現役生徒派遣事業 平成21年度 東京研修 (2010年3月9日~11日)
日 程:2010年3月9日~11日 東京研修 3月12日 関西研修
行 程:東京研修の概略行程は
第1日目 3月 9日 午前 羽田空港着 午後=東京大学、お台場フジテレビ訪問
第2日目 3月10日 午前=国会、中央官庁見学、午後=第一生命、三井住友海上を訪問
夕刻~同窓生歓迎会
第3日目 3月11日 午前=最高裁判所、日本銀行、ラック訪問 午後=東京駅~関西へ

東京大学赤門前

桜田門にて


フジテレビにて 第一生命マッカーサー胸像と

最高裁判所前
生徒派遣事業研修報告書 (抜粋)

巻 頭 言
校長 増田俊明
本年度も3泊4日の国内研修派遣事業を、関係者の皆様のご支援のお陰で実施することができました。
最終日に小倉駅まで迎えに行きましたが、長旅にも拘わらず、新幹線から降りてきた生徒たちの顔つきを見て、毎日報告は受けていましたが、今年も派遣事業は成功であったと感じました。
今こうして出来上がった報告書を読んでみて、改めて参加した一人一人の生徒が学校生活では得られない何かを得た、充実した研修であったと感じています。
本校が教育目標の一番に掲げている「高い志の育成」の「高い志」は、高校生活だけではなく、人生においても大切なものだと思います。目標を立て、それを目指して努力していく。しかも低い目標ではなく、高い目標に向けて。そして、その過程を通して人間的に大きく成長し、有意義な人生を送ることは素晴らしいことだと思います。
高度経済成長の時代には、自分の夢を実現させようと誰もが一生懸命勉強し、仕事も頑張っていました。しかし、オイルショック以後、世の中が減速経済となり、さらに現在のように大変厳しい経済状況に陥ってしまってからは、何もかもほどほどのところで妥協し、努力することを諦める人が増えてきたように思います。経済状況だけが原因とは言えないとは思いますが、世の中のそういう風潮に懸念を抱いています。しかし、世の中には不況をものともせずに頑張ってサクセスストーリーを作り上げた人も沢山います。その人達に共通していることは、物事をマイナス思考で考えることなく、プラス志向で考えているということです。このことは、ものの見方、考え方ほど人生を生きる上で大切なことはないということを教えてくれています。
本校に入学してきた生徒諸君は、素晴らしい能力を持っています。高校生活3年間でその能力にさらに磨きをかけ、学力だけではなく自分に付加価値を付けて卒業してほしいと考えています。
しかし、高校時代に物事が全て順風満帆に進むということはまずないと言っていいと思います。青春時代の真っ直中にいるのですから、悩みごとも多く、挫折することもあります。そのような時にどうやって立ち直って前に進んで行くか、それが問題なのです。その方法は人それぞれで違うと思いますが、高校時代に自分と同じ環境で学習し、現在も社会の第一線で活躍されている先輩に会って話を聞いたり、学問や技術の最先端を見学して見聞を広めることはその一つの方法だと思います。派遣事業の目的の一つもそこにあります。
この報告書を読んでみて、計画したとおり、参加した生徒諸君にとって今回の研修で得たものは大変大きかったようです。その得たものを自分の中でしっかりと消化し、今後の学校生活にぜひ活かしてください。そして、機会があれば他の生徒たちにもこの経験を伝えてほしいと思います。
終わりに、財団法人金澤奨学会、東筑会、関西東筑会、東京東筑会、関係各位の皆様のご支援・ご協力のお陰で、本年度の国内研修派遣事業を成功裏に終了することができました。改めて謝意を表しますとともに、この事業を通して本校が更なる前進を続けることを祈念して、挨拶といたします。
【各研修場所での感想】
東京大学 男子生徒
小雨が降り続ける中、私たちは東京大学へ辿り着いた。伝統的な赤門を背後に、私たちは記念写真を撮った。赤門の前は普通の道であるため、通りかかる人たちが、赤門の前でキャーキャー騒ぐ私たち田舎モンをさりげなく嘲笑うかのように感じ、今までにない恥ずかしさが湧き上がった。
赤門を潜り抜けると、そこには赤いレンガの建物がきれいに一列に並んでいた。そして、しばらく歩くと安田講堂が高々くそびえ立っていた。写真ではよく見るものの、やはり実物は写真と比べると、よりいっそう壮大で歴史を感じた。生憎その日は合格発表の前日であって、中へ入ることはできなかったのは残念だった。
記念撮影を終えて、僕たちは食堂へ向かった。東大の食堂はうっすらとした和やかな照明で照らされており、多くの人で賑やかだった。メニューも多彩で、私は選ぶのにもためらってしまって時間を要した。興味深かったのは、食堂の中には若い学生らに限らず、子連れの学生や年配の学生もいたことだった。私は悩んだ末選んだカツ井をたいらげた。
その後売店で集合し、自由行動に移った。雨が次第に強くなったため、私は他にも傘を忘れた友達と三人で売店で割り勘で"東大傘"一本買うことにした。享人で一本の傘を共有しながら、私たちはゆっくりと本郷キャンパスを一回りした。私たちは法学部、図書館、医学部を順に見た。
中こそ入れなかったが、東大生が自分のIDカードを機械に照らして入る姿を見て、私はとても憧れた。医学部の図書館では、実質日本で頭の一番いい学生たちが厚い参考書を持って出入りするのに私は目を輝かせた。
時間は無情にもあっという間に過ぎ去り、見学の時間が終わった。
私が小さいころから憧れていた東京大学に実際に訪れることができて、とてもいい経験ができたと思う。実は、キャンパスに入るのも東大が初めてで、ほんとうにわくわくした。私の中で最も驚いたのは、大学には年齢に問わず様々な学生がいることだ。それに、なによりキャンパスライフは自由であることを改めて知った。
実を言うと、私は東大を志望しているわけではない。しかし、′今回の東大への訪問で、私は心のどこかで強く東大という高き山頂に惹かれた。そして、間違いなく今後の勉学の向上に深く関わらせたいと思う。
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フジテレビ 男子生徒
「ゆりかもめ」に乗って移動して台場駅で降り、雨の中を歩いていくと、25階建ての巨大なビルにたどり着いた。そこがフジテレビの本社ビルであった。非常に長い階段とェスカレータ一、上部についた球状の展望室が目を引き、入り口にはラーメン屋が並んでおり、かなり独特の様子であった。中に入ると各テレビ番組のグッズを販売するショップがあり、天井からはマスコット「ラフくん」がぶら下がっていた。途中でラフくんの着ぐるみも登場するなど、楽しい雰囲気であった。しばらくは自由時間をとり、一般向けの見学コースを見て回った。5階「きっかけストリート」には番組に関するさまざまな展示物があり、撮影に使われるスタジオを上から眺めたりすることができ、大いに楽しむことができた。
その後、フジテレビで働いているという99期生の先輩、山下さんが到着し、普通は見ることのできない内部に入れてもらえることになった。まずはニュース番組に使われるスタジオに案内してもらった。スタジオは思っていたよりも狭く、暗い感じだった。普段見ている番組は照明でとても明るくなっているので、少し意外だった。天井には照明器具が無数に備わっており、照明スタッフは撮影に向けて非常に長い時間をかけて向きなどの調整をするらしい。照明の数を見ただけでその辛さが想像できた。
その次はスタジオを見下ろす位置にある副調整室に入れてもらった。そこは映像・照明・音声の装置をコントロールする部屋で、狭い場所に多くの機材やモニターが並んでいて、かなり複雑に感じた。そこでの操作によって番組が形作られていると思うと、感慨深かった。
次はVTRの編集を行う部屋を窓越しに見せてもらった。部屋は比較的広く、壁一面にモニターが並んでいてすごかった。そこで長時間作業をするのも大変そうだった。最後に送出センターに案内してもらった。そこでは映像と音声の信号が届き、それを東京タワーに送る仕事を行っていた。広めの空間に大小さまざまなモニターが並んでいくつもの番組が映っていて、これまでの中で一番にぎやかな感じだった。放映される直前を見ることができて、とても感激した。
そして一階に降り、私たちは山下さんに感謝の言葉を送り、フジテレビを後にした。
普段何気なく見ているテレビ番組だが、その制作現場を見たのは初めてで、とても新鮮であった。そして、番組の制作には多くの機材や手順、さまざまな人の労力が必要であることを実感することができた。山下さんやその他の方々の好意に感謝し、この貴重な体験は一生大切にしようと思う。
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国土交通省 女子生徒
2日目の午前中、私たちは国土交通省を訪問した。私は国土交通省の各局がそれぞれ、私たちの生活とどう関わっているのかをよく知らなかったので、国土交通省の仕事について知るいい機会となった。国土交通省には、東筑の卒業生が7人もいた。私たちが生徒派遣事業で訪れたどの場所よりも最も卒業生が多かったので、私は今まで遠くに感じていた国土交通省をとても身近に感じることができた。
国土交通省は中央省庁等改革により運輸省・建設省・国土庁・北海道開発庁が合併し、2001年1月に発足した。まず、永島先輩は大臣官房官庁営繕部、溺備・環境課で国内の建物から排出される二酸化炭素の削減に取り組んでいる。次に、馬場崎先輩は海上保安庁総務部で海洋秩序の維持、海難救助、海洋環境の保全・海上防災、海上交通の安全確保、つまり"海上での警察"のような仕事をしている。次に、高杉先輩は航空局監理部総務課で航空輸送のための基盤整備、航空安全・保安対策の推進、航空輸送ネットワークの充実を目指して、航空行政をどうするかについて決めている。次に、金岡先輩は住宅局住宅総合整備課住環境整備室で住宅が密集している地区に公園を作ったりして住環境を良くするなど、安全・安心で良質な住宅ストックと居住環境の形成を目指している。次に、有田先輩は住宅局建築指導課で建物を作る法律を作ったりしている。
最後に、相木先輩は大臣官房総務課地方運輸局業務改善推進室でどれを独立行政法人にするかについて話し合っている。
私は国土交通省を見学して、私たちがこうして快適に生活できるのは国土交通省を始めとする国のいろんな機関がさまざまな施策を行っているからだということがよく分かった。また、毎日整備されているのが当たり前だと思っていっも利用していた道路や公共交通を、国土交通省が整備しているのを知って、国土交通省が日常生活の隅々まで関わっているということに感動した。
私は先輩のお話の中で「世の中僕らがいないと国が回っていかないし、それが唯一の誇り」という言葉に心をうたれた。自分たちがいないと国が回らないという責任感と自分が国をリードしているという誇りを胸に働く先輩方を心から尊敬した。私も将来自分の仕事を誇りにできる仕事に就きたいと思った。
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国会議事堂 女子生徒
派遣事業二日目の午前中、私達は国会議事堂を訪れた。首相官邸や諸政党の本部など、「日本の中心」を感じさせる様々な建物が立ち並ぶ永田町の中心で、国会議事堂は荘厳な雰囲気を醸し出していた。
国会は、「国権の最高機関」で「国の唯一の立法機関」だと中学時代に習った。そんな重要な場所を今から見学できるのだと思うと、胸が高鳴った。
末松さんや緒方さんに色々なところを案内して頂いたが、その中でも印象に残っているのは、衆議院の本会議場と中央広間だ。衆議院本会議場に入ると、半円状の議席がずらっと並んだ、私達が「国会」と聞いてまず思い浮かべる光景が目に飛び込んできた。ここの設計はフランスのスタイルを参考にしているらしいが、柱の一本一本に至るまで細かい装飾がなされ、天井のステンドグラスは圧巻だ。議席に置かれた黒い四角柱には、数々の有名議員の名前を見つけることができる。日本を動かしている場所に居るのだと実感し、感激した。
中央広間は、四階吹き抜きで天井が約33メートルもある。ステンドグラスや日本の四季を描いた絵画が、太陽の柔らかい光線に照らされて幻想的だ。四方には、議会政治確立に尽力した伊藤博文、板垣退助、大隈重信の銅像が乗った台座と、何も乗っていない台座が置かれている。四つ目の台座は、将来そこに銅像を乗せるべき人物が現れますようにという期待を込めて、あえて空席にしているそうだ。
また、国会内を移動中、たくさんの絵画を目にした。それらの絵画はすべて、国に寄贈されたものだそうだ。価値がつけられないほど貴重な絵画も多くある。葉書一枚のサイズで一千万円という画家の日本画も見た。絵画の一枚一枚から、それらを寄贈した人々の思いがひしひしと伝わってきた。
国会内の見学が終わぅた後、全員で国会の食堂で昼食を食べた。その間に緒方さんから、自身の高校時代のお話や、私達に対するアドバイスなどを伺った。国の中心でバリバリ仕事をしている先輩から直接お話が聞けるなんて、普通はなかなか無い事だと思う。今回の派遣事業に参加して本当に良かったと感動した。
私は今まで「国会」とか「立法」とかいう単語に、何となく怖いイメージを持っていた。しかし、今回の見学を通して、国を動かしていくことの大変さや、それに携わる人々の情熱を生で感じる事ができ、そういう仕事に対して少し興味がわいてきた。自分の進路があまりハッキリしていない私にとって、今回の体験は本当に貴重な物になった。初めての体験をたくさんすることによって、自分の視野を広げる事ができたと思う。
最後に、案内して下さった方々、先生方、本当にありがとうございました。良い経験ができました。
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第一生命 男子生徒
国内研修の二日目、私たち東筑生は第一生命を訪れた。本社ビルは巨大で洗練された趣を持ち、周囲に多大な威圧感を放っていた。まず会議室に案内され、そこで宮田さんのお話をうかがうことができた。
明治39年第一生命は社員相互の救済を目的とする相互会社として設立された。しかし、この大不況を乗り切るためには社会の情勢にあわせて変化していかないと生き残るのは難しい、と宮田さんは語る。そこで第一生命は平成22年4月には長年維持してきた相互会社としての形態を捨て、株式会社に変わるそうだ。近年社会問題になっている少子高齢化により人口が減り売り上げが落ち込むことに備えて、合併等がしやすい株式会社に踏み切った。
人口が減りつつある日本とは対照的に、タイやベトナム、インドなどはまだ人口が増加しており海外へ進出し始めているという話だった。日本とそれらの国の大きな違いの一つは、保険加入率だ。日本では実に90%以上の人が保険に加入しているが、一方タイやベトナム、インドなどでは40%台と低いのが現状だ。そこに目をつけ海外でも加入者を増やすために活動をしているそうだ。日本だけでなく広く海外にまで目を向けていく姿勢、つまり今の現状に満足せず、さらに上を目指していく姿勢は今の私たちに必要なことだと実感させられた。
次にマッカーサールームに案内された。そこは戦後GHQの最高司令官であるマッカーサーが仕事をするために使用された部屋ということだった。彼はとても簡素なものを好む性格であったようで、第一生命本社ビル選んだという。社内のほかの部屋に比べ歴史の香りを感じさせる部屋で、マッカーサーがかつて使っていたとされる机と椅子、さらには自ら持ち込んだカーペットまであった。しかしその机には引き出しがついておらず、マッカーサーが仕事をためない優秀な人材であったことをうかがわせる。
ここでは「現状に満足せず、さらに上を目指す」ことを学ぶことができたと思っている。生き残るために株式会社へ転換することも、そのひとつだと思う。この受け取り方はあくまで「個人受け取り方であるとは思うが、ここで感じたことをこれからの学校生活、ひいてはその後の生活にまで生かすことができるよう精一杯の努力をしていきたい。
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三井住友海上 女子生徒
地下鉄から降りて少し歩くと、周りにそびえたつビルの中で、一際大きく、目を引く建物があった。それが三井住友海上の建物だ。2本足で立ち、一面にガラスが張り巡らされているように感じる外観である。聞いたところによると、ビルの高さは103メートルあり、25階まであるそうだ。
中に入ると、まず目に入ったのは「朱龍」と呼ばれる赤く巨大な造形物だ。抽象であるため、説明を受けるまで何の形であるのか全く想像がつかなかった。入ってすぐに見えるだけあって印象的であった。そして、東筑の先輩とビルの設計者に案内していただき、私たちはまず24階の曙の間にむかった。
そこは270度を見渡せるガラス張りのレセプションルームだった。東京タワー、レインボーブリッジ、そして東京スカイツリーなど、東京の名所を一望できる素晴らしい部屋だった。この眺めは圧巻で、東京に来たのだという実感がより強くなった。ここは、パーティーや会合など、多くのことに用いられるそうだ。また壁一面に大きな時計があり、とても驚いた。他に3階には屋上庭園があった。この庭園には、ビルで働く人に潤いを与えたり、地区の景観に配慮したり、環境対策を先取りしたりと様々な目的があるそうだ。また、近隣の住民に無料で開放している部分もあるという。企業としての仕事だけでなく、周りのことも考え、工夫していることがわかった。
その後、社員のみなさんが働いているところを見せて頂いた。実際に仕事が行われているオフィスを見たのは初めてだった。みなさん真面目に、緊張感を持って働いていた。社会人になって働くのはこういうことなのだと、テレビで見るだけではわからない雰囲気を感じ、身の引き締まる思いがした。
他にも、日本画壇活躍中の作家や若手の作家の絵がいくつも飾ってあるギャラリーや、ビル全体のセキュリティや安全を取り仕切っている中央管制室、パーティーなどが開かれる大会議室などを見せていただいた。
そして最後に三井住友海上についてのお話を聞いた。三井住友海上が扱っている「そんぽ」とは損害保険のことで、交通事故や火災に備える保険である。直前に保健の授業で自動車の強制保険について学んだが、その時に出てきた「任意保険」の一種である。今回話を聞いて、これまで保険のことは全然知らなかったが、将来に向けて少し興味を持つことができた。中でも特に驚いたのは、保険会社であるが、保険を作ることを「商品開発」と言っていることだ。保険には形はないが、お客様に買ってもらう立派な「もの」であり、よりよい保険を提供するために試行錯誤しているのだということをこの言葉から感じた。製品を提供する会社も、サービスを提供する会社も、考え方は同じなのだと思った。
今回の三井住友海上への訪問で、これまで知らなかったこと保険や企業のことを知ることができ、新しいことに興味を向けるチャンスを得ることができた。この経験を今後進路を決めていく上で役に立てていきたい。
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日本銀行 男子生徒
生徒派遣事業の三日目、私たちは日本銀行を見学した。
日本銀行は、東京の中心部の、周りには高層ビルが立ち並ぶ地域にあるのだが、1896年に完成した建物を使用しているため、日本銀行の周囲だけは雰囲気がかなり異なる。この建物は非常に丈夫で、関東大震災の際にも建物本体には全く損傷がなかったという。しかし、その時には天井のガラス屋根が割れ、周りの火災の火が燃え移り、火事が起こったそうだ。それでも決死の消火活動により火を消し、次の営業日までには復旧を果たしたというから驚きだ。当時の職員の使命感がうかがえる。
見学を始める前に、日本銀行の仕事内容についてのビデオを観させていただいた。日本銀行の大事な仕事は、①「物価の安定」、②「金融システムの安定」の2つを通して「お金の価値を守る」ことである。①の「物価の安定」のために、日本銀行は国債を利用して公開市場操作を行いこ 世の中に出回るお金の量を調節している。また、②の「金融システムの安定」のために、さまざまな方法で経済の情報を把握し、また、災害が起こったときにもいち早く金融システムを復旧し、経済が停止してしまうのを防いでいる。阪神淡路大震災の時には、すぐに現地に現金を送り込んだそうだ。
私たちは以前使われていた事務所と金庫、2階の資料館を見学させていただいた。地下の金庫はやはり大量の現金を保管していた場所だけあって、非常に警備面には気を遣った造りになっていた。金庫の扉は枠組みも含めてなんと25トンもあり、しかもこの扉は手動であるため、必死でハンドルを回して開閉するのだそうだ。また、紙幣の湿気を防ぐため、壁・床に穴を空け、常に空気を循環させているらしい。ちなみに、建物が完成した1896年から実際に金庫が使われていた数年前まで、一度もお金を盗まれたことはないということだ。
日本銀行の見学が終わった後、向かいにある貨幣博物館も見学した。和同開称の時代から、現在の貨幣制度に至るまでの過程が詳細に解説してあった。今のような制度は明治時代に急速に確立していったことを知った。また、偽造防止のための技術についても学ぶことができた。紙幣にさまざまな部分に非常に小さな「NI PPONGINKO」の文字が記されていることには驚いた。
私は日本銀行・貨幣資料館の見学を通して、お金に対するいろいろな工夫や、お金の価値を安定させ私達の暮らしを守る努力を学び、そして、お金に携わる方々の仕事への情熱を強く感じた。
私達が生きる社会に無くてはならないお金を、私は今まで何も考えることなく使っていたが、これからは、たくさんの人の力が集まって"お金"が成り立っていることを感じながら、お金を大切に使いたいと思う。
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ラック 男子生徒
派遣事業三日目、東京で訪問した最後の企業がラックだった。
ラックという会社を知っている人はあまりいないのではないだろうか。失礼ではあるが、私も訪問企業が知らされたときに初めて名前を聞いた会社であった。
ネットワークセキュリティの会社なのだが、どのようなオフィスなのか、訪れる前からとても興味があった。いよいよラックの社内を訪れるときがきた。ここで、私はいきなり驚かされた。
壁だと思っていたところが、スッと横にスライドしたかと思うと、入り口が現れたのだ。セキュリティの会社は本社のセキュリティもすごいということを実感した。そこで、セキュリティ事業についての資料や、セキュリティについてのDVD,ラックのストラップなどをもらって研修が始まった。
ラックはもともと、情報ソフトウェアの会社だったのだが、1995年からネットワークセキュリティ事業を開始した。ラックのセキュリティ監視センターの名前は"JSCO"といって、ここは24時間フル稼働で顧客のシステムの監視、また、何者かに攻撃された場合は攻撃内容の分析を行い、的確なアドバイスの電話をする…などとても忙しく、緊張感あふれる様子だった。また、攻撃の手法の分析や、その攻撃がどこで行われたか、どのパソコンが攻撃を受けているかなども正確に把握できるそうだ。
ちなみにラック(LAC)というのは、1ittle earth corporationの略で、「情報化社会で地球が縮小していくなかで、IT基盤を支えていこう」という理念がこめられているそうだが、ここでひとつ疑問が出てくる。なぜLECではなくLACなのか?それは「LECではかっこ悪いから。」という簡単な理由らしい。
このような、パソコンの裏で起こっていることのほかに、私たちがインターネットを利用するときの注意点についても説明してくださった。ファイル共有ソフトを使わない・他人のID・PASSを使わない・掲示板などで犯行予告などをしない。3つ目はないとは思うが、前の二つは十分に起こりうることだ。また、基本的に「無料ダウンロード」など、普通はお金のかかるものがただで手に入るものは間違いなくだめだとおっしゃっていた。ルールを守って、安全にインターネットを利用することが大事だと感じた。
ラックは、セキュリティ関係でとても有名な会社で、国の省庁や、有名企業のほとんどのセキュリティを担当しているそうだ。「うちが守っていない企業はたいした企業じゃない」という言葉からは、強い自信が感じられた。自分の仕事に自信を持つこと。仕事をする上で、とても大切なことではないかと思う。私も将来就く仕事に自信を持てるように精一杯仕事に取り組めるようにしたいと思う。仕事をする上の心構えなど、大切なものを学ぶことができた。受け入れてくださった関係者の皆様、本当にありがとうございました。
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京都大学 女子生徒
京都大学では三つあるうちの二つのキャンパスを訪問させていただいた。桂キャンパスと吉田キャンパスだ。
最初に見学させていただいたのは桂キャンパス。おもに工学系の研究・実験施設が入っているキャンパスなので、あまり学生をみることなく少し残念だったが、通常ではなかなかみられないような実験室や、研究所を見ることができ、かなり充実した見学となった。
米田教授にキャンパスの説明、案内をしていただいた。見学をしていて常に思ったのは、すべての実験・研究が現代社会に生かされているということだ。どの実験・研究を見学しても、「~~は今の○○を作るのに必要となりました。」とか、「□口は△△のために研究しています。」など、具体的な名前、目的がたくさん出てくる。当たり前のことなのかもしれないが、今まで「研究」を現実離れした、とまではいかないが、「自分とはかけ離れた世界」だと思っていた私にとって、このことは衝撃だった。将来、研究職に就きたいと考えていたにもかかわらず、自分がこの世界のことをなにも知らないのだと思うと、恥ずかしかった。だが、桂キャンパスを訪問させていただいたことによって、より「研究」を身近に感じることができたし、興味が無かった分野にも興味を持つことが出来た。このことだけでもこの研修を通じて得たものは大きい。
バスで移動し、吉田キャンパスに向かう。桂キャンパスとは違い、学生が多いのが第一印象だった。合格発表のすぐ後だったためか、サークル勧誘、学生運動のたて看板が多い。中には思わず吹き出してしまうものもあり、京都大学生の性質をうかがうことが出来た。
京都大学博物館を先にめぐり、そのあと松下教授にキャンパスを案内していただいた。学生が多かったため、よく京都大学生を観察することが出来たのだが、京都大学の「自由の学風」が良くあらわれていると感じた。別に金髪の人が多かったとか、奇抜なファッションの人が多かったとか言うのではない。学生の顔に余裕が見えるのだ。しゃべったことも無い人たちだが、こんな大学生になりたい、と素直に思えた。一通りキャンパスを案内していただいた後、松下教授のお話をうかがった。京都大学では基本自学自習だ、と聞いて今までの私のやり方のままではダメだ、と強く思った。
京都大学を訪問したことによって、「大学」とはどういうものなのか、何をするところなのか、いままであやふやだったことがわかったように思う。「大学にいきたい。大学にいって勉強がしたい。」と思えるようになった。すると、今の自分に足りないものもおのずとわかってきた。
長いようで短いであろうあと二年。この見学で得たものを失くさずに過ごしたいと思う。
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【各自の研修報告】
生徒派遣事業を通して 女子生徒
ただただ東京に行って広い世界を見てみたい、私が生徒派遣事業に参加しようと思ったのはその思いからだった。クラスマッチとの兼ね合いで少し迷ったが、中学生のころから抱いていた夢のほうが強かった。また、まだ進路がはっきりせず悩んでいたため、企業や国の機関、そして大学を訪問できるという点もとても魅力的だった。
帰って来た今、東京について思うことは、やはり人が多く、交通網が発達しているなという普通の田舎者の感想である。どこにいっても人の流れがあって、それがせわしく動いており、何度も飲み込まれそうになった。満員電車など当たり前のようで、私たちが必死で立っている横で何気ない会話に花を咲かせているサラリーマンたちもいた。エスカレーターでは左に寄って乗らなくてはならなかった。このような都会と地方の違いに本当に驚いた。博多に行ったときも地元との違いに驚いたが、それとは比べものにならないほどだった。しかしそれだけ東京は多くの人々が働く、日本の中心としてなくてはならない街であるのだと感じた。
そして東京は不思議なもので、初めは福岡との違いに戸惑っていたが、いつの間にかこの街に住んで、より多くの刺激を受けてみたいと感じるようになっていた。小さい頃から住んでいたなら東京が特別であると感じることはできないであろう。高いビル、たくさんの人、張り巡らされた交通網など、多くのことが「当たり前」として存在しているのではなかろうか。しかし私たちから見れば「当たり前」ではない。どんな些細なことであっても、東京には地方にはない魅力が詰まっている。それを肌で感じることで、様々なことを学んだり知ったり考えたりできると思う。
また逆に、東京を知ることで地方の良さをも感じることができるのではなかろうか。そう考えると、東京から刺激を受けられるということは田舎者の特権なのかもしれない。
また、東京・京都とも多くの企業、大学、国の機関を訪問させて頂いた。どこにいっても様々な興味深いお話を聞かせて頂き、これまで知らなかった新しい世界を見ることができた。なにより、どこに伺っても東筑の先輩方がたくさんいらっしゃることが驚きだった。それぞれの分野で活躍されている方ばかりだった。そしてそのような方々から後輩の私たちが話をしていただけるということが光栄であった。これは東筑の卒業生たちがしっかりとしたつながりを持っている証ではないだろうか。多くの場所を訪ねて行くうちに、目に見えない東筑の「絆」というものをひしひしと感じた。
東筑の「絆」といえば、東京東筑会、そして関西東筑会からの歓迎会もあった。歓迎会には両親より年上の先輩も来て下さると知った時、正直怖かったし、緊張した。しかしそんなものは始まってすぐに取り払われた。優しい方ばかりで、たくさんの先輩と話をすることができた。はじめて会ったばかりなのにまるで何度もあったことがあるかのように話をすることができ、たくさんのことを教えてくださった。そして東京でも京都でも、全員で校歌を歌った。現役からずっと上の先輩までみんなで校歌を合唱することなんて、滅多にあることではないと思う。これがやはり東筑の「絆」なのだろう。学校にいるだけでは全く分からなかったけれど、東筑のつながりは広く、強いのだということがわかり、大切にしていきたいと思った。
歓迎会の中では、先輩方からメッセージをいただいた。その中でも私の心の中にはっきりとのこっているのは、「『なりたい』ではなく『なる』のだ」というメッセージである。「どんな目標でも、それを『目指す』、そのように『なりたい』と言うだけでは目標のままで終わってしまう。目標はそのように『なる』と明確に言わなければならない」ということだ。そしてそれを周囲にしっかりと言うことが大切なのだという。このメッセージを聞いて、私はこれまでどうだっただろうかと考えてみた。私の場合は目標を持っても口にしないで自分の中で持っているタイプだ。達成できなかったときが恥ずかしいと考え、周囲には言わずにいる。しかし、それではだめなのだとわかった。口に出さなければならない。達成できなかったときが恥ずかしいと考えるのではなく、目標は達成しなければならないのだ。このメッセージは甘い考えだった私に喝を入れてくれた。これからは、明確に目標を口に出していく、そう誓った。
ただ東京に行きたいという理由で参加した生徒派遣事業だったが、予想以上にたくさんのことを学び、福岡にはない広い世界を感じて帰ることができ、とても実りの多い研修だった。これによって、悩んではいたがなんとなく決まりつつあった志望大学や学部に大きく迷うことにはなったが、それはまた自分を見つめ直し、将来の自分を考えていく上でのいいチャンスをもらったのだと思える。東京や京都にいる先輩方に会えたこと、しっかりとつながっている東筑の「絆」を感じることができたことも東筑で過ごしていく上でプラスになった。生徒派遣事業に参加して本当に良かったと思う。
これからは今回の研修で得たことを学校生活や日常生活、また進路を考える上で活かしていきたい。いや、活かしていく。そしていつか、私も温かく後輩たちを迎えられる東筑会の一員になりたいと思う。
最後に、この生徒派遣事業に快く送り出してくれた両親と、この研修を支えてくださった東筑会の先輩方、その他多くの方々に感謝したい。
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生徒派遣事業を終えて 男子生徒
「夢の4日間だった。」研修を終えて私が最初に思ったことはこれだ。
私はこの事業に、新たな視点から見た社会に触れることで将来の希望進路実現の礎の一つを作る事を目的とし参加したのだが、日頃教科書や新聞等「何か」を通してしか接する事の出来なかったものに実際に触れることが出来るとても充実した日々であり、この目的も達成された。むしろそれ以上のものを得たと思う。
まず、最も印象に残っているのは訪問した先々での先輩の姿だ。どの訪問先でも、誇りを持って自分らしく生きておられる先輩方が迎えて下さった。社会の最先端で活躍しておられる先輩方は輝いていて、自分もこんな風にキラキラした大人になりたいと思った。また東京、関西東筑会歓迎会では厳しく暖かい叱咤激励のお言葉をたくさん頂き、東筑OB,OGの方々の母校愛は私が想像していたより遥かに大きいという事を知り、少し驚いたが嬉しかった。東筑高校に入学して本当に良かったと改めて思った。
一番私の視野を広げた訪問先は、自分がしおり作成の作業を担当した国会議事堂だ。今まで限られた枠から覗くしかなかったので、自分の目で見た時には訪問先の中で一番感動した。国会はこんなに繊細な建物だったのか、こんなに威厳に満ちていたのか。十六年間の自分の政治に対する思いは一瞬にして変わった。また、今自分が立っている所を、歴代首相はどんな気持ちで通ったのだろうと思うと胸が高鳴った。重ねられてきた歴史と権威の重みのある国会独特の空気に圧倒され、その中で日本を背負って活躍する先輩方に魅了されたのは言うまでもない。
この研修を通して色々な所で先輩方からお話を伺う事が出来たが、驚いたのはどんな質問をしても正確な返答が返ってきた事だ。おかげで解決してしまった悩みもある。きっと日頃からものごとに深く向き合っておられるからだろうと思うが、そういう所にさすが東筑、と思わせられた。
たくさんのお言葉の中でも感銘を受けたのは「たとえ挫折したとしても、自分がやりたいことなのだから良いじやないか。」という言葉だ。そんな考え方もあったのか、と今までの自分の世界の霧が晴れたように思う程大きな衝撃を受けた。
関西東筑会の歓迎会では、増田校長の同級生である先輩のお店で、おいしい料理を出していただいた。お腹いっぱいでラーメンをあまり食べられなかったことが残念だった。初めて校歌を三番まで歌ったが、読み方が難しくて満足に歌えなかった。しかし、なんと、関西東筑会に数少ない遠賀中出身の先輩がいらっしゃって感動した。
派遣事業を終えて改めて思ったことは、広い視野を持って多くのことに興味をもち、積極的に学ばなければ世間に通用しないということだ。私も苦手な教科を避けずに、たくさん学んでいこうと思う。
今回の派遣手業に携わってくれた先輩方、先生、ありがとうございました。頑張ります。
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東京・京都で見た「東筑」 女子生徒
今回私がこの派遣事業に興味を持ったのは、この事業に参加したことのある先輩の話を聞いたからだ。
日本の首都である東京がどんなところか見てみたい。そう思って、今回参加した。
東京に着いてからは、目の前にあるものすべてが新しく知ることばかりだった。たくさんくる電車、人の波、高いビル。九州とは全く違うこの光景を一瞬たりとも見逃したくない、そしてそこから何かを感じ取りたいという好奇心で3泊4日の間私の眼はずっと光っていた。
この派遣事業の中では、東京という街を知るとともに東筑のつながりの強さも感じることができた。
入学当初から、東筑は縦と横のつながりが強い学校だと聞いてきたが、今回ほどそのことを感じた時はない。東京・関西のそれぞれで行われた歓迎会では、たくさんの先輩が私たちを迎えてくれた。最初は先輩たちと上手く話せるかすごく不安だったが、どの先輩も優しくそんな不安はすぐになくなった。自分の高校生時代の話など様々な話をして下さり、とても楽しい時間を過ごすことができた。「忙しいだろうけど、がんばれ!」最後にかけてくださったその言葉は、私を励ましてくれた。
また、訪れた先々で、活躍している先輩方は、自らの仕事に誇りを持って仕事を行っていた。その姿は、生き生きとしていてかっこよく、将来自分もあんな風に仕事をしたいと思った。
様々なことが学べたこの派遣事業。言葉では伝えきれないものをたくさん得た。今回私たちを支えてくれた先輩方や先生方、両親にとても感謝している。
数年後、先輩方のように自分も後輩をむかえられるように、この経験を生かし、残り2年間の高校生活を頑張りたいと思う。
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生徒派遣事業を終えて 男子生徒
「まだまだ知らないことだらけだ。」私はこの生徒派遣事業の3泊4日で、そう感じた。「感じた」と言うよりは、「思い知らされた」と言ったほうが良いかもしれない。
羽田空港に着き、最初に向かったのは、赤門で有名な東京大学。この大学は、1つの学校とは思えないほど広く、迷ってしまうのではないかと思うほどだった。敷地内には周辺とは違う、日本で1番の大学に相応しい雰囲気があった。昼食をここの食堂でとったが、周りから聞こえてきた会話が学会に関する話だったので、さすが東京大学と思った。京都大学も同じようにイメージをしていたのだが、京都大学はかなり自由な雰囲気で、少し意外に思った。京都大学の案内をしてくださった松下さんのお話によると、京都大学は、校風が自由なだけあって、学生が学びたいと思えば、いくらでも学ぶ機会が用意されているとのことだ。
2日目の国会議事堂は、非常に緊張感がある場所だった。普段はテレビで見るだけの本会議場は、国権の最高機関としての威厳が感じられる、荘重な場だった。ここは国会が開会しているときは、テレビでよく見るような激しい議論がなされる、日本の法律が決まる場なのだ。緒方さんによると、深夜3時頃まで議論が続くこともあったそうだ。
そして、なにより心に残ったのは、2日目の東京東筑会歓迎会と3日目の関西東筑会歓迎会だ。東京東筑会では、70名以上の先輩方に迎えていただいた。最初に先生から「110期同士の会話は無し」と言われたときはどうしようかと思ったが、先輩方は優しく、気軽に話をすることができた。
2時間半があっという間に過ぎ去っていった。「夢は周り野人に言っていれば叶う」「努力をする才能を身につける」というお話が、今でも頭に鮮明に残っている。
関西東筑会では、とても賑やかな雰囲気で、先輩との交流が楽しかった。東筑高校の校歌を、初めて歌詞の意味を考えながら3番まで歌った。私は明るく、未来へ向かっていくような3番の歌詞が好きになった。
この生徒派遣事業では、毎日学校に通っているだけでは分からない、全く知らない世界を見ることができた。さまざまな場所で活躍していらっしゃる先輩方とお会いし、お話を伺って「東筑魂」というものを感じた。「今の自分は、この『東筑魂』を持っているだろうか。」と考えさせられた。これから、「東筑魂」というものを「私も持っている」と自信を持って言えるよう、努力をしようと思う。いや、努力をする才能をしっかり身につけたいと思う。
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四日間の研修を終えて 男子生徒
この生徒派遣事業に行く前、私は周囲から「大きく自分の考えが変わるだろう。」というような意味のことを飽きるほど言われていた。私は「それほど変わるだろうか。」と失礼ながらも疑問に思っていたのだが、結果から言うと、それは本当であった。
今回の研修で訪れたどの場所も貴重な体験ではないものはなかったが、中でも大学での研修、先輩方のお話には特に記憶に残るものが多かった。まず初日の東京大学では、派遣事業最初の研修地ということもあり、キャンパスに並び立つ古めかしい建物や歴史を感じさせる安田講堂等、見るものすべてに圧倒されていた。ここでは大学の話を聞いたり、学部内を見たりできなかったが、四日目の京都大学では見せていただけた。まず、工学部のある桂キャンパスを見学した。工学部を志している私にとっては全日程の中で最も興味のある研修であった。ここでは構造物の耐風・耐震性の実験装置、生物系の染色体の研究などを教授や学生の方の詳しい説明とともに見ることができ、私はその説明に聞き入りつつも装置や器具の値段の高さや研究内容の凄さにたびたび呆然としてしまった。この後の吉田キャンパスでの説明も含め、大学での研修は、大学、大学院についての私の誤った認識を改めさせてくれた。
国会議事堂、日本銀行、歓迎会等多くの場所で先輩方から有益なお話を聞くことができ、多くの先輩のお話を聞く機会を持つことができた。その話の中で、多くの先輩方が高校時代からするべきことについて共通しておっしゃることがあった。「人の輪、友人を大事にすること。」私はこの言葉にとても納得した。世の中、コネクションがあったほうが有利だというのは本当のことだが、そんなことよりもこの派遣事業が協力で成り立っていることや歓迎会の一体感がそれを一番証明している気がしたからだ。そんな同族意識を持っている東筑にいることを幸せに思うと同時に、その恩恵の分だけ努力せねばならないという気持ちも起こった。
今回の派遣事業では、大学やその後の進路について知ることができ、私の将来の目標を今までの漠然としたものから多少は具体的なものに近づけたと思うこ この四日間で学び、広げることのできた自分の考えをそれだけで終わらせず、先輩方に恥じぬよう自分の目標とする進路を達成するために役立てていきたいと思う。
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生徒派遣事業(国内研修)を終えて 女子生徒
二学期。教室に国内研修の掲示を見つけた。少しの自己負担金を出せば東京と京都に行けるという。
親が私に行くことを勧めた。負担金のことは気にしなくて良いと言う。むしろこの値段でこれだけまわれるのだから、行く気があるなら行けと言う。ならばと、私は行くことをきめた。
それから、三学期になって募集が始まるのが待ち遠しかった。
過剰な期待は落胆に変わりやすいときくが、全くそんなことは無かった。むしろ想像以上だった。ハードなスケジュールではあったが、その分濃密な時間を過ごすことが出来た。東筑高校生でなければ、この研修に参加しなければ出来ない体験をたくさんさせていただいた。
挙げるとキリが無いのだが、テレビ局(フジテレビ)のセットされたスタジオの中に入ったり、ミキシングルームに入ったりすることは、「東筑高校生」として信頼していただいているからだと思ったし、国会議事堂の議員食堂で昼食をとったり、企業のビル内、しかも営業している最中に見学をしたり、教授が直々にキャンパスの案内をしてくださったりしたことは、東筑高校がいままでに多くの有能な人材を輩出してきたからだと思う。どちらかひとつが欠けてもこの研修はこんなに充実したものにはならなかっただろう。
また、歓迎会では、思っていた以上に多くの、幅広い年齢層の先輩方がいらっしゃったのでかなり驚いた。先輩方は、ただ同じ高校の後輩だというだけでかなりよくしてくださった。話をしていると、自分たちに伝えたいことがお一人ずつにあって、それを伝えようとしていることがよくわかった。
自分たちが今いるこの「高校生」という時分は、これからの人生のなかでも大きな役割を担っているのだと、大切にしなくてはならないのだと、肌で感じた。先輩の中には、私と小学校から高校の部活まで一緒の先輩や、将来就きたいと思っている職種の方もいらっしゃって、大変おもしろかった。都会に出ても、これだけの先輩がいるから心強いとおもうには東筑会は十分すぎるほどの存在だとおもった。
研修を通じてたくさんのことを学んだが、研修を通じて思ったことは、出会った人の誰もが「高校生」という時分を私たちに大事にしてほしいと思っている、ということだ。今このときにしか出来ないことを大切にしてほしいと、そう思っているように思えた。だからこそのこの研修ではないだろうか。だからこそ、この研修に協力して下さったのでは無いだろうか。
私はいままで、こんなに「貴重な人」扱いされたことがない。それほどに厚遇で、期待されているとおもった。同時に、期待にそえなければ、と思った。
たった4日で何が変わるか、と思われるだろうが、この研修に参加して確実に価値観が変わった。曖昧で、自分でもまだそのままでいいかと放っておいた目標が、明確になった。自分は今なにをすべきなのか、わかるようになった。この研修には先輩方の熱意がこもっていた。その熱意に応えられるよう、そんな熱意のある先輩になれるよう、これからの日々を大切に過ごしていきたいと思う。
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派遣事業を終えて 男子生徒
私は派遣事業の4日間、たくさんの方の力に支えられ、非常に価値のある時間を過ごすことができた。それでも出発日の朝は、「東京・京都」という自分の知らない世界に足を踏み入れることに、大変大きな期待とともに、かなりの不安を抱えていた。
しかし、飛行機の窓から東京の大都会を眺めた瞬間、心の中にあった不安は完全に消え、何か"東京"という場所に酔ったような不思議な気持ちになった。この気持ちは、自分の足で東京の道を歩き、自分の目で東京を見て、どんどん大きくなるばかりであった。
初日~3日目の東京での研修で、最も記憶に強く残っていやのは、2日目の夜に行われた、東京東筑会歓迎会だ。この日のためにたくさんの先輩方に集まっていただき、特に80期の先輩には、当番期ということで、大変お世話になった。晩御飯も兼ねた立食形式の会だったのだが、先輩方との話に夢中で、ご飯を食べるのも忘れるほどだった。高校だけでなく、小・中学校も一緒の先輩とは、現在の東筑高校や折尾周辺の話で盛り上がり、別の先輩とは部活の話をして、丁寧にアドバイスをしていただいた。さらに国会議員の末松先輩・緒方先輩や、早稲田大学ラグビー部監督の中竹先輩をはじめ、さまざまな先輩方から「"成功"より"成長"を求めて、失敗しそうなことに取り組むのが大切」「ピンチをチャンスに変える」「"口"に"十"回出せば"叶"う」といっ
た、高校生の私たちにとってたいへん参考になるお話を聞くことができた。
歓迎会の最後には、参加者全員で肩を組んで、東筑高校の校歌を大合唱した。私はこのとき、自分が東筑生であることを改めて誇りに思った。何十歳も年の離れた方と私達とを「東筑」が繋いでいることを強く感じ、会場が不思議な一体感に包まれた。これは東筑生にしか味わえない雰囲気だと思う。歓迎会が終わると、会場にいた誰もが笑顔だった。大変充実した時間を過ごすことができた。
3日目~最終日は関西へと移動し、京都で研修を行った。3日目の夜には、今度は関西の東筑会の先輩方に歓迎会を開いていただいたのだが、東京での歓迎会との雰囲気の違いに驚いた。東京東筑会の歓迎会は、スタイリッシュな「パーティー」のようだったが、関西東筑会の歓迎会は、アットホームな「宴会」のようで、たいへんなじみやすい雰囲気だった。もちろん関西弁を話す方ばかりで、和やかに会は進んでいった。驚いたことに、関西東筑会では、校歌は3番まで歌うということで、生徒必携で慌てて確認した。私は3番の「ともし火を高くかかげよ 明らかにわが道を見む」という歌詞が最も気に入ったのだが、やはり先輩方にも3番の歌詞が好きな方がいらっしゃった。私達の東筑高校の新たな良さを'発見できた1日だった。
私はこの4日間に研修を通して、自分の目で憧れの東京・京都を見て、さらに憧れが強くなった。それだけでなく、どちらの都市にも多方面で活躍されている多くの先輩方がいらっしゃることがわかり、ただの憧れだけではなく、自分の中で、現実的な"目標"に確実に変化した。
このような実りある研修ができたのは、数々の先輩方、先生方をはじめとする多くの方々のおかげだと思う。心から感謝するとともに、恩返しの意味も込めて、今度は自分が目標に向けて精一杯頑張りたい。
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「都会」と人のつながりを学んだ四日間 女子生徒
「こんな機会はこれを逃したら二度とないぞ! たくさん見てくるぞ-!!」という期待と、「他の参加者
の人達の凄いオーラが怖い……」という不安が掬い交ぜになった複雑な心境で、私は三泊四日の派遣事業に出発した。しかし、出発の数時間後には、期待は裏切られず、不安は見事に払拭されていた。ビル群が地上に落とす巨大な影、ひっきりなしに流れていく地下鉄、エスカレーターに連なる人々など、今までに経験した事のない「都会」がそこにはあった。研修中、私はずっとキョロキョロし続けていたように思う。何を見ても何を聞いても、すべてが初めて尽くしだった。福岡は田舎なんだなあと実感した。
東京東筑会と関西東筑会の先輩方がそれぞれ開催してくださった歓迎会では、普段はなかなか話す機会の無い年代の方々、現役大学生の方々などから、たくさんのためになるお話や面白いお話を伺った。東京・関西ともに私の出身中学である浅川中学校出身の先輩が居なかったので少し残念だったが、多くの方々とお話できてとても楽しかった。東京の歓迎会では、例えば、東筑は昔男子がほとんどで、女子は百名も居なかったという話を聞いて驚いた。また、東京でオススメのお店について教えて頂いたり、東京の魅力について語って頂いたりしてとても面白かった。そして、これからの進路について、奨学金制度がしっかりしている大学について教えて頂いたり、今まで考えた事もなかった職種について伺ったりして、視野を広げることができた。
何人かの先輩とは、「何か悩みとかあったらメールしてね」「上京する時は連絡してね」と、メールアドレスを交換して頂いた。何年か後に東京に出て来るようなことがあっても、たくさんの頼りがいのある先輩方が待っているのだと思うと、何だか安心した。
東京・関西の歓迎会に参加して、私は東筑OBの方々の結びつきを強く感じた。東京の歓迎会で伺った話によると、歓迎会は毎年、当番の期が主催する形で催されており、その準備の過程で、旧友とだけでなく、今まで全く面識の無かった同期の人々と交流するのが物凄く楽しいのだそうだ。高校を卒業して何年も経ってから同期の人と仲良くなるというのは何だか面白い。これも、縦のつながりも横のつながりも強い東筑高校ならではだと思った。
今回の派遣事業で最も学んだ事は、人のつながりの大切さだ。歓迎会での和気藷々とした様子を見て、心からそう思った。今まで私は、東京・関西イコール知らない人がたくさんいる都会、という認識しかなかった。しかし、歓迎会でOBの方々と交流した後は、何だか、東京や関西が身近に感じられるようになった。また、派遣事業を通して、今まで同じ学校に居るのに話したことも無かったたくさんの人々と友達になることができた。派遣事業という特殊な環境を共にすることによって、四日間という短い間でも、十分強い絆が生まれたと思う。たったの三泊四日で、私は多くの人々と知り合うことができた。普段の日常生活では、こんなことは絶対に無いだろう。本当に良かったと思う。
最後に、東京東筑会・関東東筑会の先輩方、引率や案内をして下さった方々、先生方、ありがとうございました。
生徒派遣事業を終えて
教諭 幸田和洋、上野真澄
本年度の生徒派遣事業は、平成22年3月9日(火)から3月12日(金)までの、3泊4日で行われました。
目的と研修概要は以下の通りです。
1 日 的
日本ひいては世界に活躍する有徳の人材を育成するという観点から、官公庁・企業・財界ならびに学界で
活躍する本校卒業生を訪問し、最先端で活躍する先輩諸氏との、交流を通して今後の意欲的な学校生活の
動機付けとする。
2 研修概要
① 関西・《関東在住で各界第一線で活躍される本校卒業生や関係者を訪問し、職場見学をすると共に、
懇談を通して仕事の内容や課題などを聞く。
② 国会や国土交通省といった国の中枢機関を見学する。
③ 東京大学・京都大学のキャンパスや研究機関を訪問する。
3月9日(火)7時30分に新北九州空港に集合。エアポートバスが少し遅れるというハプニングがあったものの、予定通りJAL370便で8時25分に出発しました。9時55分羽田空港に到着し、高木俊弘氏(60期)・西村祐樹君(106期)・常康あずささん(106期)の出迎えを受け、気持ちがほっと緩むのを感じました。電車を乗り継ぎ、宿泊先のふくおか会館に荷物を置き、早速東京大学本郷キャンパスに向かいました。たびたび乗り換える地下鉄のホームで生徒諸君は緊張の面持ちです。生憎の雨と厳しい冷え込みではありましたが、赤門の風格、翌日の合格発表の準備が進む道を抜けて見上げた安田講堂に威厳を感じるとともに、安田講堂下の学生食堂でそれぞれが自分の好きなメニューを選びながら、しばし東大生気分を味わいました。次に「フジテレビ」を訪
問し、山下健児氏(99期)の案内でスタジオや全国に映像を配信するテレビ局の中枢部の見学を行いました。お台場での夕食後は、東京では珍しい春の雪に見舞われ、足を滑らせながら宿舎に向かいました。
3月10日(水)東京東筑会学生部の方々の案内でホテル「ふくおか会館」を出発し、皇居横のお堀端を散策し、最高裁判所・桜田門・警視庁などを眺めつつ、国土交通省を訪問しました。多数の東筑卒業生が活躍しておられることに、生徒たちは深く感動していたようでした。また、引率の我々も、教え子の職場での活躍の様子を目の当たりにし、大変感銘いたしました。次に重厚な国会議事堂に移動し、衆議院議員の緒方林太郎氏(89期)と秘書の方々に国会内の案内をしていただきました。さらに国会内食堂で東京東筑会会長安永保昭氏(53期)、衆議院議員末松義規氏(73期)とも昼食をご一緒し、国を動かす方々の、スケールの大きなお話に感動しました。
午後は、まず「第一生命」を訪問し、宮田芳文氏(69期)から、企業人としての心得をうかがいました。その後、日本の歴史の転換の場となったマッカーサーの執務室の見学を行いました。「三井住友海上」では、櫻井宏和氏(78期)から、東京全体が見渡せる社屋最上階の応接室や屋上庭園の案内をしていただき、生徒たちは東京の町の大きさに驚嘆の声を上げていました。
夕食は東京東筑会の方々による歓迎会が神宮外苑の「アーリーズテラス」で行われました。元早稲田大学ラグビー部監督中竹竜二氏(90期)、映画監督の雑賀俊郎氏(76期)をはじめ、各界で活躍なさっている方々と生徒は親しくお話をさせていただきました。生徒には、「生徒同士の会話は禁止」と伝えていましたので、はじめはぎこちなかったものの、時間がたつにつれて話も弾んでいたように感じました。地下鉄で宿舎に向かう際には、わずか2日ばかりでしかないのに、少し成長したような生徒の顔をながめて、少しうれしさを覚えました。
3月11日(木)は東京東筑会学生部の方達の案内で、ホテルを出発し、「日本銀行」と「貨幣博物館」の見学を行いました。、歴史ある建物を見学し、流暢な説明を聞いて、お金とは何かを考えさせられました。次にネットワークセキュリティの会社「ラック」を訪問しました。西本逸郎氏(76期)・田代綾氏(97期)から先進のセキュリティシステムと我々が気をつけるべきことを教えていただきました。その後東京駅に行き、東京東筑会の皆さんに見送って頂いて、14時10分発ののぞみ35号で京都に向かいました。
16時29分京都駅に到着。駅前にある旅館「銀閣」にチェックイン後、関西東筑会事務局長富永純二氏(66期)の案内で、平松亜杜子氏(68期)経営のレストラン「樽八」に向かいました。そこで関西東筑会の歓迎会が行われ、先輩方がわれわれ一行をあたたかく迎えてくださいました。
最初は緊張していた生徒達でしたが、部活動や出身中学校の話をするうちにすっかりうちとけていました。
最後には全員で校歌を3番まで大合唱し、大盛り上がりでした。
3月12日(金)最終日は一日中京都大学でアカデミックな空気に触れました。午前中は新設の桂キャンパスで、米田稔教授に工学部の充実した施設を案内していただき、最先端の研究をしている現場を目にしました。理系の生徒は特に興奮して、活発に質問していました。午後は伝統ある吉田キャンパスで、京大博物館の見学後、松下佳代教授(77期)に、キャンパスの案内をしていただき、さらに先生のこれまでの生き方・人生の選択についての講義を受けさせていただきました。終日京都大学を見学して、京都駅に行きました。18時29分のぞみ43号で京都駅を出発し、20時56分小倉駅に到着しました。
今回の研修で、生徒諸君は想像以上の大きな刺激を受けたものと思います。大学では知的刺激を受け、企業では仕事に対する厳しさと誇りを感じました。特に関東・関西東筑会の先輩方には、大変お忙しい中見学等の手配をしていただき、さらに熱い思いのこもった歓迎会を開いてくださりありがとうございます。先輩方のご活躍に感嘆し、愛校心の強さに感激しました。
今後、生徒達は日本を牽引する人材となるべく勉学・部活動に研鎌を重ねていきます。どのような境遇においても、先輩方のように東筑魂を持って人生を切り拓いていってほしいと思います。そのための大きな糧となった研修とすることができました。
3月10日の東京東筑会主催の同窓生歓迎会








安永会長挨拶~引率の先生の謝辞












先輩大学生の歓迎の言葉~渡辺副会長発声による乾杯

















中竹早稲田大学ラグビー蹴球部前監督、末松衆議院議員、緒方衆議院議員も駆けつけていただきました。


























郵政事業株式会社CEO 北村先輩、103期新社会人 宮本君、緒方、末松両衆議院議員の激励の言葉


生徒代表の謝辞





現役応援団員による校歌斉唱指揮とエール








ご 案 内 東京東筑会 幹事ならびに会員各位 東京東筑会会長 安永保昭 拝啓 早春の候、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。 さて、3月9日から11日まで東筑高校の新2年生(110期)男女20数名が東京研修に参ります。
先輩達が活躍している官公庁・企業・大学等を見学し見聞を広めるようです。 敬 具 記 歓 迎 会 日 程 1. 日 時 3月10日(水)18時30分 開始 受付18時より 2. 場 所 「アーリーズテラス」 3. 会費 6000円 4.申込連絡先 東京都港区北青山2-8-44 |