
プログラム
<外国の歌>
◆ 暗く不幸な夜のあとには 「アリオダンテ」より Doponotte 一IARIODANTE一
ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル GeorgFriedrich Handel
同い年のJ.S.バッハと並び称されるバロック音楽の大家ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル(1685-1759)は、バッハが手を染めなかったオペラを40曲以上も作曲した。
これは、オペラ「アリオダンテ」のクライマックスを迎える第三幕で主人公のアリオダンテによって歌われる。
初演は1735年ロンドン。舞台は16世紀スコットランド。騎士アリオダンテは王女ジネープラと婚約していたが、様々な企みによって仲は引き裂かれ、王女は幽閉されていた。だが、すべての企みが明るみに出て、アリオダンテの心の中には、長い苦悩のあとに再び喜びが湧き上がる。それを夜の太陽と、嵐の中で無事に港にたどり着いた船に喩えて歌われる。この時代のバロック・オペラのアリアは「オンブラ・マイ・フ(ラルゴ)」のようにイタリア古典歌曲として歌われることもある。
◆ 忘れな草 Nontiscordardime
工ルネスト・デ・クルテイス ErnestoDe Curtis 詩;ドメニコ・フルノ
「帰れソレントへ」の作曲者としても有名なエルネスト・デ・クルテイス(1875-1937)が、1935年に作曲し、ベルカントの巨匠であるイタリアの大テノール、べニアミーノ・ジーリ主演の映画(1940年公開)の主題歌としていっそう有名になったト長調の甘い旋律をもったこの曲。また第二次大戦後もフリッチョ・タリアピーニ(イタリアのテノール)主演でリメイクされ(独伊共同制作映画)日本でも公開された。原題の直訳は、「僕を忘れないで」。この映画ではローマにあるドイツ商社の駐在員ロドルフとベルリンからやってきた美しい娘エリザベートとの恋の場面で何度も流れていた。
◆ 妖精の瞳 Occhidifhta
ルイージ・デンツア LuisiDenza 詩;トレマコルド
作曲者ルイージ・デンツア(1846-1922)は、生涯に500曲以上の歌曲を伊語、英語、仏語のテキストに書いた。その作品は大変に甘美で民衆的である。また、ナポリ方言に作曲したいわゆるカンツォーネ・ナポリターナ(イタリア民謡と呼ばれるもののほとんどが、ここに分類される)も数多くある。特に有名な作品に「フニクリ・フニクラ」があり、これは当時としては珍しいコマーシャルソングで、ヴェスヴィオ火山の登山鉄道(フニコラーレ)の歌
に乗せて情熱的に人妻に愛を打ち明ける。ジーリーやバグァロッテイを初め、イタリア系テノールによって歌い継がれている名曲のひとつ。
◆ 踊り Ladanza
ジョアツキーノ・ロッシーニ GiacchinoRossini 詩;カルロ・ペポリ
「締り」は現在世界の歌劇場で上演回数の上位にランクインされるオペラ「セビリアの理髪師」や頭の上にあるリンゴを射落とすことで有名な「ウイリアム・テル」を作曲したイタリアのペーザロ出身のロッシーニ(1792-1868)の手による作品。これは、1835年に発表された「音楽の夕べ」の中の1曲、イ短調の大変軽やかな前奏が印象的に耳に残る。さあ、皆踊れ、踊れとはやしたてて、勢いよくまた早口で歌われる。
<日本の歌>
<四季の歌メドレー>
◆ 花 Hana
滝廉太郎 TakiRentarou 詩;武島羽衣
この曲は、1900年(明治33年)瀧廉太郎(1879-1903)によって発表された歌曲集(組歌)『四季』の第1曲である。初め曲名は「花盛り」であったが第3曲「月」、第4曲「雪」に合わせて、「花」にしたということだ(ちなみに第2曲は「納涼」)。あとで歌われる「荒城の月」と共に広く親しまれている歌である。軽快なテンポの二部形式で書かれ、春の隅田川の情景(当時渡来して間もない漕艇・早慶レガッタの様子)を歌っている。また、女声二部合唱(重唱)で歌われることも多い。
◆ 夏の思い出 Natu no omoide
中田喜直 NakataYoshinao 詩;江間章子
尾瀬をテーマにした江間章子の詩に中田喜直(1923-2000)が曲をつけた拝情歌の名作。1949年(昭和24年)NHKラジオ「ラジオ歌謡」で放送された(歌:石井好子)。当時江間
章子は、尾瀬のことを知らなかったが、担当者に荒廃した日本に夢と希望を与える詩をとの熱き思いに動かされ作詩し、中田喜直も尾瀬に足を踏み入れていなかったが、詩を幾度となく読み重ね、創作意欲が湧き溢れこの歌が完成した。
◆ ちいさい秋みつけた Chiisai aki mitsuketa
中田喜直 NakataYoshinao 詩:サトウパテロー
これも中田喜直の手による作品。「だ-れかさんが、だ-れかさんが…」の印象的な歌詞で始まる心温まるこの歌。1957年(昭和32年)のNHK放送記念祭『秋の祭典』のために作られた。サトウハチローのすばらしいこの詩の心を、旋律が優しく包み込んでいる。歌詞の3番で歌われている"はぜの木"
は今もサトウの旧居(文京区弥生)の跡に残っている。
日本レコード大賞童謡賞受賞。
◆ ペチカ Pechika
山田耕筰 YamadaKousaku 詩;北原白秋
「この道」、「からたちの花」やオペラ「黒船」の作曲者として有名な山田耕筰(1886-1965)は、日本のクラッシック音楽界の大巨匠。作品は交響曲から歌曲まで多岐に渡る。
ペチカはロシア式暖炉。詩は白秋が満州旅行で自然風景を思い浮かべて作ったもの。それを山田耕筰が1925年に作曲した5番までの有節歌曲。大変に素朴な短い旋律が、ペチカに対する思いを豊かに表現している。
◆ 荒城の月 Koujou no tuki
滝廉太郎 TakiRentarou 詩;土井晩翠
詩は七五調の格調あるもので、瀧が旧制中学校唱歌の懸賞の応募作晶として、1901年(明治34年)に作曲したもの。当初は無伴奏(アカペラ)であった。それを、山田耕筰が1917年(大正6年)にロ短調だった原曲をニ短調に移し、ピアノパートを書き足し、また旋律にも一部手を加えた。堂々たる曲想に思わず居住まいを正したくなるような曲である。
◆ 甃の上 Ishi no ue
中田喜直 NakataYoshinao 詩;三好達治
1947年(昭和22年)の作品。戦後中田喜直は、それまでのドイツ的な感じのほかに、フォーレやドビュッシーといった近代フランス音楽の影響を多く受け、この「甃の上」をきっかけに、「たんばぽ」や「木兎」といった現代でもリサイタルのプログラムに載るような数多くの作品を送り出している。この曲は京都とか奈良のような日本の古都の風景、雅といった雰囲気をもっている。
◆ 初恋 Hatsukoi
金田潮見 KanetaChouji 詩;石川啄木
2006年7月「大野徹也テノール・リサイタル'06」に於いて初演された。作曲者金田潮見(1948-)は現在東京学芸大学教授として後進の指導にあたる傍ら、「≪雲上の光沢≫~ピアノとオーケストラの為の~」(2008年初演)を初め数多くの素晴らしい作品を世に送り出している。この「初恋」は1997年より活動を続けてきた『新作歌曲の会』のコンセプトである『作曲家と歌手の共同作業による新しい歌曲の創造と発信』の実践の結晶である。
曲は、ニ短調を基調とした素朴な旋律が多彩な和音等によって様々に変化、発展しながらドラマティックな要素を内包した、さながらオペラのアリアを努零させるスケールの大きな歌曲となっている。
<休 憩>
<オペラ・オペレッタの名曲>
◆ 恋とはどんなものかしら 「フィガロの結婚」より "HLENOZZEDIFIGARO"
ヴオルフガング・アマデウス・モーツアルト Wolfgang Amadeus Mozart
[台本;ロレンツオ・ダ・ボンテ]
クラッシック音楽の著名な作曲者をといえば、万人がバッハ、ベートーヴェン、そしてこのモーツアルト(1756-1791)を挙げるほどの知名度抜群の彼、彼の作品はCDやDVDとなって市場に溢れている。この「フィガロの結婚」(初演;1786年ウィーン)は国内外を問わず圧倒的な上演回数を誇っている。
話は、アルマヴィーヴァ伯爵に仕える若者フィガロと伯爵夫人に仕える娘スザンナの結婚物語。劇中フィガロの出生の秘密が分かったり、古い封建制度の復活を目論む伯爵(権力)に対噂したりと、紆余曲折を経て、最後はめでたしめでたしとなる。物語の内容、音楽構成から、あとで歌われる「セビリアの理髪師」同様、オペラ・ブッフォ(喜劇的歌劇)の典型的な作品。ここで歌われる歌は、小姓ケルビーノが思いを寄せる伯爵夫人の前で、スザンナのギターにのって、恋について詩を詠む場面でのアリア。大変に愛らしい変ロ長調旋律が、心をほっとさせ、また音大生の試験やコンクールにしばしば歌われる名曲である。
◆ 人知れぬ涙 「愛の妙薬」より
Unafurtivalagrlma "L'ELISIRD'AMOR"
ガ工ターノ・ドニゼッティ GaetanoDomizetti [台本;フェリーチェ・ロマ一二]
19世紀初め、ロッシーニ、べッリーニと共にベルカント・オペラの三巨頭に名を連ねるドニゼッティ(1797-1848)。生涯残したオペラは数多く(現存する譜面は少ない)、また早筆でも有名であった。初演は1832年ミラノ。この作品は、譜面には「メロドラマ」と書かれ
ており、喜劇的要素も含んでいるが、物語も音楽もロマンティックな色彩が強い。話は、村の青年ネモリーノ(大変に明るくしかし少し抜けたところもある)が、聡明で美しい地主の娘アディーナに恋焦がれ、それが成就するお話。ネモリーノはいつも愛を告白するがアディ
ーナはうんざりしていて取り合わない。彼は悩んだ末、村にやってきたいかさま薬売りドゥルカマーラに、アディーナが自分を好きになってくれる薬(愛の妙薬)を売ってくれるよう懇願する。お金のないネモリーノは、それを手に入れるために、行きたくもない軍隊への入隊を決意し、その支度金で薬を買って呑む(実はただのぶどう酒)。その話をアディーナはドゥルカマーラから聞いて、そこまで私のことを思ってくれているのかと感動の涙を一滴流す(アディーナも少しはネモリーノのことは気にいってた)それを見た、ネモリーノがその涙を見て歌うのがこのアリア。
◆ 今の歌声は 「セビリアの理髪師」より
ジョアツキーノ・ロッシーニGioachinoRossimi [台本チェーザレ・ステルビーニ]
このオペラは、モーツアルトの「フィガロの結婚」の前の話に相当するもの。初演は1816年ローマ。ロジーナが伯爵夫人となるまでの云わばサクセスストーリー。原作は1784年パリで上演されたボーマルシュの3部作の戯曲。第一部がこの「セビリアの理髪師」、第二部はモーツアルトのオペラで有名な「フィガロの結婚」、第三部は「罪ある母」(青年となったケルビーノと伯爵夫人の間に子供ができてしまう)で1966年ミヨーがオペラ化した。医者バルトロが後見を努める娘ロジーナに恋しているアルマヴィーヴァ伯爵は、学生リンドーロに変装して、理髪師フィガロを通じて何とか恋を成就させようとするのだが、バルトロなどの邪魔が入り中々うまくいかない。そのリンドーロの声を聞き、彼への想いをこのアリアへ託す。その後伯爵は士官になりすましたりと、オペラ・プッフォ(喜劇的歌劇)お約束事の大騒ぎとなって、無事ハッピーエンドで幕となる。
◆ 君は我が心のすべて 「ほほえみの国」より
フランツ・レハール FranzLehar
[台本;ルードヴィッヒ・ヘルツアー、フリッツ・レーナ=ベータ]
オペレッタ作曲家レハール(1870-1948)は『メリー・ウィドウ』のヒットで名を馳せたが、本格的オペラの作曲にも意欲を示していたという。
その思考の延長線上にあるのがこの作品。愛し合う男(中国は清の皇太子)女(ウィーン伯爵令嬢)が東洋西洋の文化の違いから、隔たりを埋められず、愛が成就しないといった、オペレッタとしては極めて稀な結末を持った作品である。初演は1929年ベルリン。
スーホン皇太子はウィーン在住時代、伯爵令嬢リーザと恋に落ちる。しかし、皇帝である父親が亡くなり、スーホンは皇帝の位を継ぐために、故国へ帰ることに。愛を貫くリーザも共に中国へ渡るが、そこで見たものは、不可解な東洋文化(皇帝は四方の国から妻を娶るという)、一夫多妻の慣わし。西洋文化の中で育ったリーサには到底受け入れられるはずもなく、悲しみにくれながらウィーンへ戻っていく。スーホンは、自分自身はただ一人リーサのことだけを思い愛していると訴えるのだが…。そのリーサへの熱き思いをこのアリアに託してを歌う。この作品は、筋立てから「ムッシュ・バタフライ」と呼ばれることもあるようだ。
◆ ママも知るとおり Voilosapete,Omamma
◆ ここにいたのかサントウツツア? Tuqui,Santuzza?
◆
母さん、あの酒は強いね Mamma,quelvinogeneroso
「カヴァレリア・ルステイカーナ」より"CAVALLERIARUSTICANA"
ピエトロ・マスカー二 PietroMascagmi
作曲者マスカーニ(1863-1945)は1898年年出版社ソンツオーニヨが一幕物のオペラの作曲募集を行った際、応募し第一位を獲得した。タイトルの直訳は「田舎騎士道」。
1890年ローマにて初演。このオペラは、「道化師」(レオンカヴァッロ作曲)と同時上演されることが多い双子のような作品で、貴族趣味的なあるいは大時代的な題材ではなく、現実社会におきた出来事を取り上げた、ヴェリズモ(写実主義)オペラの代表的作品である。昔愛し合っていた女への情愛が、今まさに亭主の知るところとなり、主人公が決闘の末、果ててしまうといった、三面記事的内容の物語。
◆ママも知るとおりは、主人公トクリッドゥの妻サントウツツアが、義母に「夫が昔愛し合っていた女とよりを戻しているようで、私は悲しみにくれて泣いています。」と訴えて歌う。
◆ここにいたのかサントウツツアは、その直
後、トクリッドゥにことの真相を確かめようと、教会の前で待ち構えて問いただすのだが、売り言葉に買い言葉の大喧嘩。そこへ、当事者のローラも現れたものだから、大変なことに。最後はサントクツツァが「呪ってやる」と捨て台詞を吐いてしまうほどの険悪なムードに。その怒りを、通りかかったローラの夫アルフイオに話したものだから、話は一挙に佳境へ。男同士は決闘ということに。
◆母さん、あの酒は強いねは、トクリッドゥが酒に任せて、決闘後の結末を予感しながら、今の心境を切々と母に語り、妻サントクツツアも気遣う優しさも見せながら、決闘場へと走り去っていく。その後、村人が「トクリッドゥが殺された」と叫び、オペラの幕が下りる。
<終 演>
出演者プロフィール
大野徹也(オオノテツヤ)テノール
1953年生れ。筒井小学校、熊西中学校出身。小学校時代よりスポーツに親しみ、数々の大会に出場(小学校時代は、相撲、水泳、ソフトボールの、中学校では、野球部所属、100M、2000M、砲丸投げの学校代表)。また、生徒会長を務める。東筑では音楽部に所属し、故米倉マサ先生をはじめ、諸先輩の暖かい指導の下、すくすくと成長を遂げる。72年3月卒業の70期生(東筑賞受賞)。同年4月東京藝術大学声楽科に進み、同大学卒業、同大学院修了。福嶋敬晃、故渡連高之助、故三村祥子各氏に師事。89年より1年間、イタリアへ留学し、カルロ・ベルゴンツイ氏より指導を受ける。77年、学生時代に「魔笛」(モーツアルト)の武士役に抜擢され、オペラ・デビューを飾る。81年、民音(現東京国際)コンクールに於いて第二位に入賞し同年秋には、「カーチヤ・カバノヴァ」(ヤナーチェク)のボリスでの成功で、一躍名声を博す。82年には新人音楽コンクール(飯塚市)に於いてグラン・プリを受賞。83年、日本初演になるワーグナーの大作『ニーベルングの指環』第二夜「ジークフリート」題名役を歌い大成功をおさめプリモ・ウオーモの地位を不動のものにした。その後も「椿姫」(ヴェルディ)アルフレード、「トロヴァトーレ」(ヴェルディ)マンリーコ、「トクーランドット」(プッチーニ)カラフ、「蝶々夫人」(プッチーニ)ピンカート「カヴァレリア・ルステイカーナ」(マスカーニ)トクリッドゥ、「カルメン」(ビゼー)ドン・ホセ、「サムソンとデリラ」(サン=サーンス)サムソン、「ホフマン物語」(オッフェンバック)題名役、「魔笛」タミーノ、「皇帝ティートの慈悲」(モーツアルト)ティート、「ナクソス島のアリアドネ」(R・シュトラウス)バッカス、「ダナエの愛」(R・シュトラウス)ミダス、「ワールキューレ」(ワーグナー)ジークムント、「タンホイザー」(ワーグナー)題名役等のオペラや、「あだ」(三木稔)雪之丞、「黒船」(山田耕筰)領事、「沈黙」(松村禎三)ロドリーゴ、「白墨の輪」(林光)物語の歌手、の邦人作品、「こうもり」(J・シュトラウス)アイゼンシュタイン、「メリー・ウィドー」(レハール)ダニロ、「ルクセンブルク伯爵」(レハール)題名役、「地獄のオルフェ(天国と地獄)(オッフェンバック)題名役、「チヤールダーシュの女王」(カールマン)エドウィン等のオペレッタを歌う。また02年天皇陛下が初めてオペレッタをご鑑賞なされた作品「微笑みの国」(レハール)に中国皇帝スー・ホン役で出演し大いに会場を沸かせる。一方コンサートでは、N響をはじめ各オーケストラと共演しベートーヴェン「第九」、「荘厳ミサ曲」、ヴェルディやモーツァルトの「レクイエム」、マーラー「大地の歌」、シェーンベルク「グレの歌」、ブリテン「戦争レクイエム」などに出演する。リサイタルも99年より積極的に行い好評を博し
ている。本年3月にはヴェルディ「オテロ(オセロ)」題名役でオペラ出演予定。
二期会会員、ぐる-ぷ・な-べ会員、日本声楽アカデミー会員、東京学芸大学教授。
手嶋眞佐子(テシママサコ)メゾソプラノ
北九州市八幡西区に生まれる。引野小学校、引野中学校を卒業後、福岡県立東筑高校に入学。小学生の頃から北九州アカデミー少年少女合唱団に所属し合唱を楽しむが、高校一年の秋に本格的に声楽の勉強をスタート。小園邦子、福嶋敬晃の両氏に師事し、平成元年東京芸術大学音楽学部声楽科に現役合格。毛利準氏指導のもと、卒業時には実技成績上位2名に与えられる松田トシ賞を受賞。学部卒業後は同大学院ソロ科に進み、在学中には平成5年度北九州市民文化奨励賞を受賞。また1994年ブラシドドミンゴ世界オペラコンテストメゾソプラノ部門優勝。ブラームスの歌曲をテーマに1995年に大学院を修了。1996年より2年間、文化庁オペラ研修所11期生として研鍵を積み、1998年Rシュトラウス「アラベラ」のアデライデ役で新国立劇場デビュー。1998年秋より文化庁在外派遣研修員として1年間ニューヨークに留学。その間インディアナ州立大学バーンスタインフェスティバル、ラヴィニアフェスティバルなどに招待され演奏する。帰国後は二期会創立50周年記念公演「こうもり」ほか、「ナクソス島のアリアドネ」「忠臣蔵」「オテロ」「マノン」「ヘンゼルとグレーテル」などのオペラに出演。近年では小澤征爾、音楽塾コンサートで「カルメン」タイトルロールを務め好評を博した。コンサートではロリンマゼールやエリアフィンバル、ガリーベルティーニらの世界の巨匠と第九やマーラーの交響曲などで数多く共演をかさねており、今年2009年の暮れにはクルトマズワ指揮MK交響楽団「第九」にアルトソロとして出演が予定されている。
現在は武田陽子、中村智子の両氏に師事。上野学園大学演奏家コース教授。二期会会員。
服部 容子(ハットリヨウコ)ピアニスト
桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ専攻卒業。二期会コレペティトウア塾修了。
1996年より1年間文化庁在外派遣研修員としてニューヨークに留学。日生オペラシリーズ二期会、サイトウキネンフェステイヴァル、びわ湖ホールオペラ、新国立劇場などのオペラプロダクションにコレペティトウア、プロンプターとして参加し数多くの公演の成功に貢献している。1991年文化庁オペラ研修所第9期公演『フィガロの結婚』でデビュー以後モーツァルト、ロッシーニなどのチェンバリストとして、また、NHK芸術劇場、FMリサイタル等で多くの歌手と共演するピアニストとして活躍している。最近では錦織健プロデュースオペラシリーズのすべてにチェンバリストとして参加、またドイツ在住のバリトン歌手小森輝彦とDuoRecitalをシリーズ化、ドイツリートやピアノソロの分野にも活動を広げている。
現在、東京音楽大学専任講師、東京垂術大学大学院ならびに聖徳大学音楽学部非常勤講師。日本声楽アカデミー会員。辛島仔緒子、加藤伸任、森島英子、松井和彦、テッド・テイラー、ウバルド・ガルディーニの各氏に師事。
邦楽演奏
曲名:五條橋
解説:五條橋とは牛若丸と弁慶が五候の橋の上で戦う有様を唄ったもので、明治36年に作曲されたものです。唄よりむしろ三味線を聴かせるように作曲してありますので、あまり長唄が耳慣れてない方にも楽しんで聴いていただけると思います。
作詞三宅豹隠、作曲13代目杵屋六左衛門。
歌詞:それ都大路を南北に貫き流る加茂川に打ち渡したる五條橋
花の都も行く秋の風凄まじく更る夜は行き途絶えてもの寂し
さても源の牛若丸 今宵も五條の橋に出で
笛面白く吹き鳴らす 音も静かに更くるまま通る人をぞ待ちいたる
ここに西塔の武蔵坊弁慶は元より好む大長刀
直中取って打ち担ぎ橋板荒かに踏み鳴らし
向こうをきっと打ち見やり 夜更けて女性の立ったるは
必定しれ者 目に物見せんと長刀やがて取り直し
切ってかかれば 牛若は薄衣引退け 太刀抜き放ち
詰めつひらいつ戦う内 牛若手元によるぞと見えLが
たたみ重ねて打つ太刀に
さしもの弁慶あしらいかね 橋桁二三間飛びしさり
又も長刀柄長く押っ取り 走り掛って丁と切れば
背けて右に飛違う 取り直して裾を薙ぎ払えば
躍り上がって足もためず 宙をはらえば 頭を地につけ
千々に戦うその有様目にもたまらぬ電光石火
げに鬼神も及びなき いさましかりける次第なり
☆三原桃 福岡県北九州市出身。15歳より長唄・長唄三味線を始める。平成13年福岡県東筑
高等学校を卒業。(99期)平成17年東京芸術大学音楽学部邦楽科長唄三味線専攻を卒業。同年、御前演奏会に出演。平成18年東音三原桃の名前を許される。平成19年日中韓伝統芸能団体
<ユツリョ>にて韓国各地で演奏。東音石川賀要子氏に師事。現在に至る。
☆眞鍋希帆 1988年2月8日ドイツ・デュッセルドルフ生まれ隻菓高校卒業小学6年より長唄を東音石川賀要子氏に師事MESSAGE主義所属
☆野川怜子 小学校3年より東音石川賀要子氏に師事。東京芸術大学邦楽科在学中。
長唄三味線専攻3年。
いい音楽が人を幸せな気持ちにさせるように、私たち東京東筑会もあなたにとって心地よい場所でいられるようこれからもずっとずっと頑張っていきます。
本日は東京東筑会30周年記念コンサートにお越しいただき本当にありがとうございました。 |