめのうちだけ。ふと気がつけば、我々も一緒に料理やお酒に舌鼓を打ち、先生の方々や後輩たちのテーブルで一緒に談笑したり騒いだりと、楽しくも不思議なひとときを味わったのである。
  そんな中、80?歳の方が我々のテーブルを訪れた。

「わしゃあ、年に一回若い女性の精気を吸うのが元気の素なんやぁ。」とのたまう。が、しかし、見渡しても確かに女性はいるが我々の同期ばかり。

「若い…、ですかぁ!」と恐る恐る聞いてみると、

「そらあんた、わしより30なんほも若いんやで。わしがもしあんたたちとおんなじ歳やったら、あんたたちは女子高生やでぇ。がっはっはー。」

「…。」

 不思議な関西の雰囲気に包まれながら、あっという間に終わりの時間となったのである。最後に全員で校歌を歌い(なんと3番まで!)、「フレー、フレー、と、お、ち、く」のエールの中、無事に幕を閉じた。
  こてこての関西なまりの北九州弁。それが、関西東筑会懇親会なのである。

 73期はその後、ホテル地下の居酒屋で大騒ぎの同期会をし、大阪の街中へと徒党を組んで消えていったのである。
ぼくは仕事の都合で日帰りだったので最終の新幹線で帰らざるを得なかったが、その後の盛り上がりも、一緒にいなくてあー良かった、と思わせるほどだったようである。もちろん翌日はお決まりの京都、だったことは言うまでもない。

73期関西 

関西東筑会幹事会のみなさん、ありがとうございました。

ご心配をおかけしましたか、なんとか無事に役目を終えることができました。そして、関西72期のKさん、ありがとうございました。あなたからの声かけがなかったら、九州~東京~関西と当番期を完結させられなかったかも知れません。心から感謝しております。
  最後に…、73期のみんな、どうもありがとう。やっばりやるときゃやる、そんな73期の仲間たちを、ぼくは誇りに思っています。

 

伝言板

  63期 渡辺克彦より

 還暦を今年迎える63期同期生は来年の5月に全国規模で還暦旅行を計画準備中です。
  高校を卒業して無事還暦を迎えることが出来た幸せを東筑同期生で祝えることは何事にも変えがたい ことだと思っています。またお互いに連絡が出来合えることも奇跡に近いことです。同窓会が有意義に 活動している現われだと思います。これからの第二の人生を仲間と謳歌しようではありませんか。

 インターネットのホームページ「渡辺倶楽部」に63期情報を載せています.グーグルかヤフー(検索サイト) で「渡辺倶楽部」と模索してホームページを見てください。またメールをお持ちの63期の皆様、渡辺倶楽部にメールでお便りください。
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  74期 億谷和彦より

 74期の活動、活発です。6月はゴルフ&テニス合宿、7月は本田君の壮行会、9月はゴルフなど。
  最近参加してない方、ぜひ連絡を!
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76期 目原高志より

 目標:懇親会の大成功、総員出撃準備、ヤマト発進!
  同窓生の東筑魂へ波動砲発射!!
  ヤマトの現在位置:懇親会まであとわずか!
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77期 上坂伸一より

 東京東筑会77期の集いを、9月30日(土)に開催します。
  懐かしい仲間と再会できますよ.ぜひ参加してください。また、東京東筑会77期の公式HPを作成しましたので、ぜひ覗いてください。
   http://home1.netpalace.jp/touchiku77/top.cgi

 

【提 言】  後輩の為ならば /  安永知之(85期)

  東筑高校を卒業し今年で20年目を迎えました。まだまだ若いつもりが、気付いたら「十年一昔」を二度も経験したことになります。また、一浪の後、大学進学を機に北九州を離れ為、生まれ故郷とその他の土地(東京・北海道)での生活期間が今年丁度同じになり、改めて時間の流れの速さを実感しております。

 さて、今回は「東京東筑会への提言」という主旨での原稿作成ご依頼をお受け致しましたが、恥ずかしながら「提言」できる程の括動を行っていない、というのが偽らざる実感です。同窓会組織運営上の様々なご苦労等殆ど理解しない状況で勝手な物言いとなることは重々承知の上で、私のこれまでの「東京東筑会」への関わり方、その際に感じたことを記させていただき、無知な若手(?)の一意見としてお読みいただければ幸甚です。

 私が初めて東京東筑会に参加させていただいたのは大学一年時の東京東筑会総会でした。
若松の片田舎から上京し、4畳一間、トイレ共同・風呂無しの部屋に住み、少し北九州弁を気にしながら大学生活を送っていた私にとって、「大都会東京」にこれほど大勢の先輩・後輩が集う、心温まる会の存在は正直驚きであり、同時に故郷、そして東筑への強い愛着を改めて実感したことを記憶しております。その頃は同窓会活動へ何らかのお手伝いすることで(私の場合は会の終わりの校歌エールがそのお手伝いに相当すること多々有り)殆どの場合、金銭の心配をすることなく(平たく言えば無科で)参加させていただいていた、と記憶しております。
  社会人となりてからは、入社直後の多忙もあり会への参加が減り、更に転勤で7年半の北海道生活を送った為、しばらく関わりが途絶えておりましたが、3年前に東京に戻り、諸先輩に再びお声掛けいただき、最近復活参加させていただくに至っております。

 長々と自身の「同窓会経験」を書きましたが、この中で得た私個人の感想は、大学生(又は社会人)として上京したばかりの後輩達にとって東京東筑会の存在は非常に心強い存在に映るということであり、そういった若手OBへの積極的な働きかけ、それもできる限りコスト負担の心配をさせない形での呼び掛けが東京東筑会の将来的な発展に寄与するのではないか、ということです。可愛い後輩たちの為なら会費負担が少々増えても喜んで応じたい、と個人的には思っています。

 色々な面から先輩にお世話になったと感じる若手が増えれば、先々、東京東筑会への積極参加、同期への参加呼びかけという流れが自然に生まれてくるのではないかと思います。折尾の地で3年間を過ごした、という、それだけの共通点で、時代を超えた貴重な関係が築ける素晴しさを多くの先輩・後輩と分かち合えればこの上ない喜びです。

 東京東筑会の益々の発展を祈念致しますと共に、私もその一員として今後も積極参加していきたいと考えております。


NEWS!
 2007年10月に郵政民営化で発足する事業4社のひとつ「郵便事業会社」の
           初代最高経営責任者に 59期の北村憲墟さんが就任されます。


 

北村憲雄氏に見る国際性 / 渡辺勝彦(59期)

1990年台初頭、製品売込みの為ベルギーの欧州トヨタ本部に彼を尋ねた時、さほと大所帯ではなかった。 

トヨタ・カムリを調達してきた幣社の現地担当部長が、農民ストでインター封鎖中のアウトバーンを決死の北村憲雄猛スピードで、30分遅れで到着した。その夜ブラッセル市内のすし屋でベルギー東筑会が始まった。BSタイヤの現地職員やブティック経常のマダムなど東筑OB・OGの他、現地人スタッフなどを交えた盛大なものになった。二次会で氏が歌うのが全てド演歌。そのうち現地の女性達に演歌指導が始まり、青い目の竜鉄也を誕生させた。全員おおいに盛り上がった。

その後、氏がイタリアトヨタ立て直しのためローマに移ってからも、氏の取った行動は的確かつ迅速であった。販売店の目を向かせる為にトヨタ本社と談判し、小型車ヤリス(日本名ヴィツツ)を短期間で作らせ、地元車フィアットやドイツ車との競合を制し、毎年数十パーセントの販売増を成し遂げている。


  高級化路線を走っていたトヨタを、小型車に目を向けさせた氏の功績は大で、ターゲットの設定や物事の本質を見抜く力は抜群である。

 イタリアは日本と同様山岳地帯で道幅が狭くコーナーが多い。考え方は合理的で、ソフィアローレンのょうな大型女性でも小型車で満足しでいる姿は意外で微笑ましい。ラテン民族の持つ合理性を見抜き、日本の技術と文化を融合させ、その地に植え付けてきた氏の足跡を、豊田名誉会長を始め歴代の社長、会長、特に奥田経団連前会長が評価したものと推測する。

 昨年、同期の者十数名が訪伊したが、ローマ人の物語で有名な塩野七生女史と深夜まで語り合う場を設けてくれたり、イタリアトヨタ本社のロビーでは同期の書家・山保文枝女史の書や江頭保治画伯の絵画で出迎えてくれる心遣いが嬉しい。
  国際性とは単に語学の問題ではなく、本質を見抜く洞察力、気配り、行動力と信念が求められるのであろう。

「郵便事業会社」の最高経営責任者として今後も活躍される事を皆様と共に期待したいものです。

 


受け継がれる東京東筑魂    90期代、100期代の活動が活性化。

東筑生としての誇り  / 安増拓見(96期)

 これだけは忘れないで欲しい。
  皆さん、本当に気付いていますか?
  貴方が卒業した高校がどんなに素晴らしい高校だったか。

 貴方が卒業した高校は文武両道、質実剛健を実戦している日本で唯一の高校です。他の高校には絶対に真似できない無い素晴らしいものを持った学校です。それは東筑の魂であり、文化なのです。これはどこにも真似できません。百年を越える長い時間、脈々と受け継がれ、多くの先輩方によっで少しずつ育まれたこの魂、文化はそう簡単に真似できるものではありません。

  貴方が卒業した高校を日本一の高校だと思いませんか?
  貴方が東筑で過ごした時間はかけがえの無い時間だったと思いませんか?
  貴方が東筑を通じて出会った全ての人はこれからの一生付き合えるかけがえの無い仲間だと
  思いませんか?
  私は東筑を、そして東筑生であることを誇りに思っています。

今の若手は母校のことをどう思っているのか?
その問いに対する答えは、先輩方もとても興味あることではないでしょうか?

 先日、若手(94期以下)で東筑飲み会を行いました。堅苦しいことは抜きで、皆で楽しく飲みましょうという主旨の下、参加者は70名程度になりました。各期の幹事の皆さんには大変お世話になりました。そこでは期を越えた新しい出会いがたくさん生まれ、大変楽しい時間となりました。同じ高校時代を共有していない先輩・後輩もいましたが、なぜか懐かしい友達のような感覚になれ、直ぐに仲良くなることができました。東筑出身という事実以外、全く共通点のない人間同士がこれほどまで仲良くなれるのは何なのでしょうか?
  私が感じたのは、やっぱり皆、東筑を愛してているなということです。
  この皆の気持ちを感じ、これからの東筑も安心だなと思いました.OBである我々がどれだけ東筑のことを思えるかが今後の東筑の発展にとってどれだけ重要なことかは言うまでもありません。
  この東筑生としての誇り、東筑を愛する気持ちを、育み、そして共有する場こそ東京東筑会なのではないでしょうか?東京東筑会の存在意義はそこになるのではないかと思います。

 皆さんが今東筑のためにできること、それは東筑生としての誇りを忘れないことです。

 皆さんが東筑のためにできることがもうひとつあります。安増拓見

  それは、貴方自身か精一杯生きることです。東筑生である貴方が成功すれば、東筑のブランド力を高めることになります。それが帰属意識、つまり愛校心を高め、より素晴しい人材を集めることに繋がります。貴方が東筑の求心力になるのです。それが何よりもの東筑への恩返しになるのではないでしょうか?東筑の先輩方は社会で活躍されておられる方が何人もいらっしゃいます。その方々に負けないよう、我々若手も本気で社会に挑んで行くべきだと思います。

 愛すべき東筑高校のために精一杯やりましょう。

 東筑生であることを誇りに思います。

 

 

 東京東筑会との出会い~学生部発足へ  / 上野大和(101期)


 

はじめまして。東筑高校101期卒業生の上野大和です。僕が東京東筑会と関わることになったきっかけ、現在の関わり方、そしてこれからの関わり方について紹介したいと思います。

上野大和

 まず、はじめて東京東筑会という組織を知ったのは、意外なことに高校2年生の冬でした。高校2年生の冬休みに現在101期の幹事をしている塗木と二人で、大学の下見と称して東京に遊びに行ったことがありました。 そのとき、68期のある先輩に食事をご馳走になったり、六本木を案内してもらったりと大変良くしていただきました。あまりに良くしてくださるので、申し訳なくて自分たちに何か出来ることはないかとその先輩に訊いてみたところ、先輩は「俺たちに何かをする上りも、自分たちの後輩が東京に出てきたときに同じようなことをしてやってくれ。」といわれました。

この言葉はとても印象に残っており、ああ、これが東筑魂なんだなと実感しました。このように先輩のおもてなしを通じて東京東筑会というものを知ったのです。

 では、現在東京東筑会とどのように関わっているかというと、僕の場合は良い人生経験の場として活用させてもらっています。具体的には、結城事務局長の誘いで役員会や幹事会に参加し、飲み会の席で様々な先輩から貴重なアドバイスを頂いています。東京東筑会の先輩方は政界、財界、マスコミ関係など、多方面で活用されており、そういった現在の日本を支えておられる先輩方と話を出来るというのはとても貴重な人生経験になり、大変勉強になっています。

 そして、これからの東京東筑会との関わり方なのですが、今までのように先輩から恩恵を受けるだけでなく、学生の立場から後輩たちに何か出来ることはないだろうかと考えた結果、今回新しく103期の宮本を中心に学生部を発足することにしました。

 学生部の現在の活動内容としては、大学生間の連絡網を確立することで、もっと多くの学生に東京東筑会を知ってもらい、イベントに参加してもらい、先輩方と交流してもらうということです。また、今後の展望としては、現役東筑生の研修旅行の引率のお手伝いや、東京の大学へ進学を予定している高校生に対して、大学近郊の賃貸や大学の授業に関する情報を提供していけたらと考えています。こうした活動は大学生の立場だからこそ、出来ることだと考えております。自分たちもそうだったのですが、北九州折尾の地から大都会東京に出てくることは、希望で胸膨らむ反面、頼りにする人がいないために不安でもあります。そうした高校生を東京東筑会学生部として、大学生の先輩として、温かく迎えてあげることが出来たらと考えています。


古岡 勝 前会長を悼む  / 波多野秀樹(58期)

 

 東京東筑会の前会長、古岡勝氏が平成17年9月30日急性心不全のため逝去された。享年85歳でした。

 氏は、平成8年東京東筑会の第二代会長に推され就任することになった。初代会長は「文部大臣」「防衛庁長官」を務められた偉大なる先輩で、26期の三原朝雄氏であり、その後を受けてのことである。
  古岡勝の著書『激動の波瀾萬丈八十年史』によると、「昭和7年東筑中学校に入学、そして昭和12年3月卒業(第36期)した。放課後の課外活動では当初あれこれ手を出した。野球部・園芸部・弓道部・庭球部、いずれも長続きしなかった。

 2年生の春、上級生が鉄棒で「小車輪」を得意気に演じているのを見て、まるで曲芸師のようだと魅せられて私も鉄棒を始めた。これが私の一生を大きく左右した運命の岐路の一つである。これは驚異的にめきめき上達し、ついにはオリンピックを目指すようになった。4年生の当初、それまで陸上競技部の中での部活動であったが、体操部の創設を願い出た。直訴はご法度であった。早速校長室に呼び出された。しかし叱責も受けずに励ましの言葉で許可がでた。その翌年(昭和11年)福岡県中等学校の体操選手権大会において、初参加で私が個人優勝を獲得、団体でも優勝した。開校以来の快挙である。翌日朝礼で台上に立ち、校長先生より全校生徒に栄誉を称え紹介された。」


  氏は東筑中学校を卒業後、陸軍士官学校に進み、陸軍少尉に任官され、中支(中国大陸)に転属。そこで中国語を本格的に習得された。小生にとって今でも記憶に新しいが、亡くなられる3年前、みなで酒を飲んでいたところ、中国のことが話題になり「中国人の居る店がある。それではそこに行こう」ということになり、興に乗って店に行ったが、中国語の本当に上手なのに驚いた。本人いわく、“僕は北京語・広東語・台湾語はほほ使い分けが出来るよ”と言っておられた。

「戦後いろいろな苦労があったが、東京の古岡秀人叔父(私の父の弟)から、創業期の学研(学習研究社)を手伝わないかとの誘いがあり上京。編集、資材、帳簿、資金と各部門を担当し、代表取締役副社長、名誉会長、最高顧問を歴任し、平成16年退任した。学研の急成長過程は、大小様々な事件・問題の連続であった。そのほとんどは私が担当し解決した。将に経営の中核である資金関係にその力を発揮した。」ともある。

 平成13年頃だろうか、東京東筑会総会の会長挨拶の中で語られた言葉が印象に残っている。

「私は生涯現役、百歳を目標にしている。そして文武両道の段位は、現在76段しか取っていないが、まだまだこれからも頑張って100段獲得を目指して努力する。東筑会の諸君も大いに見習ってほしい」というような話をされた。その時周辺の皆さんから、すごい人だなと感嘆の声が上がっていた。

 文武両道の一部を紹介すると、書道は国際書道連盟の展覧会では「特選」に入選し、上野の博物館で展示された。前述の中国語、囲碁五段、将棋五段、ゴルフはオフィシャルハンディ3、その他沢山挙げられるが、極め付きは居合道で、無双直伝英信流範士十段名人位である。門下生は海外も含め300名に及んだという。
  氏の座右の銘として、「人に勝つ者力あり、自らに勝つ者は強し」の言葉をよくロにされた。この諺は、中国の老子三十三条にあり、「人に勝つ者はその者よりただ単に強いというだけのことでさほど意味がない。しかし、自分の欲望に勝つには大変な努力を必要とする。それが本当に強い者だ」が挙げられる。

 氏は、財団法人古岡奨学会の理事長として母子家庭の高校生が対象の公益事業にも尽力された。小生は事務局長として長くお仕えしたが、酒席で「東筑は世に優秀な人材を沢山輩出している。政官財は勿論各方面で大活躍している人が沢山いる。これからも楽しみだな。僕は東筑で学んで本当によかった。」と述懐されていた。

 東筑の後輩たちが文武両道にわたって活躍される姿に目を細くして見守っておられることでしょう。

                                              (合掌)

 

同期の桜 仰木彬君を偲んで  / 畠山和政(52期)

 

故・仰木彬  平成17年12月15日、仰木彬君は天国に召されましたが、彼の魂は我々の心の中に永遠に生きています。

「平成18年度東京東筑52期会総会」と「同期の桜 仰木彬君を偲び語る会」を平河町のマツヤサロン(全共連ビル)にて平成18年7月6日に開催され、33名の52期同期生が出席しました。

マツヤサロンは仰木君が初めて近鉄バッファローズの監督に就任したとき、東筑の皆様を中心に祝賀パーティを開催した場所でもあります。仰木君も天国で喜んでいることと思います。

仰木彬君は、東筑高校を創立以来はじめて甲子園に出場させた英雄であり、スターであり、52期同期生のシンボルです。52期の同期生は仰木君に励まされ一生懸命生きてきました。

 仰木君が野球に打ち込む「無私王道」の天使の姿にイチローも心から尊敬の念をいだき大リーグで大活躍しています。

イチローが恩師の桜仰ぎみる 

 仰木君は監督としての厳しさと同時に選手一人一人に対するやさしい思いやりの心をもっていました。
  53期の故北条民子さんの銀座クラブ『しめの』で中西太さんと夜を徹して野球議論に熱中する姿が今、思い出されます。

 平成17年春、「グランドで死ねたら本望だ!」と最後の監督を引き受けたとき仰木彬君自ら創造した言葉「信汗不乱」を心に抱き我々52期同期生は頑張っていきます。

故・仰木彬氏追悼

            △平成17年度 東京東筑会52期会総会 仰木彬君を励ます会

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東京東筑会会則…(略)

会務報告/平成17年度決算および平成18年度予算…(略)

 

編集長より

今号に原稿をお寄せいただいた皆様に改めて御礼申し上げます。
たいへん喜ばしいことに、今号はこの一年の当会の活動報告に大部分のページを割くことができました。
編集をしておりまして、東京東筑会が多面的に活性化していることが、昨年よりも強く感じられました。
次号も楽しい活動報告と嬉しいニュースで誌面が満たされることを心より願っております。

東京東筑会会報 第24号 平成18年10月1日発行 編集長:三好尊信 発行人:安永保昭 発行所:東京東筑会事務局


第24号

(2006年 平成18年10月)

第24号