母校生徒による構内新聞ですが、楽しい学校生活の様子が伺え、また一方では社会問題など非常に優れた記事が掲載されており、その視点の正しさに驚くとともに、後輩たちの俊英に深く感ずるものがあります。
記事掲載(転載)については、東筑高校当局に了承を得ておりますが、在校生徒の個人情報保護の観点から、一般の新聞等で公開されているもの以外は、氏名を伏せている部分もありますので、御了解願います。
文中表記は記事のママ掲載しています。(誤植かと気になる部分もありますが、そのままにしております)
第263号 平成23年12月12日(月)発行
北九州から世界の空へ

北九州市の空の玄関口である北九州空港。今回は北九州空港を拠点に活躍する航空会社の㈱スターフライヤーを取材した。
会社について
スターフライヤーは本社が北九州市にあり、24時間運用という北九州空港の利点を生かして早朝から深夜まで運航している。くつろぎの空間を実現させるというコンセプトのもと、全席革張りシートにするなど他の格安航空会社とは一線を画すサービスを提供している。
整 備 部
整備部の主な仕事は、フライトとフライトの問の短時間に機体に異常がないかを点検し、異常が見つかったら修理をすることだ。精密な部品が多く、構造も複雑な飛行機を素早く修理し、安全に飛行させるのはプロならではの仕事である。
「小さい頃に飛行機を見て、どういう仕組みで飛んでいるのだろうと興味を持ったのがこの仕事についたきっかけです。」と、整備課長の後藤武治さんはこの仕事を選んだ理由を話してくれた。興味のあることをひたすら追及し、一生の仕事にするすばらしさを感じた。
次に案内された部品倉庫の中には、様々な飛行機の部品や工具、さらにはエンジンが並べられていた。部品は3400品目にも及び、その一つ一つにシリアルナンバーがつけられ、コンピュータで厳重に管理されている。使用期限のある部品もあり、例えば救命胴衣は、使用期限が過ぎると使っていなくても廃棄される。
今回、私たちは特別に救命胴衣を着用させてもらった。頭から救命をかぶり、留め具をつける。ここまでは簡単だった。そして、左右のひもを強く引くと「パンッ」と大きな破裂音がして、救命胴衣が一気に膨らんだ。万が一海に不時着しても、浮いていられるのだと実感した。
工具にも使用期限があり、半年から一年に一回点検を行う。中には一回落としただけで性能が変わってしまう工具もあるそうだ。精密な部品や工具を厳重に管理して、飛行機は安全に飛ぶことができるのである。
運航管理部
運航管理部は、飛行機の運航や整備を統制している。天候や便に応じた飛行計画を毎日作ることが仕事だ。作成した飛行計画書に、機長と運行管理者がサインをしてはじめて飛行機は飛ぶ。少しのミスが重大な事故につながりかねないので、チェック体制は十分に整えられている。
「これからは航空業界に限らず、多くの場所で英語が必要になるので、英語は絶対に身につけた方がよい。加えて他の言語をもう一つ覚えるとなおよい。そして、失敗を恐れず積極的に話す度胸を身につけてほしい。」と運行管理部の稲葉知義さんは私たちに話してくれた。
今後の展開
現在スターフライヤーは、北九州空港、福岡空港、関西国際空港から羽田空港に定期便を、ソウルや香港にはチャーター便を運航している。来年の七月には北九州空港と釜山を結ぶ一日二往復の定期便が就航する。今後も、より多くのニーズにこたえたいとのことだ。
おわリに
私たちは以前から、スターフライヤーの黒い機体を洗練されていてかっこいいと思っていたが、今回の取材で、それは会社のイメージに合っていると感じた。
これからますますアジアとの交流が進む北九州市において、スターフライヤー社は北九州とアジアをつなぐ大きな架け橋になると期待されている。
祝・本館完成!
今年の夏、東筑高校管理棟の新館が完成した。自習室や進路指導室がある新館について、校長先生にお話を伺った。
総工費5億円をかけて建て替えられた新館には、数々の特徴がある。まず、東日本大震災の影響をうけて耐震強化がされていて、防火、防音設計も施されている。また、教室棟から新館へ、新館から体育館へ移動する通路はバリアフリーになっている。さらに、講義室などは最新の教育機器に接続できる。安全に効率的学習をするのにふさわしい場所である。
新館には、三つの自習室「水門」「筑紫」「響」がある。「水門」「響」という名前は新館が東筑高校の中で一番海に近い位置にあるので、海にちなんでつけられた。ちなみに教室棟にある講義室「海」「山」「空」は、東筑高校20周年時に校歌からとったものだ。
新館を設計したのは東筑高校のОBである。昔は正門を上がってすぐのところに管理棟の入口があり、新館はその場所が箱庭になっている。これは昔の管理棟の名残を残したいという設計者の意向である。
三代目であるこの管理棟は、校長先生をはじめたくさんの人々の思いが詰まった、伝統を受け継ぐ校舎だ。「ひとつの土台として本館ができた。あとは生徒や先生たちで本館にあうように文化や伝統を築いていって欲しい。」というのが、校長先生の新館に対しての思いであり、将来の東筑生への願いでもある。新館と共に今までの伝統を受け継いで、新しい伝統を作っていこう。
若い潮
長崎県に、通称「軍艦島」と呼ばれる島がある。かって海底炭鉱によって栄えたが、1970年代に炭鉱が閉山し無人島になった。この島が最近、観光地として話題になっている。インターネット上には、軍艦島以外にも廃墟を取り上げたサイトがたくさんある。私はそのようなサイトにある廃墟の写真を見るのが好きだ。
軍艦島の正式名称は「端島」といい、もっとも多い時には5200人が住んでいた。周囲が約1キロメートルの小さな島には、住居、小中学校、病院、映画館まであったそうだ。現在無人となった島には、朽ちた巨大なコンクリート建築が無機質に立ち並んでいる。その廃墟の写真には、静けさや不気味さ、もの哀しさを感じる。しかし同時に、「滅びの美」ともいうべきある種の魅力を感じるのだ。
廃墟が人を惹きつけるのはなぜなのか。
人は普段、生きていることを意識していないが、死に直面したときに初めて、生きていることを実感する。廃墟にも同じことが言えるのではないだろうか。現役の建物を見てもなんとも感じないが、廃墟をみると、私たちはその建物が栄えていた一瞬をむしろ強く感じるのだ。多くの人でにぎわっていた過去と、さびれて人気のない現在。廃墟はこれらが二重写しになって、普段は感じることのない「生と死」を考えさせて、人を惹きつけている。
私にとって廃墟の写真を見ることは、音楽や運動とともに気分転換の重要な手段である。自己の生を実感し、前向きに生きる勇気をもらうために、私は今日も廃墟の写真を見る。
キーワードは 「アジア」と「環境」
北九州市長取材
8月22日、私たちは小倉高校新聞部と合同で北橋健治北九州市長にインタビューを行った。内容は次の通りだ。
-公約に掲げていた環境未来都市、国際戦略総合特区への指定に向けてどのような取り組みをしていこうとお考えですかー
政府は現在日本経済の停滞や雇用不安といった問題が生じているため、今後成長が期待される環境・健康の分野に力を入れる事を決定しました。
そこで北九州市は、環境モデル都市に指定されている他の自治体と共同で環境の特区を作って、国際競争力をつけ経済成長につなげるよう政府に提言しました。今後も日本全体を大きく引っ張っていく成功モデルを築くという誇りと夢を持って、政府に提言を続けたいです。
-アジア低炭素化センターとはなんですかー
「アジア」と「環境」が北九州市ひいては日本の発展のキーワードです。北九州市はアジアに近く、人の往来も物流も多いため、アジアとのビジネスの拠点となることが期待できます。また、「環境」を国際協力からビジネスにすることで雇用が生まれ地域が活性化すると考えて「アジア低炭素化センター」(アジアグリーンキャンプ)を開設しました。
-海外から注目される環境政策にはどのようなものがありますかー
北九州市がかつて七色の煙と呼ばれていた公害から立ち直ったことが世界的に注目されています。これは1985年ОECDによって公害を克服した成功モデルとして紹介されて以来のことです。若松区のエコタウンも日本初の資源循環型地区の成功例として知られていて、海外から多くの人が視察に訪れたり、海外に技術を伝えるために人材を派遣したりしています。
日本の自治体の中で、海外と最もフレンドリーな交流をしていると自負しています。
-高校生時代にやっておけばよかったと思うことは何ですか-
外国語をマスターしておけばよかったです。高校生の時にESS部に所属していて当時は難しい英語の小説なども読んでいたのですが、いまでは外国人の子供とすら話せません。これから国際化が進む中で外国語をマスターすることは極めて大切です。また、高校時代にスポーツや音楽をたしなむなど良い習慣を身につけておくといいです。
-市長になって一番大変なことは何ですか。-
市長の仕事は毎日が充実していて幸せですが、気軽に外出できなくなったことが残念です。
今回の取材で、市長から北九州市の政策や市長自身について直接伺うことができ、とても貴重な体験となった。また市長の熱意や温かい人柄も感じることができた。
アジア低炭素化センター
市長への取材の中で、私たちはアジア低炭素化センターの活動に興味を持ち、取材を行って事業化支援係長の本島直樹さんにお話を伺った。
アジア低炭素化センターは、環境モデル都市の柱の一つとして、アジアの低炭素化を進めるために昨年6月に開設された施設だ。アジアの低炭素化を通じて、地域経済の活性化を図るための中核施設としての役割を担っている。
同センターの主な役割は、日本企業と海外企業との間の橋渡しとなって技術輸出などの支援を行うことだ。そのためにまず、市内の企業が持っている環境省エネ技術と、海外の国が必要とする技術の双方を把握している。海外で北九州市の企業が持っている技術を宣伝することで海外の企業と日本企業の商談の機会を設けているのだ。
海外から研修生を受け入れて人材育成をすることもセンターの重要な役割の一つだ。(財)北九州国際技術協力協会(KITA)と国際協力機構(1ICA)が協力して育成を行っており、今までに5000人近くの人が研修に訪れた。人材育成を行う際には、日本側が研修生にノウハウを教えるというだけではなく、技術輸出の対象となっている地域の実情やニーズを日本側も学ぶという姿勢で行っている。
研修生には海外の行政機関の人が多く、これらの人を通して、海外とのネットワークを拡大する効果がある。研修生が将来その国の高官になった際には、北九州市から技術輸出する上でメリットがあるのではないかと期待されている。
技術輸出
センターが開設される前から、北九州市は交流のある国に対し国際協力という形で技術の協力を行っていた。中国での環境モデル地区整備事業や、インドネシアでの生ごみ堆肥化事業など様々な事業を行い、環境や衛生状況の改善に大きく貢献してきた。
センター開設以降はじめて行われた事業が安川電機の高効率モーターシステム(インバータシステム)の中国への輸出だ。これは工場でモーターを使う際に必要なだけ動かす技術で、省エネルギー効果が実証されている。この他にもカンボジアでの浄水場設計に関するコンサルタント業務を北九州市水道局が受託するなどの成果を挙げている。
これからの活動
センターは海外の機関とも連携している。今年の8月に北京環境交易所と覚書を締結した。これから中国側のニーズと日本側の技術をマッチングさせるという。今後の事業に期待が高まる。
これからの技術輸出の方向これからの活動性としては、低所得者の生活改善につながるような製品、例えば、子供を水汲みの仕事から解放するためのローラーのついた水がめなどの開発も行っていきたいそうだ。多くの人に喜んでもらえるような技術の開発や輸出を行うこと、地球温暖化対策とビジネスを両立させること。これがセンターの仕事のやりがいだという。
まとめ
北九州市とアジアの結びつきはこれからより強固なものとなるだろう。私たちが将来アジアの国に仕事で行くことがあるかもしれない。本島さんは高校生に対し、「若い頃だとやり直しができるのでやりたいことがあればとことんやってほしい、そして英語はしっかり勉強しないと後悔する」というメッセージをくれた。
国際化の進む社会において北九州市とアジアの発展のために橋渡しとしての役割を担うアジア低炭素化センター。今後の活躍に注目したい。
東筑の虫
宇宙の神秘に触れる
私たちが住む地球の他にも、宇宙には天体が無数にあり、まだわからないことがたくさんある。私はそんな広大な宇宙に大変興味がある。最近は、高性能な望遠鏡によってはるかかなたにみる星を細部まで観測できるようになり、多くの謎が解明されている。
望遠鏡の中には、地球の周りをまわっているものがある。その中のひとつが1990年にスペースシャトル・ディスカバリーによって打ち上げられた「ハッブル宇宙望遠鏡」だ。重さは11トン、レンズの直径は2.4メートルもある。大気や天候による影響を受けないので、とても高い精度で観測することができる。打ち上げてからレンズのずれを何度か修正し、遠く離れた銀河などの写真を鮮明に撮ることができるようになった。その結果、彗星が木星に衝突する様子を捉えたり、銀河をとりまく謎の物質の存在を明らかにしたりという成果を上げている。
先日、小惑星「イトカワ」からサンプルを持ち帰ったことで話題になった「はやぶさ」も、宇宙の謎の解明に一役買った。現在、その後継機として「はやぶさ2」の開発が進められている。2014年に打ち上げて小惑星の探査を行い、2020年に地球への帰還を予定している。どんな宇宙の秘密を持ち帰るか楽しみである。
ここで、最近発見された面白い星をふたつ紹介しよう。
ひとつめは、地球から4000光年の所にある、ダイヤモンドでできた星だ。大きさは地球の5倍ほどだが、重さは何と300倍近くもあり、炭素が高密度に圧縮され、結晶になっているそうだ。
ふたつめは、水を噴射している星だ。一秒間に噴出する量はアマゾン川の流量の約一億倍で、噴出する速度は時速20万キロメートルに達する。この星は生まれてから10万年しかたっていない原始星で、まわりにある塵などを吸収して成長している。吸収した物質に含まれる水素や酸素から水分子を作り出し、噴射していると言われている。
しかし、星もいずれは寿命を迎える。星の中心では核融合がおきていて、大量のエネルギーを出している。このエネルギーが枯渇すると爆発したりブラックホールになったりする。太陽も数十億年後には爆発するだろうと言われている。
私は、星の一生と人の一生が似ているように思う。それはどちらにもその数だけの個性があり、宇宙広Lといえども全く同じものは存在しないからだ。そのような点も、私が宇宙を好きな理由かもしれない。冬は空気が澄み、星が最も美しく見える季節だ。あなたも空の彼方にある無数の星を見上げてみてはどうだろうか。
編集後記
今回の取材では、全ての取材先で英語が大切だというお話を伺いました。改めて英語の大切さを感じることのできた取材でした。これ以来英語の勉強に熱が入るようになりました。 (伊勢)
11月8日に小惑星が地球に接近したことをご存じだろうか。月の軌道の内側を通過していったという。朝のHRの時間にちょうど接近したのだが、出来れば見てみたかったなあ。 (川獺)
厳しい冬が来た。室内の暖かさが恋しい。しかし、外に出て感じる冬の冷たく澄み切った空気は緩んだ私に喝を入れ、眠気を覚ましてくれる。そんな冬が私は好きだ。 (雲雀)
北橋市長にはリーダーのオーラを感じ、スターフライヤ-では技術者の誇りに触れ、低炭素化センターでは北九州市の明るい未来を見ました。取材は楽しい。 (サファイア)
「頑張れ!」という言葉にそんなに大した意味はない。「僕はあなたの味方ですよ」くらいの意味だ。あ、それって大した意味だよね。 (B&W)
第262号 平成23年 7月20日(水)発行
海を魅せて10周年
いよいよ夏休み
いよいよ夏休みがやってくる。三年生にとっては勝負の夏だが、二二年生にとっては充電ができる貴重な期間だ。この夏休みを有意義に過ごすため、水族館をおすすめしたい。今回私たちは、北九州から最も近く、今年で開館10周年を迎えた海響館を取材した。
館内見学
海響館では、客が楽しみながら魚について知識を得ることができるような工夫がなされている。
館内に入り最初に目につくのが瀬戸内海、関門海峡、日本海の三つに区切られた水槽だ。これは下関が画する三つの海で海流や生息生物のちがいがとてもよく分かる。
水槽の前の階段を下りると、水面と目線が合うようになっていて、まるで本当に海の中にいるかのような気持ちになることができるのだ。
奥に進むと、道は水槽の中を通る透明なトンネルになる。そのトンネルを通ると、上下左右を青い水ときれいな魚たちがとり囲み、まるで魚たちと共に泳いでいるようで、とても楽しい。
ところで、魚以外に水族館で欠かせない花形スターといえば、イルカではないだろうか。トレーナーのかけ声を合図に、高い所につりさげられた輪をくぐったり、ボールをはじいたりと、観客を魅了している。私たちは、トレーナーがイルカを従わせると思ってしまいがちだが、海響館ではイルカの特技をトレーナーが引き出す、という考え方でトレーニングを行っているという。トレーナーとイルカが信頼しあっているからこそ、高度な技もなし得るのだろう。
海響館は生物そのものを見せるだけでなく、それまでのデータなどをまとめた展示資料も製作・展示している。対象年齢や資料の内容に合った展示をするように心がけているそうだ。心をこめて作られた資料には、製作した方々の「海を知ってほしい」という思いがあふれている。こうした、海響館の施設に施された工夫によって、客は心ゆくまで楽しむことができているのである。
バックヤード
展示ゾーンを充分に見学した後、私たちはいよいよ飼育員の山ノ内祐子さんの案内で水族館のバックヤードへと向かった。まず最初に訪れたのは、動物のエサを準備する調餌室だ。ここには、二週間分のエサが冷凍保存されている。エサは毎日動物ごとに何キログラム、何キロカロリーと決めて用意されているのだ。魚にエサを与える際には、近くで動物たちの反応を見るために、水槽の中に潜ることもあるそうだ。他にも、病気の魚の取り上げや掃除、水槽のレイアウト変えのために潜ることがあるという。
調餌室の後は予備槽がたくさん置いてあるところへと向かった。予備槽は展示槽と同じくらいの数があり、それには四つの役割がある。
一つ目の役割は、魚を水槽という環境に慣らすことだ。海響館では、野生の動物を保護することもあるが他の水族館と動物を交換することもある。飼育員さんが専用のトラックを運転し、動物を運んでくるのだ。荷台部分が水槽となっている専用のトラックには、長距離運転の際、魚の様子を見ることができるカメラがついていたり、中に、魚が壁や他の魚にぶつからないようにライトがついていたりと、様々な工夫がされている。
トラックで運ばれてきた魚は、バッグのような形の入れ物に入れられ、ワイヤーとフックで四階まで持ちあげられ、天井にあるレールを通りながら予備槽まで運ばれる。
二つ目の役割は繁殖、三つ目の役割は、生き物の調査研究だ。調査研究は、他の水族館とも協力しながら行っている。例えば、沿岸で生息しているスナメリを海響館とマリンワールドとうみたまごで協力して調査している。全国の水族館が集まって発表する場も年に何回かあるそうだ。
最後の役割は、けがや病気の治療だ。海響館には獣医さんが一人いて、検査や治療を行っている。動物たちの健康を保つために予防が大切なので、エコーやレントゲンなどを使っていろいろ調べるのだ。魚のレントゲンを撮るときには、ビニール袋に水と共に入れて固定するそうだ。しかし、治療のかいなく死んでしまう動物も中にはいる。山ノ内さんには忘れられない出来事がある。五、六年前、一頭のアザラシに検査のため麻酔をかけたところ、そのまま日を覚ますことはなかった。その検査は急を要するものではなく、飼育員さんたちが悩みに悩み抜いた結果行ったものだった。「今考えても行うべきだったかどうか。」と山ノ内さんは話す。また、魚も小さいため、たくさん死んでしまう。最初は気が滅入ることもあったが、動物の死を、今生きている動物を守る参考にしようと今は考えているそうだ。
バックヤードツアーが終わった後、山ノ内さんにインタビューを行った。もともと、山奥に生まれたが、海にあこがれ海の生き物が好きだったから飼育員になったという。動物の世話だけではなく、客に説明する仕事もある。日々、自分の体調と精神面の管理には気をつけているそうだ。
「お客様が水槽を見て、驚いたり発見したりしているところを見た時にやりがいを感じる。まだまだ知られていない生き物の姿を、水槽の中で見られるようにしたい。」と、山ノ内さんは語ってくれた。
また、今後、外で観察会を開いたり、ふぐちょうちん作りなどの文化的ワークショップを行ったりと、様々な企画の案を語ってくれた。
最後に、高校生に向けて、「興味を持った所に首を突っ込んでいって、やってみないとどれが自分に合うかわからない。だからいろいろなことに挑戦してほしい。」とコメントをくれた。
いってみよう
10周年を迎え、市民に愛され、人に優しい水族館を目指す海響館。ペンギン村も改装し、多くの人が訪れている。この夏ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。
フグ大集合
海響館では、下関の名産であるフグにちなんで、展示槽、予備槽あわせて100種類のフグを飼育している。展示水槽にいるフグは、人が近寄ると、エサをくれると思って近寄ってくる。その姿はとてもかわいい。
また、一見フグ科と思えない巨大なマンボウも実はフグ科だ。現在展示槽に一匹、予備槽に一匹いる。泳ぎが下手なので、水槽の壁にぶつからないように、透明な「マンボウシート」というのが張られている。マンボウは狭いところに何匹も一緒にいたり、カメラのフラッシュを浴びたりすると、体調を崩すほど神経質な生き物なのだ。
若い潮
歌川広重は「東海道五十三次」葛飾北斎は「富嶽三十六景」で広く知られている。しかし、私が一番好きな浮世絵師は東洲斎写楽である。彼は江戸後期に十ケ月だけ作画したが、その前後の消息は全く知られていない、謎の人物だ。短い作画期間にも関わらず約140点も作品を残しており、その多くは歌舞伎役者や相撲取りの個性的な似顔絵である。
主に木版画として生産された浮世絵は、大量生産ができ価格が低いので、庶民にまで広く親しまれる大衆芸術となった。浮世絵はまず、絵師によって元絵が措かれる。次にその元絵を彫師が版木に忠実に再現し、摺師の手によって版を重ねられて完成する。
浮世絵の魅力は、大胆な構図と繊細な色使い、そして随所に施された工夫だ。工夫の一つに空摺りがある。空摺りとは、和紙に型をつけるため
に、絵の具をつけずに版木を強く押し付ける技法のことで着物の柄や鳥の羽などによく見られる。これを施すことで光の加減により微かに柄が見え、絵に立体感が生まれるのだ。大量生産品でも手を抜かない、きめ柵やかな職人技ではないだろうか。
浮世絵は国外でも多く保存され、モネやゴッホなどの印象派の画家たちに影響を与えた。現在でも、浮世絵の柄がプリントされたTシャツをよく見かける。本当に素晴らしいものは、古びることなく国境を越えて長く人々に愛されるということが分かる。
さて、この一学期号をもって我々三年生は新聞部を引退する。願わくば、後輩たちが浮世絵のように何年経っても愛される新聞を作っていってくれますように。
広がる“本”の可能性
はじめに
文化祭では、入口調査やアンケートに多くのご協力をいただきありがとうございました。
電子書籍とは、書籍や出版物の情報をデジタル化し、パソコンや携帯電話などの電子機器の画面で読むことができる出版物のことである。
最近では、iPadの発売により電子書籍という言葉をよく耳にするようになったが、現在どれくらい普及しているのだろうか。入口調査の結果が左図である。
グラフから分かるように、電子書籍の存在を知ってはいても、実際に利用している人は少なかった。
入口調査と共に行った「紙の本と電子書籍のいいところ、悪いところ」についてのアンケートには、両方に多数の意見をいただいた。
人々の本に対する関心は高いようだ。
そこで今回、私たちは現在の電子書籍の普及状況と、紙の本が活躍する現場である図書館について取材を行った。
どらも賛否両論
文化祭で行ったアンケートの結果、電子書籍と紙の本の良いところ、悪いところについて次のような意見があがった。
紙の本の良いところとしては、「本の表紙やついてくる帯でも楽しめる」や、「直接書き込める」があり、悪いところは、「長年保存すると劣化する」があった。
対して電子書籍の良いところとしては、「本と違って暗くても読める」が、悪いところには「本を大切にする気持ちが薄れる」があった。
各国の普及状況
電子書籍は、現在どのくらい普及しているのだろうか。
日本では、国立国会図書館において資料約46万7000冊をデジタル化してその一部をウェブ公開している。電子書籍の売り上げは、2008年度の時点で464億円と推計され、2007年度の355億円と比べると131%の伸びとなっている。
このように電子書籍が普及した背景には、各出版社が本のデジタル化に本格的に取り細み始めたことや、デジタル化された書籍の数が増加してきたことなどが挙げられる。
アメリカでは、電子書籍端末が急速に普及したこともあり、2011年2月に電子書籍の売り上げが紙の本の売り上げを上回った。前年の2月と比較すると2倍以上になっていて、これから更に市場は拡大すると考えられる。
デジタル化された書籍の数が非常に多いのが中国で、「影の先進国」と呼ばれている。2007年の時点でデジタル化された書籍の数は60万にのぼり、大学図書館の75%以上に電子図書館があった。現在は端末の普及にも力を入れていて、ますます市場が拡大しそうである。
図書館の役割
図書館には本の貸し借りだけでなく様々な役割があるのを知っているだろうか。今回私たちは小倉にある北九州市立中央図書館に取材に行った。
図書館の一番大切な役割は社会の記憶装置となることだ。中央図書館の地下には本や雑誌に加え、大量の新聞が保存されている。これは、新開の縮刷版には残されない、地域の新聞でしか分からない小さな事件を記録しておくためだ。
図書館の二つめの役割はレファレンスである。レファレンスとは、図書館員が利用者にどこにどんな資料があるのかを教えてくれるサービスだ。
図書館の三つめの役割は本の貸し出しである。相互貸借という図書館同士で本の貸し借りをするシステムがあり、県内にある資料は無料で、全国の図書館からは送料のみで資料を取り寄せることができる。
北九州市内では毎日、福岡県内では週一回、本が行き来している。また、北九州市内の図書館では、借りた本をどの図書館でも返却できるサービスがある。 図書館員の轟さんは「探し物をするには、本で調べて、新聞で調べて、インターネットで調べてようやく全て調べたと言うことができるんです。」と語ってくれた。調べ物をする際は、ぜひ図書館を利用したい。
おわりに
電子書籍の登場で、読書の形態が劇的に変わりつつあるが、紙の本には、長い歴史を経て読み継がれてきた良さがある。また、今回図書館を取材して、本を貸し出す以外にも社会の記憶装置としての大切な役割があることを知った。電子書籍と紙の本両方の良さを生かした読み方をしていく必要があるのではないだろうか。
人の命を繋ぐ 献血
前文
3月11日、東北地方でマグニチュード9.0の巨大地震。東日本大震災が発生した。被災地にいまだ深い爪痕を残すこの地震に対し、日本各地はもちろん、世界各国からも支援が集まっている。東筑高校でも募金活動が行われ、20万7747円の義援金が集まった。
では、募金以外に高校生でもできる支援活動は何があるのか。そこで今回は献血について、八幡西区相生町にある赤十字血液センターを取材し、職員の竹本慶介さんにお話をうかがった。
献血とは
そもそも献血とは何か。医療現場などでは多量の血液が必要で、それを人々の善意で供給するシステムだ。血液の在庫は、必要量の「二倍を全国で確保するようにしていて、手術時の輸血などに使用される。普段はぎりぎりその基準を満たすぐらいの人が献血に訪れているそうだ。
献血に訪れるのは、3~40代の人が多く、1~20代の献血者は10年間で半減しているという。RHマイナスなど希少な血液型は不足することが多いので、あらかじめ該当する血液型の人を登録し必要な時に献血をお願いすることもあるそうだ。
献血の仕事のやりがいは人のあたたかい心に触れられること。「いいことをした」と言いながら帰っていく人の顔を見ることだと竹本さんは語ってくれた。
震災時
今回の震災後、ニュースで取り上げられたように、たくさんの人が献血を行った。地震発生翌日の3月12日(土)から増加し、3月13日(日)にはテレビでテロップを流したり、血液センターを臨時に開けたりしたため、いつもの二倍以上の人が献血に訪れた。発生直後は毎日東北地方に400ml入りの血液を100本ほど送っていた。
今回の震災に限らず、災害発生時は余るほどの血液が集まるが、報道が落ち着いてくると献血者が減少するという。一回献血をすると、男性は3ケ月、女性は4ケ月献血ができない。血液の保存期間は血小板が4日、全血が21日と短い。これから血液が足りなくなるかもしれない。
献血初体験
今回、バドミントン部の宮田勝行君が、400ml献血を行ったのに同行した。宮田君は、献血をすることには不安があったけれど人の役に立てるならと思い、17歳になった記念に献血をする決心をしたという。針をさす時は痛かったけれど、後はそれほど痛くなかったそうで、10分ほどであっけなく終わったそうだ。機会があればまた献血をしたいと語ってくれた。
まとめ
今回の取材で、まず献血について知ることが大切だと思った。献血した血液は短期間しか保存できないので継続的な献血が必要だ。部員も大人になったら一度献血をしてみたいと思う。これからも自分たちに出来る支援を考えていきたい。
採血基準
| 全 血 献 血 | ||
| 200 ml | 400 ml |
|
| 年齢 | 16-69歳 | 男性 17-69歳 |
| 女性 18-69歳 | ||
| 体重 | 男性 45kg以上 | 男女とも50kg以上 |
| 女性 40kg以上 | ||
| 年間 献血回数 |
男性 6回以内 | 男性 3回以内 |
| 女性 4回以内 | 女性 2回以内 | |
編集後記
「ただいま」と言って入るのが、気づいたら習慣になっていた。部室は、私の第二のホーム。遂に離れる時がきた。次帰る時は成長した姿で「家族」に会いたい。(如月)
私たちにとって最後の新聞の発行です。振り返ると長いようで短かった新聞部生活。今までありがとう。これからも「東筑高校新聞」をよろしくお願いします。(辜月)
楽しみも苦しみもあったこの部活での忙しい日々とも今回でお別れ。多くのことを学び成長することができたと思う。少し寂しいけれど、ありがとう、新聞部!(清明)
右手にペンの剣を持ち、私たちは締切りという強敵と戦ってきた。老兵は死なずただ去るのみ。残る君たちの戦果が、華々しからんことを祈っている。 (霜降)
この号で先輩方も引退。今まで様々なことがあったがどれもいい思い出だ。先輩たちから学んできたことを受け継いでいきたい。今までありがとうございました。 (伊勢)
新聞部に入ってから、家でも新聞を読むようになった新入部員です。毎回の新聞を楽しみに待ってもらうように頑張りたいです。よろしくお願いします。 (川獺)
新入部員です。これからよろしくお願いします。新聞作りと勉強に追われる忙しい毎日ですが、それもまた日々の楽しみとなるよう努力を積み重ねていきます。 (雲雀)
西日本新聞の連載が始まり締切に追われる日々です。夏は取材に飛び出して、皆さんに面白い記事をお届けしたいです。 (サファイア一)
「七三の道」ってネットで検索してごらんよ。ついでに「肩引き」も見てほしいな。江戸時代ではなく、今の僕たちに必要なもの。(B&W)
第261号 平成23年 3月 1日(火)発行
卒業おめでとう
「東筑生としての誇りを胸に」 学校長 増田俊明
109期生の皆さん、卒業おめでとう。光陰矢のごとしとはよく言ったもので、高校生活の3年間が終わろうとしています。特にこの3年間、色々なことがあり、今となっては皆さんにとって大変思い出深い高校生活になったのではないかと思います。
1年次は修学旅行です。テレビや新聞で報道されました。ノロウイルスによる感染症で100人近い生徒が十分にスキーができませんでした。どうなることかと心配しました。
2年次は教室棟の耐震補強工事です。工事による騒音等で、教室移動などで不自由な思いをさせました。
3年次は管理棟の改築工事です。耐震補強工事に続く大工事で、騒音や教室移動だけでなく、質問や自習室が自由に使えず2年続けて不自由な思いをさせました。
しかし、さすが東筑生、学習環境の不自由さに負けることなく、学習面だけでなく運動面でも立派な成績を残してくれました。9月の体育祭では4ケタの得点を挙げ、稀にみる強さで優勝を飾り、部活動でもその中心となって頑張り、本校は福岡県高体連から平成22年度最優秀校として表彰されました。
皆さんは高い志を抱き、切磋琢磨し、3年間よく頑張ってくれました。将棋の羽生名人が言っています。『努力を続けられるのが才能』だと。皆さんは才能を持っています。これからの人生には多くの試練が待ち受けていると思いますが、自分の人生です、才能を発揮して自分の道を拓いて行ってください。
頑張れ109期生 109期学年主任 富永敏郎
109期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。すでに進路が確定した人、国公立・私立大学の入試に向けて最後の追い込みに入った人と様々でしょうが、各人が充実した日々を過ごしていることと思います。高校生活3年間、どうでしたか。みなさんと過ごした3年間は、私にとってアッという間でした。色々な思い出をありがとう。
一番の思い出は、何と言っても「スキー教室」ですね。多くの生徒諸君がノロウイルスに感染し嘔吐、下痢で大変でした。我々職員も君らの対応で大変でした。言葉で言い尽くせないくらいの状況でした。今思えば、いい思い出です。もう一つ、体育祭でしょう。二連覇を達成したこともそうですが、何よりも3年次、1000点越えを目標に、みんな一致団結し、見事優勝しました。しかも、1035点という高得点での完勝でした。一生、109期生の思い出話になることでしょう。
真面目にコツコツ努力した人、活発に何事にも積極的に取り組んだ人、途中自分を見失った人、我が道を突き進んだ人、自己変革しようともがいていた人などいろいろでした。社会や学校に対する不満を持った人も多かったと思います。「青春という字に横棒が多いのは、たくさんのハードル、壁を乗り越えていくためなんだよ」と、そんな言葉がありますが、それもまた青春かもしれません。しかし、我々が暮らす社会は、平和でとても豊かすぎて、「辛抱する」、「我慢する」ことを、忘れているような気がします。時には、「辛抱する」・「我慢する」こともあってもいいのではと思いますが、どうでしょう。
109期生のみなさんの今後のご活躍を心から祈っています。
贈る言葉
3年1組担任
謙虚な気持ちと思いやり。どんな時にも持っていたいものです。
今後も志高く前進することを望みます。
3年2組担任
卒業おめでとう。109期生全員が幸福に満ちた人生を送りますように!
私も3年間楽しかったです。
3年3組担任
俺を信じて 付いてきてくれた すべての生徒に感謝したい。卒業 おめでとう!
3年4組担任
畏れを抱く師友との出会いが、諸君を磨く糧となる。雄々しく新たな世界に羽ばたかんことを願う。
3年5組担任
世に生を得るは、事を成すにあり。記憶に残る「うまい棒②チロルチョコ②おとぼけ君①」
3年6組担任
卒業おめでとうございます。立派な社会人になって、わたしたちの老後をきちんと支えて下さい。
3年7組担任
卒業おめでとう。3年間楽しかった。ありがとう。今からが本当の勝負だ。頑張れ109期生!
3年8組担任
失敗を恐れずに前へ進み続けて欲しいが、本当は引き返す時の方が勇気が必要なのかもしれない。
3年9組担任
良い頭と暖かい心の109期生なら、どこに行っても大丈夫。柔軟に粘り強くやっていって下さい。
いざ、鹿児島! ~九州新幹線 全通~
2011年3月12日、博多駅と鹿児島中央駅を結ぶ九州新幹線が全線開業する。それに先駆け3月3日に、博多駅の新しい駅ビルである「JR博多シティ」がオープンする。これらによって、博多、そして九州の交通はどのように変化するのだろうか。今回私たちは博多駅の福島由紀夫駅長と、本校96期生の雲田昭憲さんにお話をうかがった。
九州新幹線は、2004年に新八代・鹿児島中央間が部分開業しており、3月12日についに全線が開業する。九州新幹線の最大のメリットは時間短縮だ。在来線では4時間かかる博多・鹿児島中央間が、新幹線を使えば半分以下の1時間20分になる。また、九州新幹線は山陽新幹線に乗り入れるため、小倉や大阪から鹿児島へ行く際の乗り換えがいらなくなる。
移動にかかる時間が減ることで、日帰り旅行が可能になったり、観光に使う時間が増えたりするのだ。
JR博多シティが新たに作られる理由は、47年前に建てられた前駅ビルが老朽化したことと、利用者の増加で狭くなったことだ。JR博多シティは、博多阪急百貨店や東急ハンズなど九州初上陸の店が入ることで買い物の楽しみが増える。バリアフリーやユニバーサルデザインなど、時代のニーズを多く取り入れることで駅の使いやすさも向上している。現在、1日に35万人が利用する博多駅は、九州新幹線の開業と駅ビルのリニューアルで、利用者が倍の70万人になると見込まれている。新しい駅ビルは「この駅を博多の中の一つの『まち』として発展させたい」という思いから、「JR博多シティ」と名付けられたそうだ。
「九州新幹線とJR博多シティの二大プロジェクトは長年かかった計画。サービスを徹底的に良くし、何としても成功させることで、九州の活性化と発展につなげたい。」と福島駅長は語る。
また今回、福島駅長と雲田さんにそれぞれの仕事についてうかがった。福島駅長は駅の円滑な管理と運営のために、会議やデスクワークはもちろん、改札口での挨拶も行っている。人との出会いや、新たな発見がいつもあって楽しいそうだ。雲田さんは現在、JR九州の人事課で働いている。「人事課の仕事は外から見える仕事ではないが、会社が強い組織となるよう頑張っている。」とのことだ。
もはや九州の玄関口ではなく、アジアの玄関口となっている博多。そこに新たに生まれた新幹線と駅ビルが九州にもたらすものは大きい。
今後の発展に大いに期待したい。
若い潮
物を買ってお金を払う方法として、現代は貨幣とカードが同居している時代だ。
古代、人間は互いに欲しいものを物々交換していた。その不便を取り除くため貝殻や石が使われるようになった。これが貨幣のもとである。時代が下り、素材は金属に変わってきた。現存する世界最古の鋳造貨幣は、紀元前7世紀にリディア王国で作られたエレクトロン貨と言われている。日本の最初の貨幣は富本銭だが、まじない用の銭だという説もあり、実際に流通したのは和同開称が最も古い。
貨幣が生まれてから現在まで、様々な形のものが作られてきた。アフリカのカンガ地方では、15世紀から20世紀、十字型の貨幣が使われ、西インド諸島では、18世紀から19世紀、分割して使う銀貨が使われていた。
元々貨幣が物と交換できるのは、貨幣が物と同じだけの価値を持っていたからである。例えば、江戸時代の小判は中に金がどれくらい含まれているかによって、交換できるものの量が決まっていた。ちなみに、江戸時代中頃の小判一枚、つまり一両を現在の価格にすると、約4万円になる。
しかし、現代の貨幣は違う。紙幣は紙、硬貨はニッケルや銅で作られていて、貨幣そのものの価値は考えない。現在お金が使えるのは、物を買うだけの政府の保証と信用があるからだ。
その信用が最近カードに移り変わっている。貨幣の役目がカードに移り変わり、過去の遺物として博物館にかざられる未来も遠くないかもしれない。
手のひらに乗るお金の重みを味わえなくなるのは淋しい。
地元の味 焼うどん!!
発祥の街北九州
焼うどんや、焼カレー、パンチパーマ、商店街アーケード、24時間営業のスーパー、日本初の大吊り橋。これらは実はすべて北九州市発祥のものなのだ。
かつて北九州市は鉄の街として栄えた。八幡製鉄所が操業を開始し、日本全国から人が集まって、街が賑わっていた。そんな中で、小倉北区の魚町銀天街には、公道にかかる日本初のアーケードができ、旦過市場の入り口にあるスーパー丸和は、日本で初めて24時間営業を開始した。
時代は変わり、鉄冷えを経て、現在北九州市は環境都市として生まれ変わろうとしている。そんな街を「焼うどん」で盛り上げようとしている団体がある。それが小倉焼うどん研究所だ。今回は、所長の竹中康二さんと副所長の向井博幸さん恭子さん夫婦に小倉高校と合同で取材を行い、活動内容やB1グランプリについてお話をうかがった。
活動のはじまり
焼うどん研究所が活動を始めるきっかけとなったのは、北九州青年みらい塾だ。北九州市の教育委員会がまちを元気にする人材を育成することを目的として始めた事業である。市の事業としては、平成6年から平成10年度まで活動を行い終了した。その後、メンバーのうち有志が集い現在まで地域活性化のための活動を行っている。
2001年に「北九州博覧祭」が開催された。青年みらい塾はその会場で、北九州発祥のものをテーマにイベントを行おうと企画していたのだが、様々な制約がかかり実施することができなかった。しかしそのまま終わるのはもったいないので、北九州市といえばこれだ、ということで焼うどんをテーマにイベントを開催した。
市内在住の人々から焼うどんのレシピを公募し、その中から選んだソース味、しょうゆ味、エスニック味のどれが一番おいしいかを200人の市民に投票してもらうという「焼うどんバトル」だ。この催しはテレビや新聞で報道され盛り上がったという。
翌2002年には、小倉城築城400周年のイベントの一部として、富士宮焼そばを招待し、「天下分け麺の戦い」を開催した。30社以上のメディアに取材され、Yahoo!のトップページに掲載されるなど大きな反響を呼んだ。
このとき、食のイベントを通して地域を宣伝することができ、さらに材料として使った食材も一緒に宣伝できるということに気づいたという。そして、焼うどんについての様々な活動が始まった。
焼うどん研究所とは
小倉焼うどん研究所は所長の竹中さん、他十数名で活動している団体だ。現在はB・1グランプリなどの各地の食のイベントやお祭りに参加したり、小倉焼うどん講座を開いたりしている。
焼うどんは、昭和20年に小倉で誕生した。だるま堂というお店が焼きそばを作ろうとしたが、当時は食糧難でそば玉が手に入らず、干しうどんを代用して作られたのが焼うどんの始まりだ。焼うどん
という表記に「き」が入っていないのも、だるま堂の看板に焼うどんと書いてあったからである。小倉焼うどん研究所ができたとき、小倉焼うどんのレシピの定義はなかった。これでは地域の料理として宣伝できないということで、だるま堂での作り方と地産地:消をベースにして地元の食材を使うことを意識した小倉焼うどんの定義が作られた。
B-1への道
全国のB級グルメが集まり、人気ナンバーワンを争う「B-1グランプリ」に、小倉焼うどん研究所は第1回大会から参加している。第1回大会を主催した八戸せんべい汁研究所から招待されたとき、食を通して街を盛り上げようとしている団体として知られていたことが嬉しくて参加を決めたそうだ。
第1回大会の参加団体は10。2万人もの客が訪れ、インターネットで大会の様子を見られるようにしたので、大きな反響があった。
以来、これまでにB-1グランプリは5回行われ、B級グルメブームを巻き起こした。参加団体は年々増え、今や40組以上になり、20万人以上の人が訪れる大イベントとなった。
向井さんは、「B-1グランプリは普通のイベントとは違う。参加するどの団体も、料理だけではなく街も有名にしよう、観光に来てもらおうという強い気持ちを持っている。そのため、ゆるキャラを連れてきたり、地元の踊りを披露したりしている。優勝した有名な料理だけを食べるのではなく、いろいろな料理を食べ比べたり、ゆるキャラを見て回ったり、色々な楽しみ方をしてほしい。」という。
実 食!
私たちは今回、向井さんご夫婦が経営する「お好み焼きいしん」で四種類の味の焼うどんを試食させていただいた。
一皿めは、天下分け麺の戦いで出された「小倉焼うどん」。乾麺を使うのが特徴で、とても美味しかった。二皿めは「ソース焼うどん」。ソース味が私たちになじみ深く「これぞ焼うどん!」といったものだ。三皿めは「ホルモン焼うどん」。具にホルモンが入っていて、麺とホルモンの食感の違いを楽しんだ。最後は「明太子とホワイトソースの焼うどん」。パスタのようなおしゃれな味わいで、女性に人気があるということが、よく分かった。テーマソングの「すきっちゃ★小倉焼うどん」を聞きながら、皆で試食し、耳と舌で楽しむことができた。
これから
「焼うどんの活動を通して、たくさんの人と知り合い、今では、日本全国に地域の活性化を目指す友人がいます。」と恭子さんは目を輝かせて語ってくれた。
B-1グランプリの地域活性への影響は大きい。来たる3月26日(土)27日(日)に、『九州B-1グランプリ inKOKURA』が北九州市役所前の勝山公園大芝生広場で行われ、九州各地のB級グルメが一堂に集まる。また、『全国B-1グランプリ』の開催も決定した。
この機会にぜひともおいしいものを食べて、その街について知りたい。
学生が情報を発信
魚町商店街の中に、北九州市立大学の地域共生教育センター(通称421Lab.)がある。
2010年4月に設置された421Lab.内では、北九州市で発行されている様々なパンフレットを置き、イベント情報を利用者に提供している。情報はすべて学生が、フィールドワークとして現地に行って集めたものだ。こうして北九州地域の活性化を目指して、421Lab.は、人々に情報を発信し続けているのだ。
東筑の虫
期待の種子と未来へのアングザイエティー
「地球最後の日のための種子」雑誌の読書レビュー一に載っていたそのタイトルに興味をひかれた。この本は伝記作家のスーザン・ドウォーキンが書いたノンフィクションだ。
「種子銀行」というものを知っているだろうか。種子銀行とは、品種改良によって消えつつある作物の在来種の種子や希少種の種子を自然災害、病虫害、戦争などの不測の事態から守り、生物多様性を保つための施設である。同著で紹介されているノルウェーのスヴァールバル諸島にある「世界種子貯蔵庫(通称一地球最後の日のための貯蔵庫)」は、万一壊滅的な出来事が起こり作物という作物が無くなった時に、人類が再び農業を始める事ができるよう何百万種もの作物の種子を貯蔵している。このような施設が世界中に約1400箇所あるそうだ。
最近、農業においても、種子を企業の財産として特許を取り保護する傾向があるらしい。自採種子の栽培を禁止する法律が提案されたり、ターミネーター技術という遺伝子操作によって作物の種が自ら毒素を発生させ発芽をさせなくする技術が開発されたりしている。こうすることで、毎年農家に種を買わせ、莫大な利益を生む種子ビジネスが成立しているのだ。
話は戻るが、「地球最後の日のための種子なんて大袈裟すぎではないか」と思うかもしれない。実はこの計画は遺伝資源保持に関わる専門家たちからも関心が薄く、一時期中止されかけたそうだ。それが今、順調に運営されているのは、地球温暖化に対する人々の危機感が広まったこと、そして、テロリズムへの恐怖のためだという。911テロ事件当時のアメリカ合衆国保健福祉長官だったトミー・トンプソンは「私自身、なぜテロリストたちが未だに私たちの食糧供給を攻撃してこないのか、皆目見当もつかない。非常に簡単に攻撃できるはずなのに」と言ったという。人々はいつ起こるかも知れない悪夢に不安を募らせることになった。
ノルウェーの永久凍土層に眠る莫大な数の種たちは決して開けてはいけないタイムカプセルなのだろう。
編集後記
毎日通る通学路。一番気に入っているのは、崖に挟まれてところどころ街灯が灯った道だ。 「となりのトトロ」のよう幻想的な雰囲気にわくわくしてしまう。 (如月)
JR九州の電車や駅舎や制服は有名な水戸岡鋭治さんが一人でデザインするそうです。博多駅の副駅長さんから帽子をお借りして撮った記念写真は私の宝物です。 (草月)
楽しいときは一緒に笑い、悩んでいるときは一緒に悩んでくれた先輩方。その姿は私たちの目標です。 先輩方の背中に早く手が届くよう、努力していきます。今までありがどうございました。 (清明)
去年適いはじめた画塾にもだいぶ慣れた。最初は周囲と自分を比べてばかりで焦っていた。 しかし今では、周りの人の存在が逆にいい刺激となっている。さぁ、今日も絵を描こう。 (霜降)
化石燃料が枯渇しつつある現代、メタンハイドレードが注目され始めた。日本近海の埋蔵量は約100年分あり、実用化に向け研究が進んでいる。エネルギー問題が解決できるか楽しみだ。 (伊勢)
109期の皆さん、卒業おめでとう。そして宏樹君、知古ちゃん、祐加ちゃん、萌望ちゃん、3年間新聞部を盛り上げてくれてありがとう。部活で培った"知性と教養"で輝かしい人生を送って下さい。 (サファイア)
学問なんて、覚えると同時に忘れでしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみのカ砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。 太宰治「正義と微笑」 (B&W)
第260号 平成22年 12月 13日(月)発行
合言葉は「ご安全に」
今年で110周年
「1901」の文字が印象的な八幡製鉄所。そこが今年、操業を開始してから110周年を迎えた。日本、そして北九州の産業の発展に大いに貢献してきた製鉄所だが、その内部について、製鉄所の近くに住む私たちはどのくらい知っているのだろう。意外に知らないことが多いのではないか。そこで今回、私たちは八幡製鉄所に取材を行った。この特集を読み、八幡製鉄所をより身近に感じて欲しい。
いざ、製鉄所へ
「ご安全に。」という言葉に迎えられ、私たちは中に入った。八幡製鉄所では、危険な作業を一日安全に終えられるようにという願いを込めて、この「ご安全に。」という言葉があいさつとして使われている。
中に入ってみて、まずその広さに驚いた。ヤフードーム145個分の広さがある。そのため、主な交通手段は車だ。自家用車で来る人のために、中には多くの駐車場があり、通勤バスも巡っている。また、原料や製品の運搬には鉄道も使われている。製鉄所の一部には、「くろがね線」と呼ばれる鉄道が走っているのだ。製鉄所を見学しに、年間約2万人の人が訪れる。小中学生が多いなか、観光に来る外国人も意外に多い。
私たちはまず、鉄鉱石やコークスなどの原料が輸入されてくる港に行った。そこには、様々な国籍の船が停泊していた。船から下ろされた原料は、山のように積まれ、高炉に運ばれて行く。
高炉とは、鉄鉱石とコークスを約1800度近くまで熟し、銑鉄を取り出すところである。高炉は中に耐熱レンガが3mの厚さで敷き詰められているので、高温にさらされるにもかかわらず約15年も寿命がある。製鉄所では、機械を24時間ずっと稼働させているため、製鉄所で働く人たちは朝・昼・夜と三交代で働いている。朝の時間帯を甲、昼を乙、夜を丙と呼んでいる。
高炉でつくられた銑鉄は、転炉と呼ばれるところで鋼になる。熱された鋼はただ赤いだけでなく、内側から光り輝いて美しかった。
この鋼が次に運ばれるところが熱延工場である。熱延工場は、板状の鋼を3時開けて2200度にまで加熱し、7個のローラーで圧力をかけて延ばすところだ。工場のが約1000mもあり、その鋼板が行ったり来たりして延ばされている。薄く延ばされた鋼は、パームクーヘンのよううな形に巻かれ、鋼材として、様々なところに出荷されるのだ。
このような過程を経て鉄はつくられるのだが、これらの工場を見学して作業所内の暑さに驚いた。私たちが取材を行ったのは、7月下旬で気温が30度を超えていたが、工場から外に出るとスッと涼しく感じられた。
製鉄所には危険が多く、大変な作業がたくさんある。しかし、製鉄マンたちはそんな中毎日一生懸命働いている。今回私たちを案内してくれた福田さんは、「安全第一で良いものを作っていきたい。」と語ってくれた。
私たちの生活の中には、車やビルなど鉄で作られたものがあふれている。その鉄を製鉄マンたちは110年間つくり続け、日本の産業を支え続けている。
ものづくりは永遠に
八幡製鉄所で製造される鋼板は、自動車やビルの柱、スチール缶など様々な製品となって、私たちの生活に深く関わっている。また、ここで作られた鉄道レールは、日本だけでなくオーストラリアやブラジル、北米と、世界中で活躍している。
これからも八幡製鉄所は「ものづくり」の精神で、日本の産業を支えていくだろう。
~八幡製鉄所の歩み~
1901年、鉄鉱石から鋼材を作るまでの工程を一つの製鉄所で行う日本初の官営製鉄所が、八幡で操業を開始した。それからずっと、八幡製鉄所は日本の経済発展を支えていくことになる。創業当時は 「製鉄所」といえば八幡製鉄所を指し、郵便物の宛先に「製鉄所」と書けば届いたという。
八幡製鉄所は英語で「YAWATAWORKS」と記す。以前は呼び方が統一されておらず、製鉄所で働く従業員たちの間で「ヤハタ」と「ヤワタ」が混在していたので、昭和三七年に登録する際、日本語表記は「ヤハタ」、英語表記は「YAW方TA」に決めたそうだ。
八幡製鉄所が操業を開始してから、八幡には製鉄所で働くために全国から人が集まってきた。製鉄所建設がスタートした年、八幡村の人口はわずか1229人だったが、3年後には6500人を超え、五市合併時の八幡市は34万人にまで増えていた。
北九州の人々の生活には、製鉄所が深く関わっている。それを最も強く感じるのが、毎年11月の初めに行われる起業祭だ。さまざまなイベントがあるが、その中でも八幡製鉄所の工場見学は人気がある。鉄ができあがる様子を一目見ようと、大正から昭和30年代までは5万人から7万人、ピーク時には10万人以上が訪れた。また、1950年から1971年まで、起業祭の日には八幡と戸畑の小・中学校がなんと休みだったそうだ。
今では百万規模の政令指定都市になった北九州。その発展のきっかけは八幡製鉄所だ。八幡の街は製鉄所と共に成長してきた。今でもその繋がりは深い。
八幡名物 くろがね 堅パン・羊羹
八幡製鉄所から生まれた北九州の銘菓に、「くろがね堅パン」と「くろがね羊嚢」の二つがある。私たちは、現在この二銘菓を販売しているスピナの商業レジャー部堅パン課、永末肇さんに取材を行った。
くろがね堅パンは、製鉄所で働く方のカロリー補給のために生まれた商品だ。元々、スピナの前身である鉄ビルストアだけで販売されていたが、製鉄所のOBや転勤して北九州を離れた人たちから、「堅パンを食べたい」という声があり、通信販売が開始された。これによって、堅パンは全国的に有名になった。売上は毎年伸びており、現在、1年間に1億~1億5000万枚が出荷されている。味は普通の堅パンに加えて、胚芽入り、イチゴ味、ココア味、ホウレン草味の五種類がある。菓子として販売しているため、健康食品という意識はしていないそうだが、美味しいだけでなく堅くて噛みごたえがあるため、子供の歯固めにも使われる。また、大きさが名刺と同じなので、製鉄所で働く方の中には自分でラッピングをして名刺代わりに堅パンを配っていた人もいたそうだ。
くろがね羊羹は大正15年、社中行事に使われていた羊羹を製鉄所内で作り、八幡銘菓としたことで生まれた。形は縦長のチョコバー型。ポケットに入りやすいので、製鉄所内で休憩中に食べられていたという話もある。現在ではこれもくろがね堅パンと同じく、北九州以外でも販売されている。特に関西で人気が高く、あるスーパーでは三ケ月で一万本売れたこともあったそうだ。
くろがね堅パンとくろがね羊嚢はスピナや西鉄ストアで買うことができるが、永末さんは「どこの店でも買える定番のお菓子にしたい。」と意気込む。大正時代から受け継がれたこの二つのお菓子を味わい、日本の成長を支えた製鉄マンの情熱を感じてみてはいかがだろうか。
若い潮
私は小さいころからよく両親と一緒に旅行に行っており、その際に地図を目にすることが多かった。幼稚園児の頃には地図が好きになっていて、高速道路のサービスエリアに置いてある地図を集め始め、小学三年生の頃には全国の地図を集めていた。今では、地図があれば道に絶対迷わない。将来、地形図を作る仕事をしたいと思うほどの地図好きだ。
私にとって地図の魅力とは、その場所に行ったような気分になることだ。等高線や地図記号によって、その場所の地形や何があるかということが分かる。ずっと地図を見ていると想像した風景の中に入り込むことができる。特に、興味のある城や城下町、博物館などを見つけた時はとてもうれしい。
私の地図遊びの方法はこうだ。まず出発地と目的地を決める。出発地は自宅、目的地はニュースや本に出てきて興味を持った場所にしている。そしてそこに行くルートをたどってみるのだ。今まで目的地にした場所は、群馬県の富岡製糸場の跡地やオーストラリアのダーウィンなどである。実際に一人旅をしているような気分になるところがこの遊びの楽しさだ。
今、特に行ってみたいと思って車る場所は、北海道の宗谷岬である。そこは日本最北端の地で、晴れている日には樺太を見ることができる。いつか実際に行ってその風景を自分の目で見てみたいと思う。
小学生の頃はよく地図を見ていたのだが、中学生、高校生となるにつれて忙しくなり、最近はあまり地図を見ていない。久しぶりに地図を開き、自分一人だけの地図の旅に出てみようと思う。
産業技術に会いに行こう ~イノベーションギャラリー~
3Dの流行
最近「3D」という単語をよく開く。「アバター」をはじめとして、3Dを使った映画が多く公開され、3Dテレビの販売が始まり、立体映像が身近なものになってきた。科学技術の発達によって、様々な分野で多くのものが生み出され、改良されてきている。
しかし、このような技術の中には、身近に使われているがあまり知られていないものも多い。それを分かりやすい視点で面白く紹介しているところがある。そこがいのちのたび博物館の横にある「北九州イノベーションギャラリー」だ。今回は、今話題の3Dをはじめ、様々な立体について特集した「3D大集合展」について、小倉高校と合同で取材を行った。
イノベーションギャラリーとは?
北九州イノベーションギャラリーの正式名称は産業技術保存継承センターという。芝生の上に件む白い繭のような形の建物が印象的だ。歴史に学び、未来を考えるための情報発信の場として2007年に開館し、今年の7月18日には、利用者数累計が20万人を超えた。
名前の「イノベーション」について、「日本語では『革新』と訳すが、中国語に『創新』という言葉があり、ちょうど同じ概念を表すのだ。」と館長の寺西大三郎さんに教えてもらった。
館内はとても静かで、美術館にいるようなゆったりとした雰囲気だ。常設されているテーマ展示「年表のギャラリー」では、産業の発展についてまとめた年表やデータベースがあり、歴史の流れだけでなく関連情報も詳しく知ることができる。図書館には、工学系の雑誌や実用書などが立ち並ぶ。普段は読めないような企業の社内誌も置いてあり、就職活動のために読みに来る人もいるそうだ。自習がしやすい落ち着いた静かな環境なので、高校生の利用者も多い。
そして、一番の見所は毎回様々なテーマで行われる企画展だ。今までに「ザ・テレビゲーム展~その発展を支えたイノベーション~」、「宇宙技術展~宇宙の利用のイノベーション~」などがあった。
展示物について分からないことがあっても、スタッフが分かりやすく、丁寧に解説してくれる。一回の企画展を計画し準備するのに半年から一年かかるそうだ。また、日本科学未来館などからの巡回展も行われている。
イベントも多く、「ものづくり」に関する様々な工作教室やセミナーなどがある。セミナーではその道の専門家から無料で講義を受けることができる。
イノベーションギャラリーには隣接した工房があり、木工加工、金属加工、さらに3Dモデリングをすることができる。北九州マイスターなどの技術者から適切なアドバイスをもらいながらものづくりに取り組むこともできるのだ。寺西さんは「ぜひ工房を使って、チームを作り、作品作りに挑戦して欲しい。技術的なことはどんどん手伝うよ。」と今の若者に向けて語ってくれた。
人類の夢3D
私たちはまず、お絵かき感覚で2Dの画像を3Dの画像へと変換することができるソフト「St Paint」の開発に携わった深沢武雄さんの講義を受けた。3D技術について、深沢先生は「娯楽的要素が強いと思われがちであるが、実は違うのだ。」と指摘した。実際には、医療現場で内臓を手術する際に、立体視カメラによる遠隔操作で患部を切除したり、タンパク質の研究をする際に、高分子化合物の複雑な立体構造を表現したりと、様々な面で役立っているのだ。
次に、私たちは「立体」に関連する様々なものが展示されているスペースへと向かった。最初に出迎えてくれたのは、いわゆるだまし絵と言われる目の錯覚を利用した絵の数々だ。さらに進むと、3Dメガネで見る絵や、開けたらページが飛び出すカードなどがあった。中でもいちばん目を引いたものが、一枚の紙からつくられた球体や能面、干支の動物である。とても一枚の紙から作られたとは考えられないくらい精巧なものだった。また、3Dの最新技術を集めたコーナーでは、様々な種類の3Dディスプレイや3Dテレビがあった。
寺西さんは、「人間は昔から立体にあこがれている。」という。だからこそ、このように多種多様な立体の表現方法があるのだ。立体の持つ無
限の可能性に気づいた企画展だった。
次回の企画展
イノベーションギャラリーで1月下旬から行われる企画展は、「『時間旅行』展・TIME!TIME!TIME!」だ。これは日本科学未来館で2003年に行われたものの巡回展である。過去には、佐賀県立宇宙科学館などの日本国内の施設を初め、香港科学館など国外でも行われた。この企画展は、科学的にとらえた多様な時間の世界を旅していくというコンセプトになっている。宇宙の始まりから未来までの流れや体内時計とDNA、寿命、時間感覚の違い、記憶と時間などをテーマに扱った魅力的な展示がならぶ。
この冬にあなたも「時間」の世界に飛びこんでみてはどうだろうか?
異国の香りに包まれて
はじめてのベトナムは、辺りを見回しすぎて首が痛くなるほどに、日本と違うことでいっぱいだった。
例えば、ベトナムに向かう飛行機の中で配られたおしぼり。ジャスミンの良い香りがついていて、外国に行くのだという期待が膨らんだ。ちなみに、ベトナム滞在中に行ったレストランでは、ほとんどこの香りつきおしぼりが出たが、店によって香りが微妙に違い飽きることはなかった。バスで走った高速道路の風景も日本とは大きく異なっていた。高速で走る車の横を、なんと自転車が走り、道の脇では牛が草を食べていたのだ。
一歩バスから降りてみれば、かつて中国領やフランス領だったときのなごりである、様々な様式の建築物が私を庄倒した。街中では、入口が狭い店々が軒を連ね、少しでも商品を見てもらおうと、歩道にまで商品を並べていた。
ベトナムに行くまで私が一番不安だった食べ物については、意外にも、それほど苦労しなかった。ハーブを使った料理が多く、ベトナム料理として有名なフォーや生春巻き、トロピカルフルーツと、はじめて食べるおいしいものばかりだった。
ベトナムのたくましさを感じたのは、ハロン湾を船で観光しているときだ。海を見ていたら小船が近づき少女が飛び移ってきた。どうやら果物を売っているようなのだが、15cmほどの船のふちを裸足でスタスタと歩く姿には舌を巻いた。
逆に、日本と変わらないな、と思ったこともある。それはチエウバンアン高校の生徒と交流したときのことであった。ベトナムの民族衣装であるアオザイを身にまとい、ステージでベトナムの歌やダンスを披露してくれた彼女たちは、とても同じ高校生とは思えないほどきれいであった。
しかし昼食時に同じテープルを囲んだときには、友達と話して楽しそうに笑い、外国語が通じると嬉しそうにする、私たちと何ら変わらない高校生だった。
この研修旅行では美しい景色を見、日本とは異なる文化に触れ、感動の連続だった。日本という国を外から眺めることができたのも大きな収穫だった。
編集後記
掃除中に箱を見つけた。中身は昔もらった手紙だ。19歳になるまで開けないでと書かれた手紙に目をひかれた。好奇心に負けて開くと、たった一言、「私のこと覚えていますか。」その友達に会いたくなった。 (如月)
今年は「国際生物多様性年」だった。これは国連が毎年定めているものだ。しかし「2010年目標」は一つも達成できなかったそうだ。来年は「国際森林年」である。知っていると知らないとでは大違いと思って宣伝してみる。
(草月)
日が昇る前に白い息を吐きながら登校していると、つい自動販売機の光に誘われる。そして、あたたかいココアをいつも買ってしまう。手の中の温もりが心地良い。ココアでホッと一息つくことから、私の一日は始まる。
(清明)
最近、電子書籍をよく見る。レパートリーはまだ少ないが、これからさらに普及するだろう。しかし、表紙をはじめとして装丁や紙の手触り、インクの香りなどが、「本」の魅力をさらに引き立てるのだと思う。
(霜降)
我が家に去年までは無かった矩健がやってきた。矩燵が来るまでは家族の団欒が少なかった。しかし、今は家族全員が矩燵に集まるようになり、以前よりも家族と話す機会が多くなった。体だけでなく心も温かくなった。
(伊勢)
八幡製鉄所の取材で見た、白く輝きながら流れる鉄の美しきが目に焼きついています。ものづくりの高い技術が、日本を発達させてきたのだなあと実感しました。
(サファイア)
禍福はあざなえる縄のごとし これなんぞさいわいとならざらんや
(B&W)
第259号 平成22年 7月 16日(金)発行
「食」 安全を問う
はじめに
先月5日の文化祭では入口調査に多くのご協力をいただきありがとうございました。その結果をグラフにしたものが左図である。はじめの質問「食品偽装や、異物混入、SEなどの事件を知っていますか」には9割以上の人が「はい」と答えた。そして、次の「事件を受けて、食生活は変わりましたか」という質問には約6割の人が「はい」と答えている。
9割以上の人が事件を知っていることから、食の安全に対する関心が非常に高いことが分かる。また、半数以上の人が「食生活を見直した」と答えており、「食」に対し不安を抱き、実際に見直すという行動に移したことも分かった。
そこで私たちは今回、国産食品、輸入食品両方について、食の安全をテーマに取材した。
検疫所
日本の食料自給率は4割しかなく、食料の6割を外国からの輸入に頼っている。
そんな中、外国から輸入してきた食品の安全性を碓かめているところがある。それが検疫所だ。検疫所は全国の主要な海港・空港で検査を行っており、検査内容は、輸入食品に日本では使用を禁止されている食品添加物が含まれていないか、農薬が基準値を超えて残留していないかなどだ。検査されるものには、食品をはじめ食品を包装している容器や乳幼児が口に入れるようなおもちゃも含まれている。
今回私たちは一番近くで輸入食品の安全を守っている福間検疫所門司検疫所支所に取材を行った。
門司検疫所支所では、平成19年には180万件の食品などの輸入届出があった。輸入先はアジアが多い。
私たちは今回特別に検疫船に乗せていただき、下関にある実際に検査が行われている場所を訪れた。港には外国船籍の船が停泊し、様々な国のコンテナが大量に置かれ、輸入されてきた魚介類が所狭しと並んでいた。このように大量にある輸入品の検査は、日本国内の流通が滞らないように迅速に行われている。また、検査結果が正しく出るようにするために、検体採取を行う際、細心の注意が払われている。
このような検査の中で、過去には次のような違反が発見された。乾燥自キクラゲに「メタミドホス」という農薬が基準値を超えて検出されたという事例や、ストローの塗料の一部に鉛が基準値を超えて含まれていた事例、赤ちゃんのおしゃぶりに食用ではない色素が入った塗料を使用していたという事例だ。
中でも日本特有の違反といえるのが、食用のふぐの中に毒をもったふぐが混入していたという事例だ。ふぐは、ほぼ日本だけで食べられている食材である。また、毒を持つものと持たないものの判別が難しいのでこのようなことが起こるのだ。このような違反を見つけるために、検疫所では魚種鑑別を厳密に行っている。
最後に門司検疫所支所の方に「安心して食べることの手助けにすこしでもなれたら嬉しい。」という言葉をいただいた。このように検疫所は日夜私たちの食の安全を守っているのだ。
JA・直売所
近年、身近な土地で生産され、生産者が分かる食品が見直され始め、地産地消が注目されるようになった。地産地消とは、地元でとれた農作物や水産物などを地元で消費することで、これにより食生活の改善や地域の活性化などが期待できる。
関連した取り組みとして地域ブランドの登録がある。地域ブランドとは地域の特産品のことで、伝統的な特産品を守り、後世まで残すことを目的としている。北九州地域には、合馬のたけのこ、若松とまとなどがあり、普段目にしたり、口にしたりすることがある身近な食品である。
地域ブランドとして登録されるためには、特許庁に登録を申請し、地元での知名度や生産量などが調査される。登録されるまでには3年ほどかかる。
JA(Japan Agricultural Cooperatives)は農家が組合員として活動している組織である。活動内容には地産地滑の推進以外にも、農家の支援、食青の推進、学校給食への地域で積れた農作物の提供、農業体験の実施、消費者に対する野菜の旬や農薬に関する情報などの提供、直売所の運営などがある。
私たちはJA北九に取材に行き、JA営業販売企画課課長の吉田哲夫さんにお話をうかがった。吉田さんは、消費者がたけのこ掘りや米作りなどの農業体験を通して農家の仕事を理解し、農家を応援してくれることが嬉しいと語った。
直売所とは主に、地元で収穫された農作物が売られているところで、地産地消を実現している。直売所のよいところは、朝穫り野菜をはじめとする新鮮で安い品物が販売されていて、消費者の意見が反映されやすく、生産者や産地がわかるので、消費者は安心して食品を購入することができることだ。直売所利用者の声には、安い、生産者の顔が分かって安心、新鮮、などがある。校区内には、水巻町にやさい畑みずまき店、遠賀町にやさい畑おんが店、中間市にやさい畑なかま店、北九州市若松区にかっぱの里などの直売所がある。
みなさんも一度、直売所に行って身近な地産地消を体験してみてはどうだろうか。
まとめ
今まで、店に行けば商品が並んでいるのが当たり前だと思っていた。しかしその陰には、食べる人々の「食」の安全を守るために尽力している多くの人々の姿があるということを今回の取材で知った。その人たちのおかげで、今日も私たちは笑顔で食卓を囲むことができているのである。
はじめに述べたように、今、多くの人が「食の安全」に関心を抱いている。喉元を過ぎて熱さを忘れないよう、今回の取材で得ることができた知識をこれからの生活に役立てていきたい。
若い潮
昔から小説や映画の中の近未来や宇宙といったSFの世界に憧れていた。
私の好きなSF映画に「2001年宇宙の旅」がある。アポロ11号が月面着陸する前年の1968年に公開された映画だが、40年以上たった今観ても新鮮さに驚かされる。人類の地球外惑星への移住、コンピュータの反乱、生命の進化……。子供の頃から私は、そんな世界に魅力を感じていた。
そして、現在SFの世界が現実化しつつある。電子ブックリーダーを初めて見たとき、映画に出てきたニュースパッドそのものなので、嬉しく感じた。
これのすごいところは何と言っても、画面に使われている「電子ペーパー」だろう。
静電気を使って文字などを表示するので電力をほとんど使わないうえに、画面そのものが光るのではなく反射光を利用しているので、目に優しい。薄くて、軽く、文字を書き込んだり、印刷機でコピーすることもできる、名前のとおりまるで紙そのものなのだ。
これがどんどん普及すれば、パソコンで打ち込んだ資料をわざわざ紙に印刷する必要もなくなるし、教科書などがこれ一枚になればカバンはずっと軽くなる、などという楽しい想像が止まらない。
さらに、映画「ターミネーター」にあるように、網膜に直接映像を映し出す方法も開発されていて、すでに今年の11月頃に商品化され販売されるというから驚きだ。
世界は一見変わらずにいるように感じるが、実はとても目まぐるしく変わっている部分もある。これからの世界がどのように変わっていくかが楽しみだ。
折尾神楽 ~伝統文化に心踊る~
夏越祭という祭りを知っているだろうか。
そこでは毎年「折尾神楽」が演じられている。
演劇的要素が強く、日本の神話がテーマになっている。
軽快な囃子の中、金糸・銀糸の衣装や表情豊かな面を
観るのはとても楽しい。
そんな折尾神楽について、折尾神楽保存会へ取材に行った。
神楽の語源は「神座」(かみくら)から来ていると言われている。神座とは神様が宿るところであり、その前で行われる鎮魂、五穀豊穣、厄災の払拭、豊作への御礼の歌舞が「神楽」と呼ばれるようになった。
折尾神楽は昭和45年、野村砂男さんが設立した折尾神楽保存会が始めたもので、今年でちょうど40周年だ。島根県の石見神楽をルーツとするが、両者にはいくつかの違いがある。折尾神楽は石見神楽よりテンポが速い点、石見神楽に多い繰り返しの所作を折尾神楽では極力省いている点だ。これらは、石見神楽が一晩中舞うのに対し、神楽の歴史が浅い北九州では2時間ほどしか舞うことが許されなかったからだ。これらの変更を経て、折尾神楽は誕生した。
折尾神楽保存会は発足当時7人で活動していて、奉納回数は1年にわずか7、8回だった。それから徐々に実力が認められ、今では年に50回以上奉納している。今までの40年間で奉納した回数は1800回を数える。
また、平成5年に則桧小学校で、当時の校長が折尾神楽の存在を知り、「神楽クラブ」を設立した。週に一度、このクラブの指導を折尾神楽保存会が行っている。このような努力の甲斐あって、現在、折尾神楽保存会には小学生が2人、中学生が3人所属している。「神楽をすることで、お年寄りにも楽しんでもらえることが嬉しい。」と、彼らは語る。
取材では実際に使われている衣装や面、小道具に触らせていただいた。衣装は一着5~7Kgあり、着てみるとかなり重い。
今回は「恵比寿」と「おろち退治」という演目を観せていただいた。「恵比寿」は、釣り好きの神とされる恵比寿が、鯛釣りをする様子が題材だ。撒餌のかわりに、餅を客席に投げ込む演出があり、小中学生が扮するかわいい神様から餅をもらった観客が大変喜んでいた。「おろち退治」は、日本神話の有名な話、須佐之男命の八岐大蛇退治が題材となっている。須佐之男命が、火花を吐きながら迫ってくる大蛇と戦う姿は圧巻だ。
夏越祭では毎年、折尾神楽や巫女神楽などが行われている。
地元の伝統文化である折尾神楽。八調子の勇壮な音楽と迫力のある舞を、ぜひ体験してほしい。
安全な貿易を目指して
近年、わが国の国際化はますます進んでおり、貨物の輸出入や人の往来も盛んになってきている。その中で税関は安全安心な社会の実現、適正かつ公平な関税の課税と徴収、貿易の円滑化という三つの使命を帯びて秩序ある貿易の発展を目指している。
私たちは設置されてから今年で101周年を迎える門司税関に取材を行った。
貨物を輸入する際は税関で通関手続を行う必要がある。申告書や法令に基づいた審査を通過してはじめて、貨物は国内流通を認められる。検査は海外旅行者の荷物や国際郵便物にも行われ、平均3.1時間ほどかかる。職員が現物を見て判断するため手作業だ。また国税収入の約1割を担う関税・消費税が正しく納められているかを事後調査している。
麻薬や拳銃をはじめとする社会悪物品や偽ブランド品などの知的財産侵害物品は輸出入が禁止されており、税関が監視、取締りにあたっている。全国に30頭以上いる麻薬探査犬やコンテナ全体を検査する大型Ⅹ線検査装置などにより、国民の安全な生活を水際で守っている。なお、押収された物品は旧門司税関で常設展示されている。
「主な仕事は密輸防止。摘発に携わることで国内流通を食い止められることにやりがいを感じます。」そう語ったのは広報広聴専門官の浦中篤さん。職員の方々の真摯な眼差しが私たちの安全な暮らしを支えているのだ。
通学路にパンの誘惑
登下校中、ミサキのショーウィンドウから見えるパンたちに目を奪われる、そんな人は多いはずだ。去年の7月に開店して以来、多くの東筑生が利用しているパン屋さん「ミサキ」を訪れた。
ミサキのパンの一番の特長は、天然酵母を使っていることだ。天然酵母はぶどうから取り出すのだが、その工程が大変そうだ。だが、市販のイースト菌で作ったパンよりもずっと豊かな味わいがする。また防腐剤・添加物を使わないこともこだりの一つだ。 -
店内には、パンの香ばしい一匂いが漂っていて、人気のカレーパンやメンタイパンは夕方には売り切れてしまう。店員さんは明るい笑顔の気さくな方で、店に来た東筑生とも会話がはずむ。
カレーパンが120円と買いやすい価格も魅力の、ミサキのパン。これからも東筑生のお腹と心を満たしてほしい。
東筑の虫 ~名水の約束~
現在、コンビニやスーパーでは多くの種類のミネラルウォーターが売られている。しかし、私はいつも迷うことなく同じ商品を買う。水にはちょっとこだわりを持っているのだ。
そんな私が興味を持っているのが平成の名水百選だ。昭和の終わり頃、水質汚濁が問題となり、清流を取り戻そうとする運動が全国各地で活発になった。これを受けて1985年、当時の環境庁は国民の水質保全に対する認識を深めるために、全国に数ある名水から100ヶ所を「名水百選」として選定した。さらに2008年、環境省はこれに加えて100ヶ所を選定した。これが「平成の名水百選」である。選定の条件には水質はもちろんだが、周辺の環境や地域住民による水の保全活動も含まれている。この中でも、私が特に行きたい場所が、熊本県にある南阿蘇村湧水群だ。南阿蘇村湧水群は、1日に約17トンもの湧水がある竹崎水源など10ヶ所からなっている。保存会の構成員は500人を超え、水質を保全するための努力がされている。インターネットで動画を見ると、周辺は線が多く、水源である池は、底一面から水が静かに湧き出ている椅麓な場所だ。水は澄んでおり、水の波紋でゆらめく池の底がよく見える。水の流れる音だけが響き、時がゆっくりと流れているように感じた。また、この水源の近くには南阿蘇鉄道が走っており、鉄道も好きな私にとってはとても魅力的な場所である。
平成の名水百選が好きな理由は、もう一つある。私が中学3年生のとき、平成の名水百達が選定されたので、友人と「高校入試が終わったら、一緒に名水を汲みに行こう。」という約束をしたのだ。それから数カ月、入試が終わり中学校を卒業した。しかし、お互い違う高校へ進学したため会う機会は無くなり、遂に約束を果たすことはできなかった。
この約束を友人が覚えているかは分からない。次に会えるのがいつなのかも分からない。だが、名水の約束が二人を今でも繋いでいると、私は信じている。
編集後記
この号で僕たち三年生は引退です。思えば短しこの三年、仰げば尊し我が師の恩。千代に八千代に苔の生すまで新聞部よ、不滅なれ。(葵)
植物の名を冠した私たちにも、遂に引退の時がやって来た。苦楽を共にしてきた後輩たちへ、私たちは「種」を残して去っていこう。(寒椿)
活字とインクの大洋を越えてきた。知れば知るほど世界は広い。新たな季節、後輩たちの航路に、追い風が吹くことを祈って。 (鬼灯)
この学校にやってきた燕。雛たちは立派に育ち、ひゆるりひゅるりと宙を舞う。先に巣立つ燕を見つめ、私は来年の春を待つ。 (雪柳)
大好きな先輩方と作った新聞は、私の大切なアルバム。そこは、私を表現する場でもある。大きく成長した姿を活字で伝えたい。(如月)
木の葉の揺れる音や虫の声に夏を感じる。やりたいことは山積みだ。暑さや気だるさは吹き飛ばそう。夏本番はこれからだ。(草月)
最近、よく神社を訪ねる。そこにあるのは、元日の賑わいからは想像できない静寂。その中に足を踏み入れる緊張感が快い。(晴明)
父と共に「はやぶさ」帰還時の写真を見た。「はやぶさ」が、燃え尽きる剃那に放った光が、ずっと目に焼きついている。(霜降)
初めまして、新入部員です。入部して、新聞作りの難しさがわかりました。良い文章が書けるように頑張りたいです。 (伊勢)
私たちの体は食べたものでできている。そんな当たり前のことを思い出させてくれた、今回の特集でした。(サファイア)
「器用な人間の小手面ならかわせるが、不器用な人間が百万回練習した小手面は絶対にかわせない。」(B&W)
第258号 平成22年 3月 1日(月)発行
卒業おめでとう
誇りを胸に未来へ 学校長 増田俊明
108期生の皆さん、卒業おめでとう。皆さんが東筑高校に入学してから早いもので3年が経ち、その間に勉強や部活動、友人関係をとおして、皆さんは肉体的にも、精神的にも大きく成長したと実感しています。
皆さんは本日をもって東筑高校を巣立ち、自分で考え、選んだ道を歩んで行くことになります。きっと心も弾んでいることでしょう。しかし、皆さんの前に広がっている日本の社会は、今、国際的にも、国内的にも大変厳しい状況にあります。それ故、今後順風満帆とはいかないこともあると思いますが、どうか気概をもって怯むことなく、目標に向かって歩みを進めてください。
松下幸之助氏は、「自分には自分に与えられた道がある。広い時もある。狭い時もある。上りもあれば下りもある。思案にあまる時もあろう。しかし、心を定め希望を持って歩むならば、必ず道は開けてくる。深い喜びも、そこから生まれてくる。」と言っています。山頂への道は一つではありません。.どの方向からも登ることができます。方向さえ変えれば、頂上への道はいくらでも開けるのです。
これから皆さんが進もうとするそれぞれの分野には、先人として東筑高校の先輩方が必ずや活躍しているはずです。その姿を見て改めて東筑高校の歴史と伝統を実感することでしょう。皆さんは決して一人ではありません。それが東筑高校の本当の素晴らしさなのです。母校「東筑高校」は、これからも皆さんがそれぞれの分野で活躍する姿を温かく見守っています。いつでも母校を皆さんの原点として訪ねてください。
終わりに、栄ある門出に際して、唐代の詩人、高適の詩を贈ります。
十里の黄雲白日燻す
北風雁を吹きて雪紛々
愁ふる莫かれ前路に知己無きを
天下誰人か君を知らざらん
108期生の皆さんの今後の活躍を祈念します。
高い理想と志を持って 108期学年主任 小森伸宏
108期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの凄々しくも達しく成長した姿を目の前にして、三とせの春秋をこの東筑で共に過ごせた緑を無上の喜びと感じ、これからの大成を祈らずにはいられません。
1年生のタングラムでのスキー教室では、おとなしくて真面目な108八期生との印象を見事に覆し、皆さんの若さとパワーを見せつけられました。
2年生になり、まさしく東筑の中心学年として勉学に部活動にその力を十二分に発揮しました。授業中、時には睡魔と闘いながらも気力で乗り切ろうとする姿に、さすが東筑生だ、と思ったものです。そして、3年生での体育祭、初秋の太陽のもと、溢れるような熱気と優勝を目指す割れんばかりの歓声の中で、山車を担ぎ応援の演技を披露しました。結果としては惜しくも敗れ、涙をのみましたが、皆さんの姿は光り輝いていました。
さて、皆さんが在学中に蓄えた力を、新たな場所で試す時がやってきました。本当の意味での、成熟への第一歩を踏み出したとも言えます。自分の夢に向かって不断の努力を怠ることなく、柔軟な思考で多くを学ばなければなりません。しかしながら、目先の勝ち負けばかりを気にする小さな器に収まってほしくはありません。失敗や挫折を味わいながらも物事に真正面から向き合い、力強く一歩一歩前進してほしいと思います。これから皆さんの長い人生の間には、幾度も自らの運命を決すべき転機を迎えることがあるでしょう。その時に、東筑で培った知力と体力を発揮し、「高い理想と志を持って」、自分の信じる道を歩んで下さい。
未来に向けて羽ばたく108八期生の皆さんの奮闘を、心から応援しています。
どうか元気で。また会いましょう!
贈る言葉
3年1組担任
「Speak softly and carry a big stick. You will go far」男クラ『阿党不羈』の諸君、遠く、高く旅立とう。
3年2組担任
卒業おめでとう。たった一年間の付き合いでしたが、心地よく生活できました。ありがとう2組。
3年3組担任
108期生と共にかけがえのない時間を過ごせて幸せでした。皆さんが輝く人生を送りますように!
3年4組担任
卒業おめでとう。これからは「答え」のない問題に取り組んで下さい。
3年5組担任
山あり谷あり。雨良し晴れよし。一度の道なら、思う存分味わって、できれば笑顔でまゐりましょうか。
3年6組担任
「何事も起こり得る。」と、突き進む勇気こそが、若者の特権である。カッと眼を開き、前へ進め。
3年7組担任
諸君が新しい門出を迎えられた事、その諸君と共に3年間を過ごせた事を、大変誇らしく思います。
3年8組担任
「世の中広いものだなあ。」と思ったその更に外に、もっと広い世界があるんだよ。進めどこまでも。
3年9組担任
現代を生きる達しさを培った3年間を財産として、これからの自分の道を切り開いて下さい。
星の 世界への 扉
宗像市にあ、る総合施設、宗像ユリックス。その二階にあるのが、宗像ユリックスプラネタリウムだ。
ドームの大きさは直径12m、座席は97席と比較的小型のプラネタリウムではあるが、来館者数は年間 25,000人を超え、夏休みに投影される番組は家族連れで満席になるほど人気が高い。
日本のプラネタリウムは行政が運営していることが多いが、ここはNPO法人が運営している。特色の一つは地域に密着した活動をしていることである。月一回程度ユリックスの敷地内で天体観測「ほしぞらウオッチング」を行っている。また、昨年の部分日食のときは博多銘菓二〇加煎餅のお面の形をした日食めがねを500枚作成し、それを使っての観測をして話題になった。
もう一つの大きな特色は、〔ほしぞらスタッフ」というボランティアスタッフの存在である。現在46人いて、天体観測を行ったり、クリスマスの番組の脚本やナレーション、投影に使う機械の制作をしたりと、さまざまな活動をしている。ボランティアに参加するのに専門的な知識は必要なく、高校生から参加可能だ。
ここで耳寄りな情報だ。宗像ユリックスプラネタリウムの投影設備は今年フルリニューアルされ、映像が明るく椅麓になるという。私たちを今以上に星の世界に浸らせてくれる新しいプラネタリウムに期待が高まる。
今回お話を伺った加藤さんは、「人生の半分は夜なので、星は身近な存在。だが星にはまだ解明されていないことも多い。そこに星の魅力がある。」とおっしゃった。夜、空を見上げると一面に広がっている星空。今夜は星の呼び声に耳を傾けてはいかがだろうか。
若い潮
手紙が好きだ。書くのも、もちろんもらうのも。幼い頃、自分宛の手紙は来ないのに、両親にはセールスでも何でも、とにかく毎日手紙が来ることに憧れた。その憧れが私が手紙好きになるきっかけだったのだろう。今では数人の友人と文通をしている。
私は季節の柄の便せんをよく使う。文具店に多く並ぶ中から納得するまで選んだ便せんは、文通をしている相手に好評だ。そんなこだわりの便せんを封筒に入れ、80円切手を貼るときに、ふと思うことがある。それは、手紙という通信手段は相手がいてはじめて成立するということだ。はじめから、自分のためではなく他人のために用意された存在なのだ。
通信の歴史は古い。中国では春秋時代から、一定の距離ごとに駅伝を設け、公文書の送達や官吏の宿泊に備えたという。駅は馬を、伝は車を利用したらしい。日本では、平安末期に飛脚が現れ物資を輸送した。これが現在さかんにおこなわれている駅伝競走のおこりだ。
携帯電話やパソコンが日々進化している今日、手紙はいささか古めかしい通信手段かもしれないが、それでも店頭から便せんは依然として無くならないし、無くなってほしくない。
さあ、あなたも誰かに手紙を書いてみてはどうだろうか。誰かに思いを馳せている瞬間、きっとあなたは満たされているだろう。
春はいつまで サクラ色?
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そろそろ花見の季節である。日本人と桜には、切っても切れない深い関係がある。
桜は昔から和歌に詠まれ、和菓子のモチーフとなってきた。
咲き誇る桜は、春の風景として無くてはならないものであり、入学式や卒業式を
華やかに彩る。
しかし、近年桜の開花が早まったり、秋に桜が咲いたりするなどの異変が報道され
ている。なぜこのような異変が起こっているのだろうか。そして、このまま異変が
続けば、桜はどうなるのだろうか。
そこで、私たちはグリーンパークの花と緑の相談所、九州大学の教授、金山川コス
モス会、中間商工会議所に取材を行った。
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桜の開花と気温の変化についての関連性を調べるため、グリーンパーク内にある花と緑の相談所に行き、平井政信さんから話を伺った。
桜は世界に300種以上あり、日本には10種の原種があるが、一般的に桜といえばソメイヨシノを指す。このソメイヨシノは江戸末期に生まれた品種で、第二次世界大戦後に爆発的に広まった。生長が早く、花もよく咲くこの桜は、戦後の疲れきった人々に活力を与えるには理想的な品種だったのだ。
桜は一年間かけて開花の準備をする。この作業の工程を進める鍵となるのは温度だ。まず7月から8月の高温期に花のもととなる部分が作られ、花芽分化と呼ばれる。次に気温が低下すると、冬の間を、眠った状態ですごす。そして春、気温が上がると眠りから目覚め、花を咲かせる。この休眠打破は一定期間の低温を受けて初めて行われ、桜は休眠を行わない限り花を咲かせることができないのだ。
しかし近年、地球温暖化や都市部の気温上昇により、桜の開花時期が日本各地でずれ、桜前線に異変が起きている。桜前線の基準木であるソメイヨシノは気象変動や環境変化に弱い。この結果、40年前は日本列島を北上していた桜前線が、ここ5年は全く異なる形になっている。特に、西日本・南日本にこの傾向が顕著で、最近の開花の特徴としては、九州北部・四国西部・関東南部の三極から広がっていく形になっており、開花が北から南に進む傾向が目立っている。 環境省の調べによると、桜の開花はこの50年で、大都市で平均6.2日、中都市で平均2.8日早まっており、日本全国では平均4.2日早まっていることが分かっている。
都市部で開花が早まっている原因の一つにヒートアイランド現象がある。ヒートアイランド現象とは、ビルのコンクリートや道路のアスファルトによる熱の蓄積、冷暖房などの人工熱の放出、大気汚染物質による温室効果などにより、都市部の気温が周辺部より高くなることだ。
このまま気象異変や環境異変が続くと桜の開花は一体どのようになるのだろうか。九州大学理学部地球惑星科学科伊藤久徳教授に聞いてみた。伊藤教授は左上の図のように2082年から2100年には東日本、北日本では現在よりも開花がさらに14.5日早まると予測している。これは気象庁が予測している、A2シナリオという二一世紀の温室効果ガスの排出量を予測したデータをもとに、2082年から2100気温の変化の仕方から計算し導き出したものである。
現在ソメイヨシノの咲く南限は屋久島・種子島だが、九州本土でも花が咲かなくなるところや満開にならなくなる地域が出てくる。一方、寒い地域は休眠打破する低温期間が十分あるので、温暖化する分だけ開花は早くなる。従って、将来は今までのような桜前線は東北地方だけにしか見られなくなる。
桜が今までのように咲かなくなってしまったら、日本人と桜のつながりや季節感が失われてしまうのではないだろうか。現在、これからの環境に適応できる桜の新種が開発されているが、満開のソメイヨシノが見られなくなるのは、あまりに寂しい。
今、環境について考えていこう。私たちの行動で桜の未来が変わるのだ。

花見スポット みぃつけた!
金山川
八幡西区別松地区は土地が低く、豪雨のとき何度も水害に見舞われていた。昭和47年から河川改修が行われ、59年3月18日に金山川護岸改修工事の進展を記念し、90本の桜と2000本のツツジが植樹された。その後ボランティアによって植樹は続行され、現在は300本の桜をはじめとして、チューリップ、コスモスなど四季折々の花が金山川周辺を彩っている。
以前、さくら祭とチューリップ祭は別々に開催されていた。しかし温暖化の影響で、3月だった桜の開花と4月だったチューリップの開花が同時になったため、二つの祭は統一され、チューリップ祭となった。
近年、花見客の心無い行為に花が傷つけられている。客が花を採って帰ったり、放した犬が花を荒らしたりすることもしばしばだ。「小さくても大きくても継続は力」、「一人一人がモラルを守り、皆が楽しめる祭にしたいです。」と則松金山川コスモス会代表の田仲常郎さんは思いを語った。
春爛漫の金山川で温かな雰囲気を味わってみてはいかがだろうか。
垣生公園
中間市にある垣生公園は、県内有数の桜の名所だ。そこで毎年3月の最終日曜日か、4月の第一日曜日に開催される「筑前中間さくら祭」は、いつも多くの人が訪れる。 出店を始めとして伝統的な踊りや演奏も披露される。また、カラオケ大会なども催されており、まさに参加型の祭なのだ。
桜が最も美しく見える場所は、公園の中にある垣生池とそれに隣接する垣生神社周辺だ。池に掛った朱塗りの橋から眺めると、日本ならではの春の良さを改めて感じることができる。祭の運営をしている中間市商工会議所の久野忍さんは「桜の花を見ながら歌や踊りを楽しんでほしい。」と語った。
しかし、ここでも花見客のマナーの悪さが目につく。多くの人が、さくら祭を満喫できるようにマナーを守って楽しみたい。
東筑の虫 ~格好よさに惹かれて~
正方形の盤上に8×8のマス目。対戦者がその上でそれぞれ16個の駒を使って戦うチェス。私は最近このゲームにはまっている。
日本でボードゲームと言えば囲碁や将棋が一般的で、チェスを行っている人は少ない。だが、チェスは世界150カ国以上で行われている国際的なゲームなのだ。「ハリー・ポツターと賢者の石」の中のチェスシーンで、ロン、パーマイオニ-、ハリーの三人が駒となり戦う姿に格好よさを感じた人も多いのではないだろうか。
チェスのルールは難しい。まず、チェスは相手にチェックメイトをかけると勝ちである。
チェックメイトとは相手の動きを封じ、その上でキングを他の駒で取ることができる状態に持ちこむことである。次にスチールメイトという状態がある。これは、様々な状態が重なって起こる引き分けで、熟練者でも苦労するほど判別が難しい。
この難しいルールのために、チェスは二つの視点から見て戦う必要がある。それは盤上全体を見ること、そして狭い範囲をみることだ。ゲーム中は主に狭い範囲に集中して戦う。数手程度で相手を攻め、自分に有利な状況に持っていくのだ。ただ、一部分に注意を向けすぎると思わぬところからの攻撃に対応できない。また、スチールメイトに持ちこむときには、盤上全ての駒の動きを把握することが大切だ。だから盤上全体を見て、今の状況を正しくとらえる必要がある。そうすることによって、新しい攻め方を考えることができるのだ。
ルールは難しいが、それよって奥深いおもしろさがまれている。日本で、そし私のまわりでチェスが広まことを願いつつ、今日もチェス盤に向かいたい。
編集後記
初めて部室を訪れた日から、締め切りに追われながら、その背中を追ってきた先輩方。遠く離れてしまっても、思い出は胸に。(葵)
受験生の妹が夜遅くまで勉強している。全ては志望校への合格を笑顔で掴み取るため。来年の今頃、私はどんな表情でいるのだろう。(寒椿)
昔使っていた辞書を開いた。文字が大きい子供用の辞書についた沢山の折り目に、なんでも知りたかった頃の自分がいた。(鬼灯)
日記をつけ始めた。誰にも見られないことを前提に好き放題書いてる。一日を振り返り、白い-ページを文字で埋めることが快感。(雪柳)
夜の闇に溶けこみ、自由気ままに動きまわる猫たちがいる帰り道。勝手に「猫ロード」と名付けた。妖しく光る黄色い瞳は、見つめるだけで吸いこまれそうだ。 (如月)
カリフラワーとブロッコリーを掛け合わせて生まれた野菜「カリプロ」、ツンツンした奇妙な形と裏腹にとってもおいしいのです。 (辜月)
何かに悩んだとき、私は空を眺める。特に夕暮れ時、夜の紺に夕日のオレンジがほんのり溶けた空に、一歩を踏み出す勇気を貰える。(清明)
先日桜紅茶なるものを飲んだ。見た目は普通の紅茶、でも口の中に広がる香りはまさに桜だった。まだ肌寒いが身体の中に一足早く春が訪れたようであった。(霜降)
今回の編集のおかげで、目を閉じると満開の桜が常に浮かびます。桜と共に108期生とお別れですね。切ないです。(サファイア)
今はもう「二兎を追う者は一兎をも得ず」なんて時代ではない。十兎を追ってみたらどうか。そのうち六兎くらいは得られるよ。 (B&W)
第257号 平成21年12月11日(金)発行
新型インフルエンザ襲来
2009年4月に発生した「新型インフルエンザ」は、メキシコから瞬く間に世界中に広がった。
日本でもその危険性や感染状況が連日報じられている中、東筑生はどのように対処しているのだろうか。今回私たちはアンケートをとり、また、産業医科大学の教授に話を聞いてみた。
東筑生は?
世間で恐れられている新型インフルエンザ。この東筑高校でも、脅威を感じている人は多い。
アンケートの結果によると、新型インフルエンザに脅威を感じている人は全体の70%を占めている。テレビなどで、新型インフルエンザが日に日に広まり、患者が亡くなった事例が報道されていること、また、部活動やクラス内で感染が広まり、身近な人が感染したことなどが脅威を感じている主な理由だ。
しかし、脅威を感じないと答えた人も約30%いる。理由として、新型インフルエンザは毒性が弱く、きちんと予防すれば大丈夫だと考えている人が多かった。
効果的な対策
(予防は適度に)
新型インフルエンザの効果的な予防について、産業医科大学の金澤保教授にお話をうかがった。 「効果的な予防方法は主に三つで、手洗い、うがい、そして人ごみに近づかないことだ。ウイルスの付いた手で鼻を触り、鼻の粘膜から体内にはいることによって感染するので、手洗いが大切だ。また、気管にはいったウイルスを洗い流すうがいは、手洗い以上に大切だ。」と教授はおっしゃる。
金津教授から、「インフルエンザを恐れすぎる必要はないが、用心しすぎることもない。神経質すぎなくてもいいが、侮ってはいけない。
適度な対策が一番大事。」と東筑生にコメントをいただいた。
それでは、東筑生の予防状況はどうだろう。アンケートから分かるように、トイレ後、帰宅後の手洗いは約80%以上の人が行っている。しかし、手洗いよりも効果的なうがいについては、行っている人が60%と手洗いよりも少ない。さらに、人ごみを避けようと努力している人は20%以下と少ない。集団生活をする上で、人ごみを避けることは現実的に不可能だ。
(手洗いの実態)
東筑生は日頃どのくらいの時間手洗いを行っているのだろうか。私たちは、東筑生100人の手洗い実態を徹底調査した。
調査方法は、手を洗うのにかかった時間を計測し、本人に自分がどのくらいの時間手を洗ったと思うかを聞いた。次に手が清潔になったと思うまで洗ってもらい、時間を計測した。同時にハンカチの所持率も調べた。
調査の結果、普段の手洗いの平均時間は21.9秒、予想は20秒なので、自分の手洗い時間を把握していると言える。清潔だと思うまで洗った場合の平均時間は57.3秒で、普段の時間と比べると30秒も長く、自分の手洗いは不十分であると自覚していることが分かる。ハンカチを所持している人も全体の33%と少なかった。さらに今回、洗った手で髪を濡らす人が50%以上いたのは衝撃だった。
新型インフルエンザを予防するために厚生労働省が推奨している手洗い時間は30秒で、石鹸を使い、指の付け根や手首、爪の間などの細かいところまで洗い残しがないようにすることが重要だ。さらに、清潔なハンカチで手をふくことも、せっかく洗った手を清潔に保つためには大切だといえる。

(冬に備えて)
本格的な冬を迎え、新型インフルエンザの感染がどこまで広がるか誰にも予想がつかない。今回のアンケートで、東筑生は脅威を感じっつも、予防が不充分なことがわかった。これ以上感染を拡大しないために正しい知識を身につけ実際に行動することが必要である。皆で力をあわせてこの冬を無事に乗り越えたい。
人類VS感染症
まず、ここではハンデミックの意味を説明してみようと思う。ハンデミックとは「世界的に流行の」という意味で感染症の最大警戒レベルフェー ズ6に相当する。グラフCから分かるように、東筑生に一番知られているハンデミックはスペインかぜである。
スペインかぜは、近年では最大で最強のハンデミックだった。ブタインフルエンザが人間への感染力を得たもので、当時の世界人口の約半数が感染し、4分の1が発症して死者は4000万人にものぼった。
スペインかぜ以前のハンデミックとしては14世紀ヨーロッパで流行したペスト、19世紀にはコレラがある。ペストはひどい発熱、悪寒、痛みで死亡率が高く死者は2000万人から3000万人に達した。
コレラは激しい下痢、脱水症状で死亡する病気で、日本では江戸時代に数十万人の死者が出た。この病気は世界的な流行はおさまっているが現在も死者を増やしている。
新型インフルエンザはスペインかぜとよく似たウィルスの型であり、現在WHO(世界保健機関)によりフェーズ6が宣言され、死者は2月1日の段階で6,071に達した。この人数は少ないようだが、抗生物質が存在する現代における人数なのだ。新型インフルエンザは人間にとって大きな脅威なのである。
国産発の治療薬
2月4日、シオノギ製薬株式会社が厚生労働省にインフルエンザ治療薬 『ベラミビル』 の製造販売の承認申請をした。
この新薬は、タミフル、リレンザに次ぐ第三のインフルエンザ治療薬で、初の国産治療薬だ。ベラミビルは季節性インフルエンザにはもちろん、新型インフルエンザにも同様に効果がある。点滴薬になっており、約15間の点滴一回で投与が済むので、飲み薬や吸入薬と異なり、重症患者や高齢者などにも使用しやすい。シオノギ製薬は2010年の発売と年間300万人分の生産を目指している。小児向けの治療薬も年内に申請する。 このベラミビルは、本校の卒業生である、シオノギ製薬株式会社経営企画部部長で薬学博士の木山竜一先生(79期)と開発薬事部長の岩崎利信先生(80期)が開発に携わっている。最先端医療の現場に東筑の先輩が活躍しているのだ。
若い潮
ラジオの電源をつけて周波数を合わせ、流れてくる音に耳を傾ける。これが最近の夜の過ごし方だ。昔から人の声に魅かれていた私は今でもラジオをよく聴いている。
友人がテレビ番組の話をするのと同様に私も好きなラジオ番組の話をしたいのだが、残念なことに、周囲にはラジオに理解を示してくれる人はおらずラジオ番組の感想が語られるのも聞いたことがない。
ラジオの大きな特長は言葉が厳選されている点だ。ニュースは聴くことでしか認識できないため紛らわしい単語は使われない。また、バラエティ番組のトークは、一つひとつの言葉の面白みを感じられる。なにも人物の表情や動作だけが笑いの対象になるのではない。
『オールナイトニッポン』という番組は日替わりで人気の芸能人がパーソナリティーをつとめており、若者の深夜の楽しみといわれる。また、『ラジオ深夜便』という番組は一晩中静かな音楽を流し続け、お年寄りや騒がしさが苦手な人にとっての癒Lになっているという。このように、ラジオはさまざまな人のニーズにこたえられる番組が数多くある。
そして私が一番おすすめする番組は『SCHOOL OF LOCK!』だ。これは番組のコンセプトが「ラジオの中の学校」であり、全国の学生を対象にしている。他校のユニークな部活動の話や学生特有の悩みなどを聴くことができる。
テレビにはもちろん圧倒的な魅力がある。だがラジオにも独自の良さがあるのだ。たまには目を閉じて、ラジオの音が織り成す世界に浸るのも悪くないはずだ。
光の街への誘い

11月6日から来年1月11日まで、小倉駅周辺と紫川周辺で『小倉イルミネーション2009』が催される。
小倉の街の顔の一つであった小倉そごうが2000年に閉店し、街が寂しくなる中、小倉の活性化を図るため、旧小倉そごう玄関口、井筒屋クロスロード、紫川・鴎外橋の三か所に設置したのが、小倉イルミネーションの始まりである。以前から紫川沿いの樹木へのイルミネーションなどが別個で行われていたが、街としての合同開催はこの年が初めてだった。
現在、イルミネーションは小倉駅周辺ではアミュプラザ小倉、チャチャタウン小倉など、紫川周辺では井筒屋クロスロード、リバーウォーク北九州、鴎外橋、勝山公園などで実施されている。また、鴎外橋西側と小倉城庭園では、市内の学生や企業、団体による手作りのイルミネーションも観賞することができる。
黒崎では11月20日から来年1月11日に『くろさき光のマジカルランド』が開催され、JR黒崎駅前や黒崎井筒屋などでイルミネーションが実施される。
『小倉イルミネーション2009』のテーマは「エコ」だ。リバーウォーク北九州周辺の街路樹や勝山公園のクリスマスツリーなどには、電力消費量が少ないLED電球を使用し、小倉井筒屋クロスロードでは太陽光発電と風力発電を一部使用したマロニエの木が新たに登場した。二酸化炭素排出量の少ない液化石油ガスを燃料とする小倉イルミネーショントレインも小倉城庭園をコースに運行される。
また、今年初の試みで竹灯龍が灯される。北九州市は全国最大級の竹林面積を有している。そめ竹林を保全するための間伐によって生じた間伐竹を使用し、期間終了後には竹炭としてリサイクルされる。竹灯龍は12月5日・6日・23日・24日・25日の17時から20時に、勝山公園、鴎外橋西側橋、円形広場付近で開催される。同日、常盤橋から室町二丁目界隈にてボトルランタンも灯され、イルミネーションとは違った雰囲気を味わうことができる。
環境都市北九州ならではの幻想的な街並みに、足を運んでみてはいかがだろうか。
●部活動訪問記● 一生続ける趣味になる
山岳部
10月4・5日、山岳部の前村百萌さんが、新潟県で行われた国体に福岡県代表として出場し、七位に入賞した。
「国体では、レベルの高い技を見ることができて、勉強になりました。一人ずつ競技を行うため、選手がお互いに応援することができ、勝負に関係なく楽しめました。」と、前村さんは語った。
山岳部員は合計5人。普段の活動は、月・水・金曜日には、高度な技に挑戦し、火・木曜日には持久力を鍛えるために、長時間のクライミングを行っている。千里の道も一歩から。彼らの実力は、この日々の積み重ねでできている。
日頃の活動では、各自が自分のペースで課題に対して取り組んでいるが、大会では、クライミングをやっている仲間と友達になれるという大きな魅力がある。
最後に、皆にクライミングについて尋ねてみると、「毎日の楽しみであり、生きがい。大人になっても続けたいです。」
と、笑った。いつも笑顔を絶やさない山岳部員の、今後の活躍を期待したい。

△ さらなる高みを目指して
ESS部
ESSは現在、二年生部員5人、一年生部員2人で活動している。毎日英語に触れることで、英語力を養うことができる。
今年の7月の県大会では英語劇を行い、3位に入賞することができた。また、9月の弁論大会には3人が県大会へ進出し、ベストを尽くした。
一週間の活動内容は、月・木曜日に県大会に向けての劇の練習、火曜日にALTのセシリア・ラム先生との交流、金曜日に顧問の岡本先生による英文法の指導と発声練習を行っている。劇は主に『ハイスクール・ミュージカル』でDVDを参考に歌とダンスの練習をしている。また、この劇は来年度の文化祭でも公演される。
現在、ESSでは新入部員を募集している。劇のキャストもまだ空いており、途中入部や兼部をしても大丈夫だ。 英語を身につけたい人、劇に興味がある人は一度、ESSの部室を訪れてみてかがだろうか。
東筑の虫 優しい響きはいつまでも
子守り歌は「七つの子」だった。「からす、なぜなくの」で始まるこの有名な童謡の曲名を、幼い頃の私は「からす」だと思っていた。正しい曲名を教えられたとき、いったい何が七つなのだろうと疑問を持った。
からすは一度に七個も卵を産まないので、「七羽の子」という意味ではない。からすの最も長く生きた年齢は7歳2か月のため、「七歳の子」では大変な長寿になってしまう。それでは「まるいめをした、いいこだよ」という歌詞から受ける、子供らしい印象にそぐわない。
実は、「七つの子」には七五三の風習が隠されている。医学が発達していなかった昔は子供の死亡率が非常に高かった。無事に七歳を迎えられた祝いと、子供の将来の無病息災への祈りが、七五三の風習を生み、育んだ。ひなを見て「かわい、かわい」と鳴く親鳥。可愛い「七つの子」を見守るその姿は、我が子の成長を喜ぶ人間の親の姿そのものである。親が子を慈しむ気持ちは昔から変わらない。童謡の不朽の旋律に乗って、想いは受け継がれていく。
周囲の大人たちの影響で、幼少の頃から童謡や童話に人一倍親しんできた。友人と遊ぶとき、遊具がなければ「かごめかごめ」や「花いちもんめ」、「とおりやんせ」をし、日が暮れると「夕やけ小やけ」を歌いながら家路についた。
その単調で物寂しい旋律と、耳慣れない言葉づかい、理解しがたい歌詞や怪談めいた解釈に違和感をおぼえ、童謡を好まなくなった時期があった。しかし、街に溢れる雑多な音に疲れてしまったとき、童謡は郷愁を伴って、すんなりと耳に入ってきた。私が感じていた想いは懐かしさだった。幼い頃、最も近くにあった旋律は、懐かしい友人の笑顔や走り回った景色と二重写しになって、今も私の中に息づいている。
私が「七つの子」であった頃にはもう戻れない。巣で親鳥を待つのではなく、自らの力で空を飛ばなければならない。焦燥や不安を拭いきれない日々の中で、童謡の優しい響ききは幼い日の自分を思い出させ、現在の自分を支えてくれる。
安全な校舎に
今年東筑高校は創立111年を迎えた。管理棟は建設されて56年、教室棟は36年が経つ。地震が起きた際の安全を保障するため、今回工事が行われることになった。
工事は二期に分けて行われる。第一期は教室棟の耐震補強で、現在管理棟の職員室前にある鉄骨を教室棟の両側に設置していく。これによって大きな地震が起きても安全が保障される。一部工事期間中は窓の開閉ができず、振動音が出てしまうが、安全のためには必要なことなのだ。
第二期は管理棟の改築だ。この工事は来年5月から開始され、バリアフリー設計のもと、多くの工夫をこらしている。管理棟は階段がなくなり教室棟と同じ高さになる。これにより授業間の移動がスムーズになる。また、中央に廊下が通り、その両側に教室や職員室が造られる。これにより2階を通って体育館に行くことが可能になり、考査期間などで職員室に入れないとき、職員室の中の先生を窓から呼ぶこともできるようになる。さらに3階には二つの講義室が造られる。このうち一つは一般の教室に比べ一回り大きく、150人の生徒が授業を受けることができる。可動式の壁で二部屋にすることも可能だ。
これらの工事は二年をかけて行われる。二年生、三年生は残念ながら完成した校舎を見ることはできないが、一年生と今後入学する後輩たちが、新しい校舎で新しい伝統を築いていってくれるだろう。
編集後記
先輩の偉大さを改めて知る今日この頃です。葵が出藍の誉れと言われる日は来るのか…。二学期も佳境。寒さに負けずに日々精進!(葵)
冬の寒さが苦手な私。名前のように冬にも負けない強さを持ちたいものだ。毎朝温かい布団にくるまれながらそう思う。(寒椿)
バスの窓にもたれると、制服の肩を濡らす結露。水を払う指に冷たく染みるが、それの拡散させる光は美しいと思う。(鬼灯)
門司港レトロで買ったオルゴールボール。ビー玉ほどの大きさでネックレスとして身につけられる。ふとした瞬間聴こえでくる音が私の心を癒してくれる。
(雪柳)
毎朝、まだ寝惚けている私に我が家の犬は飛びついてくる。「朝だよ、起きて。」と起こしてくれる姿がかわいくてたまらない。(如月)
お土産に貰った英国産キットカット。銀紙に包まれた真っ赤な愛らしいパッケージに感激したが、味までもがイギリス風だった。 (辜月)
最近、卵の黄身を納豆に入れ、白身は目玉焼きのように焼く。白身の焼き加減は半熟、味つけは塩胡椒。これが私のこだわり。(清明)
家族で紅葉狩りに行った。あいにくの雨だったが濡れた葉もまた美しいものだ。久しぶりに家族全員で乗った車は覚えていたよりも狭く、それ故に
暖かかった。 (霜降)
ハンデミックを調べると人類の歴史は感染症との闘いだとわかります。あぁ、クリスマスの電飾が細菌のコロニーに見えるー。(サファイア)
今は時代を代表する歌が存在しない、と言えば、君たちは反論するだろう。でも、40歳になった時、君たちは何を歌っているだろうか。(B&W)
第256号 平成21年 7月17日(金)発行
基礎固めのの夏! ~参考書・勉強法のすすめ~
十分な時間の取れる夏は学力をつける絶好の機会。どのような勉強をしたらよいのか迷っている人も多いだろう。
そこで、先生へのインタビューと書店への取材を行い、おすすめの参考書や勉強法を調べてみた。
これを夏休みの勉強の参考にしてもらえると幸いだ。
~今の売れ筋はコレ!!~
今回売れ行きを調べるにあたって、白石書店の江藤さんにお話を伺った。白石書店ではレベル別、教科別の『チャート式』(数研出版)や、『○○の点数が面白いほどとれる本』(中経出版)などのシリーズが売れている。他にも、英語は『速読英単語』(Z会出版)、化学は『センター試験でた順ヒキョーな化学』(星雲社)などが人気。著者別では、化学の鎌田真彰、日本史の金谷俊一郎、竹内陸泰、生物の田部眞哉など、有名講師の本が売れている。大学入試の定番である赤本(教学社)、黒本(河合出版)は3年生だけでなく、1・2年生も買っている。
~先生のおすすめはコレ!!~
【1年】
国語 =『基礎から解釈へ漢文必携』(桐原書店)
語彙編は、意味調べに使えて便利だ。この本の中の白文を自分の力で書き下し、訳すことで文法構造が自然に分かるようになる。
数学 =『FOCUS UP』(啓林館)
東筑で長年愛用されている。この問題集のおかげで、109期生は全国ベスト10入りとなった。きちんと自分の力で解こう。
英語 =『総合英語 Forset』(桐原書店)
分からないところを、小説を読むように熟読することが大切だ。目立つところに置いて、まめに使うようにしよう。
・学年主任 幸田先生より
1年の夏には、1学期に学習した国・数・英の積み残しを完壁に無くすこと。勉強と部活の両立を目指して頑張れ。メンタル面でもアツい夏に。
【2年】
国語 =『船口の最強の現代文』(学研)
時間がある夏だからこそ、現代文の読み方と解き方の両方を、じっくりと時間をかけて身につけてほしい。
数学 =『4STEP』(数研出版)、『FOCUS UP』(啓林館)
現在使用中の教材を大切にしてほしい。この二冊と教科書をやり直して、自分の弱点を克服するのがベストだ。
英語 =『メイントップ英文法』(山口書店)、『NEW・山口英文法講義の実況中継』(語学研究社)
一年次の総復習に時間をかけてほしい。自分の実力を踏まえた勉強を。
・学年主任 富永先生より
今の成績に甘んじることなく、高い目標を持って頑張れ。
【3年】
国語 = 今まで使った問題集
夏は基礎力をつける最後のチャンス。古典は単語・文法を再確認し、現代文は週末課題を解き直すとよい。手で書いて学習するのがポイントだ。
数学 =『FOCUS UP』(啓林館)
必須内容を網羅しており、使いやすい。レベルも東筑生にぴったりだ。何度も繰り返して力をつけ、赤本に挑戦だ。
英語 =『原田健作の自由英作文が面白いほど書けるスペシャルレクチャー』(中経出版)
作文は入試で配点が高い。勉強すると絶対に得だ。
・学年主任 小森先生より
入試は出題傾向がはっきりしているので、分析して対策をとると結果が大きく変わります。傾向を掴む情報処理能力と自己管理能力が試されているかもしれません。時間の取れる夏は最大のチャンス。
108期生の奮起を期待しています。
~夏に向けて~
今回、先生方におすすめの参考書を教えていただいたが、ほとんどの先生が、今ある教材を大切にとおっしゃっていた。 学校で購入している教材はどれも精選されたものだ。何度も繰り返し学習して碓実に自分のものにしよう。
~先輩からのアドバイス~
授業の復習とテストの問題のやり直しをし、分からないことは理解するまで学習することが大切。
これを徹底すると学力は伸びると思う。
また、先生に上手に頼ることも大切。
・参考書
『チャート式』 (数研出版)、『クリアー』(数研出版)、『らくらくマスター』(河合出版)
107期 M先輩 産業医科大学医学部医学科
受験勉強は赤本が一番。また、数学は問題を解きなおしたり、英語は単語帳を見たりするといい。
でもまずは何かをするべきだと思う。
弱点を潰すとか、貯金を作るとか。あと、息抜きも時々する。
・参考書
『マドンナ古文単語二三〇』(学研)
107期 U先輩 京都大学文学部
赤本は必ず解くこと。国語は第三者に添削してもらい、もう一度解くと力になる。夏休みは計画をたてると時間を有効利用できる。
107期 Y先輩 九州大学工学部
勝った~~~悲願達成!
試合内容
6月9日午後2時に第19回定期戦が始まった。
まず1回表、小倉に1点を先制される。しかし3回裏、死球とツーベースヒットでつなぎ、2本の内野ゴロの間に2点を入れ逆転した。次の小倉の攻撃で1を返され同点になるも、東筑は5回裏1・2塁のチャンスを迎え、5番田中のタイムリーヒットにより2点を加えた。その後両校一進一退の攻防を続け、ついに最終回。両校の応援も最高潮に達した時、小倉の連打によって満塁のピンチを迎えた東筑は、ピッチャーを新垣から扇に交代した。四球によって1点を返されるも最後の一人を空振り三振に抑え試合終了。新垣・扇両投手の好投に東筑打線が応え、4年ぶりの定期戦勝利を収めた。
インタビュー
私たち新聞部は、今回の定期戦を勝利へと導いた方々にインタビューを行った。
勝つのはいいね。夏の大会に向けていいステップになった。
応援ありがとうございました。 青野浩彦監督
学校をあげて応援して下さり、東筑全体が一つになれて良かったです。 白石隆貴主将
今の三年生たちに勝利をプレゼントしようと思って投げました。 扇康太投手
マウンドに立っていて歓声が力になりました。感謝でいっぱいです。 新垣貴大投手
応援部の話を皆が聞いてくれて、いい応援ができました。 小田周団長
今年の定期戦は接戦でバラバラドキドキしました。 秋月亮介前団長
若い潮 変わっていく私
今年の夏に引っ越すことになった。この話を初めて聞いた時は悲しかった。
自分にとって引っ越しのような大きな変化は初めてで、一五年間住み慣れた我が家を離れることに大きな抵抗があったし、新しい環境に慣れることができるかも不安だった。しかし、引っ越し先の新居に家族全員で行き、その良さを実感すると、意外にもあっさりと気が変わり、引っ越しの日が楽しみになった。
引っ越しに向けて家を整理していると、懐かしいものが次々と出てきた。
昔のアルハムを開くと、しばらく見ていない顔がたくさんあった。幼い頃毎日のように遊んでいた玩具は、押し入れの奥にしまわれ、ほこりをかぶっていた。引っ越しのように大きな変化が無い限り、私の身の周りのものはずっと変わらないと思っていた。だが、同じ家に住み続けていても、好きな本も、遊びも、親しい人までも随分変わっていた。
これから大学入試に向けて、生活習慣を変えて行く。来年の今頃は今と違う新しい環境の中で生きているだろう。私の周りも、私自身も、大きく変化しているはずだ。
私はこれまで変化におびえていた。だが、それは恐れることではない。変化は大なり小なり、毎日起きていることだから。どんな変化であっても、前向きに捉え、自分の力に変えていきたい。難しい生き方だと思うが、そう生きていきたい。
小倉文学散歩 ~作家たちの足跡を巡る~
北九州の作家たち
『点と線』、『砂の器』などで有名な作家、松本清張が今年生誕百周年を迎える。彼は現在の北九州市小倉北区に生まれ、44歳までこの地で過ごした、北九州市と深い緑を持つ作家だ。ここは彼の他にも、森鴎外や杉田久女など、多くの文学者と関わりがある。そこで私たちは、観光ボランティアの浅利さんと共に小倉に残る彼らに縁のある場所を訪ねて歩いた。
小倉の史跡見学
最初に訪れたのは、明治の文豪森鴎外が住んだ場所だ。彼は1899年から2年半小倉に滞在し、講演や新聞への寄稿を行い、この地の文学を発展させた。
彼が小倉で最初に住んだ家は復元され、当時の閑静な仔まいを今に伝えている。この家で『即興詩人』の名訳が生まれ、後にこの家を舞台に『鶏』『小倉日記』が書かれた。この所在地は小倉時代の鴎外の研究に生涯を捧げた田上耕作の調査により判明し、清張がこの史実を元に『或る「小倉日記」伝』を書いた。
小倉駅を出てすぐの所に森鴎外京町住居跡碑が建てられている。これは鴎外が小倉で二度目に住んだ家を記念して建てられた。ここを舞台にした作品に『独身』がある。
次に私たちは無法松の碑へ向かった。無法松は岩下俊作が書いた『富島松五郎博』の主人公だ。
作品が『無法松の一生』という題で映画化され、彼は全国で親しまれた。
続いて杉田久女句碑へ向かった。久女は情熱的な句を多く作った女性俳句の先駆者で、40年間小倉で暮らした。清張は久女を主人公のモデルにし、『菊枕』という作品を書いている。
その後、私たちは北九州市立文学館を訪れた。鴎外、俊作、久女をはじめ、郷土に緑のある作家の資料を展示しており、郷土の多彩な文芸土壌を知ることができる。館内を案内して下さった宮地さんは「自分と同じ地で生きた作家が活躍したことは嬉しく、誇りに思う。」と語って下さった。
最後に松本清張記念館を訪れた。
清張は社会派推理小説ブームの先駆けとなった作家だ。デビューは四〇代と遅咲きだが、生涯で千篇以上の作品を書いた。記念館では彼の広範囲にわたる創作活動を多数の展示品と共に紹介しており、中でも22メートルの年表は迫力がある。
東京都杉並区の自宅の再現展示では、彼の創作の場所である書斎や約三万冊の蔵書を見ることができる。
現在、彼の生誕百周年を記念し、「1909年生まれの作家たち」という特別企画展が行われている。
大岡昇平、中島敦、太宰治、埴谷雄高、松本清張という同い年の五人の作家の人生を比較しながら見ることができる。各地の文学館や記念館から収集した、肉筆原稿をはじめとする資料は見ごたえがある。同展は8月31日まで開かれているので、是非訪れてほしい。
まとめ
このように私たちの郷土で多くの文学者が活躍してきた。これらの作品は本校図書館にも収められているので、触れてみてはいかがだろう。
リサイクルマナーに物申す!
気にしている?
私たちがこの東筑高校で生活するうえで、毎日目に入る物のなかに古紙回収ボックスがある。最近、ボックスの利用マナーが悪い。ということで古紙回収に携わる人々に話を聞いてみた。これを機会に古紙回収ボックスの使い方を考えてみたい。
委員長の訴え
回収ボックスに集められた古紙は環境衛生委員と家庭クラブ委員によって分別されている。古紙の回収率は高く、たくさん集まっているが、きちんと分別されていないことに困っているとのことだ。そこで、環境衛生の迫委員長、高巣副委員長と家庭クラブの長尾委員長に古紙回収のマナーを聞いた。守って欲しいことは、古紙は両面印刷と片面印刷とに分け、ひろげて入れること。名前などの個人情報が漏れないようにすること。紙のサイズを揃えることである。また、紙が丸められていたり、靴、消しゴム、菓子くず、2・3年生の教科書などが捨てられていたこともあり、絶対にごみ箱代わりにしないで欲しいとのことだ。以上のことを守って、どんどん古紙回収に協力して欲しい。
古紙の行方
古紙回収ボックスに集められた古紙はどうなるのだろうか。両面印刷された紙はリサイクルに出され、片面だけ使用された紙は裏紙として使われている。
注目すべきはメモ帳の存在だろう。石川先生が時間を見つけて作ってくださっているもので、主に三年生が使っている。メモ帳がすぐになくなる年は特に素晴らしい進学実績を残している、と石川先生が教えて下さった。少しでも生徒の役に立ちたいという願還りつつも、短期間で多くの経験いの込められたメモ帳は、様々な大きさに作られて、職員室の前に置かれている。勉強のお供にメモ帳を使ってみはいかがだろうか。
皆の味方 古紙回収
今回の特集で、古紙回収には多くの人々が関わっていることが分かってもらえただろう。古紙を回収することで、ゴミが減り、なおかつ私たちの勉強がよりはかどる。リサイクルが叫ばれている今、古紙回収とはまさに一石二鳥の妙案ではないだろうか。
東筑の虫
明治時代、明治政府は文明開化・殖産興業を推進するために、多くの外国人を招聘した。「お雇い外国人」である。
ケーベル先生もその一人だった。1893年から1923年まで日本に滞在し、東京帝国大学と東京音楽学校で教鞭をとった。日本哲学の基礎を築き、日本の発展に貢献してくれた人であり、あの夏目漱石も尊敬していて、「ケーベル先生」「ケーベル先生の告別」という短編小説を残している。
ケーベル先生は31年間日本に滞在し、日本の地で生涯を閉じた。そんなケーベル先生は日本を理解し、愛し、発展へと導いた外国人である。
「Boys,be ambitious!」で有名なクラーク、薬師寺東塔を「凍れる音楽」と表現したフェノロサ、大森貝塚の発掘に関わったモースもきっとケーベル先生と同じなのだろう。
これらの外国人は日本の古くからの伝統を新たな視点で評価し、私たちに文化の価値を再発見させてくれた。 しかしその一方で、「廃仏毀釈」が明治政府によって実施され、全国的に寺院・仏像などの破壊が続出した。大切な遺産が次々と失われていった。
明治という激動の時代には、多くの重要なものが入ってきて、多くの大切なものがなくなった。年号は、大正、昭和、平成と移り変わりー
そして、現在、東筑高校は一つの節目を迎えようとしている。本館が今年の1月から建てかわるのだ。しかしここで、明治時代の轍を踏んではいけない。東筑で培われてきた大切な伝統をなくしてしまってはいけないのだ。新しいものを創造しつつ、大切なものを残していこうではないか。このことが大切ではないでしょうか。
編集後記
新聞部の皆、今までありがとう。三年生は受験という戦いに出陣しますが、二年生と一年生で頑張ってね。大丈夫、新聞部は。Yes,we can! (藍)
「Change」に満ちた約2年間でした。入部当初と比べ、ずいぶん成長したのを感じます。新聞部ファミリーの皆さん、本当にありがとう。 (紅梅)
私のPN常磐は「変わらぬ緑の常緑樹」という意味だ。新聞部の思い出も私の心にいつまでも鮮明に残るだろう。(常盤)
この号をもって先輩方は引退。僕たちが受け継いだ記者魂は、これからも新聞に載せて届け続けます。本当にありがとうございました! (葵)
我が家の庭にある畑。今年は胡瓜や苦瓜が実をつけている。夏のの訪れはもうすぐそこに。 (寒椿)
日々暑くなっていくが夜風は涼しい。宿題の合間に窓を開け、静寂を感じる。繭のような夜を夢想した。(鬼灯)
4月に蒔いた向日葵の種。すぐに双葉が顔をだした。空に向かって伸びていく、そんな姿に憧れる。 (雪柳)
初めまして。新入部員です。 この一学期号に至るまで、怒涛の勢いで毎日が流れていったような気がします。先輩方の足を引っ張りつつも、短期間で多くの経験を積むことができました。これから更に経験を積んでいきたいです。まだまだ未熟な私たちですが、一生懸命頑張ります。 (寒露、如月、辜月、清明、霜降)
新聞部は多くの新人を迎え、未曾有の好景気に沸いています。たくさんの号外出すので読んで下さいね。 (サファイア)
十兎を追えば六兎くらいは得られる。 (B&W)
第255号 平成21年 3月 1日(日)発行
卒業おめでとう
羽ばたけ107期生! 学校長 増田俊明
107期生の皆さん、卒業おめでとうございます。
皆さんがこの歴史と伝統に輝く東筑高校に入学してから、早いもので3年が経ちました。107期生は開校以来初めて女子が多い学年ということで、どうなるものかと心配しておりましたが、学年を追うごとに成長し、学校行事等の折々で見せる皆さんの活躍する姿には目を見張るものがありました。
勉学では、「高い志」を持ち、早い段階から自己の将来を見据えて進路目標を定め、その実現に向けて切磋琢磨し、素晴らしい成果を挙げてきました。また、創立110周年記念式典や記念文化祭・記念体育祭などの学校行事や、それぞれの部活動において全力を尽くす皆さんの姿は後輩達の模範となっていました。私は、体育祭での2年連続優勝をはじめとして、皆さんが様々な体験を積み重ねるなかで多くのことを学び、たくさんの友情を育み、そして達しく成長してきたと実感しております。
皆さんは、本日をもって、思い出のたくさん詰まった東筑高校を巣立っていきます。将来への希望に燃え、心も弾んでいることでしょう。卒業の喜びは皆さんの努力の賜であるとは思いますが、保護者の皆様を始めとして、地域社会の皆さんや諸先生方の限りない慈しみと深い愛情とご指導の賜であるということも忘れないでください。
これから皆さんが踏み出す社会は、混沌として先の読みづらい状況にあり、多くの問題が皆さんを待ち構えていることと思います。しかし、そのような中にあっても、東筑高校の多くの先輩方はさまざまな分野で立派に活躍されています。これから皆さんは素晴らしい先輩方と出会い、改めて東筑高校の栄えある歴史と伝統の重みを実感することでしょう。私は、皆さんがその先輩方を道標としながら、自分の夢の実現を目指し、これからの時代の担い手として、社会に貢献できる人物になってほしいと願っております。
結びになりますが、母校東筑高校は、これからも皆さんが新しい世界で活躍する姿を温かく見守り、応援しています。いつでも母校を皆さんの原点として訪ねてきてください。107期生の皆さんの今後の益々のご活躍を祈念しております。
結びに、母校「東筑」は、これから皆さんが新しい世界で活躍する姿を温かく見守っています。いつでも母校を皆さんの原点として訪ねてください。
流されずに、常に前へ!健闘を祈ります。 3学年主任 児玉幸子
107期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。諸君が入学してきた時はこの日がずっと遠くのように思えましたが、過ぎてみると瞬く間でした。毎日の予習や課題、早朝朝課外授業、ハードな部活動の練習など、入学時はとてもつらく思えたことも、今では難なくできるようになり、悩んだあの頃が不思議なくらいですね。体育祭・文化祭などの行事を節目としながら、諸君はお互いの友情や絆を強め、東筑の107期として大きな力に育っていきました。特に3年生になってからの結束力は目をみはるものがありましたね。
現代の社会は成功するチャンスも大きくなりましたがリスクも大きい社会です。変化のスピードも速く、常に新しいことに挑戦することが求められています。いま東筑から飛び立とうとしている皆さんの行く手は順風満帆では無い時もあるかもしれませんが、困難に直面したら、107期の仲間を、苦楽を共にした日々を思い出してください。この高校で諸君が学んだこと、感動したこと、辛かったこと、全てが君たちを支えてくれます。「身はすこやかに 気宇ひろく」のことく、君たちは持ち前の東筑魂でどんな困難にも堂々と立ち向って自分の道を切り開くことができると信じています。自分でよく考えて、安きに流されることなく、自分の速度で常に前に進んでください。
東筑は君たちの原点です。かけがえのない時を君たちと共に過ごす機会に恵まれたことは幸せであったのだと、諸君を送り出す今しみじみと感じています。
最後に諸君の前途洋々たる船出にあたって池田晶子氏の言葉を贈ります。
『「存在する」ということは奇跡だ。存在する限りのあらゆることが奇跡であり、したがって謎なのだという絶対の真理を手放さないのであれば、君はこれからの人生、この世の中で、いろんなことがあるけれども、悩まずに考えてゆくことができるはずだ。そのためにこそ、人間には、考える精神があるんだ。』
贈る言葉
3年1組担任
卒業おめでとう。たった1年間でしたが、男クラではなく女子が9人もいたので楽しく過ごせました。
3年2組担任
「夢に向かって挑戦し続ける者だけが夢を掴む」 多士済々の107期生の未来に幸多かれ!
3年3組担任
俺と言葉をかわし俺を愛してくれたすべてのヤツに感謝したい 卒業 おめでとう!
3年4組担任
「実るほど頭わ垂れる稲穂かな」順調に物事が進んでいる時にこそ謙虚な気持ちを忘れないように。
3年5組担任
107期生一人一人が優しさはそのままに、更に逞しく成長し、活躍していくことを願っています。
3年6組担任
いろいろな事に挑戦して豊かな人生を!何もせず後悔するより、して後悔する方がいいと思わない?
3年7組担任
I believe you can do anything with your personality.
3年8組担任
人の生くるは直し。これを罔いて生くるは、幸にして免るるなり。今後の活躍を祈っています。
3年9組担任
卒業おめでとう。「人別れて三日、刮目して相侍すべし。」再び相見えん折を愉しみにしています。
校名額・校章 除幕式
12月6日に校名額と校章の除幕式が行われた。校名額と校章の設置は110周年を記念したもので、東筑の精神を後世に伝えたいという思いがこめられている。
校名額を揮竜なさった安部先生は「恥ずかしいという気持ちはありますが、東筑高校の表札ともいえる校名額を書くことができて嬉しいです。」とおっしゃった。小野東筑会会長と増田校長先生は「東筑の伝統を守り、東筑生として頑張ってほしい。」とのことだ。
正門の石段を上がり、一息つくと目に入る校名額と校章。東筑の新たな歴史を刻むことになるだろう。
若い潮
ある生命保険会社が毎年出している人気の名前ランキングトップ10を見た。
2008年、最も人気があった名前は女の子が「陽莱」、男の子が「大翔」だった。その次が「結衣」、「悠斗」、そして「葵」、「陽向」と続く。また最近は、女の子はひらがな、男の子は「悠」や「翔」を使う名前が人気上昇中だ。
これを見て、私たちの世代とはずいぶん違うと感じた人が多いだろう。では、私たち90年代初期生まれに多い名前は何なのか、調べてみた。第1位は女の子が「美咲」、男の子が「翔太」である。次が「愛」、「拓也」、そして「美穂」、「健太」、「彩」、「大樹」と続く。どれも私たちにとってはなじみ深い名前であり、クラスを見渡すと一人や二人必ずいるといっても過言ではない。しかし、現在生まれた子供たちにとっては「昔の名前」になるかもしれない。そう考えると少し複雑である。
名前にも人気や流行がある。しかし、それを意識して名前を付ける親は少ないだろう。子供が幸せになりますように、賢くなりますように、丈夫に育ちますように…。そんな願い、祝福と共に親は私たちに「名前」という贈り物を与えてくれる。
最近、古典の授業で「言霊思想」について学んだ。言葉には霊力が宿っており、表現したものを現実に出現させるという日本古来の思想である。結婚式で「破れる」、「切れる」などの言葉を使わないのも、「葦」が「悪し」に通じるのを忌んで「よし」と言い換えるのも言霊思想に由来するものだ。
「名前」にもやはり霊力が宿っている。「名は体を表す」というが、まさに名前がその人の人格そのものを表しているのである。
名前は人が親から一番最初に貰っ贈り物だ。あなたの名前にはどんな思いやエピソードがつまっていますか?
折尾いいとこマップ
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東筑生にとってなじみ深いまち、折尾。多くの人で賑わっている
このまちには、ほっと一息つけるスポットやおいしい食べ物が
数多くある。今回はその中でも、東筑生がよく利用する場所を
取材した。多忙な学校生活の息抜きに、訪れてみてはどうだろう。
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◆ゆめ広場
オリオンプラザ1階にある無料で利用可能なボランティアによる憩いの場。バザーやバイオリンコンサートなどが行われている。様々な世代との交流ができ、心が和む。
◆さんさん
ボリューム満点のお好み焼きが280円。持ち帰りもできる。
◆さんさん
朝早くから開いているお餅屋さん。あんこもち、よもぎもち、いきなり団子などを売っていて、学生割引がある。なくなり次第終了。
◆餃子兄弟
店名にあるように、お勧めのメニューは餃子だ。皮を手作りし、真心込めて作られる餃子は、とても美味しい。焼き餃子、水餃子は共に8個450円だ。
◆東筑軒
かしわ飯は650円からあり、駅構内で売っている。プラットホームの売り子さんは全国的に有名。
◆鶴の湯
創業以来35年間、地域の人に親しまれているお風呂やさん。大人(中学生以上)1回410円。
◆焼き鳥あすか
駅構内にて焼き鳥を販売している。1本100円から120円。豚バラやとり軟骨が人気。
◆たこ大王
店主の竹井さんの声がいつも聞こえてくる元気な店だ。大きなたこ焼きは、外はかりっと、中はふわっとした食感で、5個300円だ。お客さんは1日100人を超える。その美味しさは要チェックだ。
◆ヘアーサロンきよみ
18年前、野球部が甲子園に出場して以来、OBや現役生と温かな交流を続けている理髪店。
◆ST東筑
5年以上前からこの場所で営業している。学生が入りやすい雰囲気の店舗はいつも多くの東筑生で賑わっている。コピー機や電気ポットも利用できる。
クラウンバン訪問記 ~他校と見学 パンの誘惑~
私たち新聞部は、年に3回ほど他校の新聞部と共に合同取材を行っている。今回は八幡東区にあるクラウンパンの工場を訪れた。
クラウンパンは、お店に出すパンに加えて、中学校や高校にパンの配達もしている。また、学校給食用に毎日4万食ものパンや米飯を作っている。パン作りの工程は次の通りだ。まず、材料を混ぜ合わせて生地を作り発酵させる。次に、生地を型にいれ、ベルトコンベヤーに乗せる。ベルトコンベヤーはオーブンの中を通り、焼けたパンは型から外され、さらにベルトコンベヤーで運ばれ包装され、でき上がる。工場内は、清潔に保たれているのはもちろん、アレルギーの人のために万全の対策を行っている。毎日生産ラインをピカピカに磨き上げて、アレルゲンとなる原料の混入を防いでいるのだ。
さて、黒崎駅や博多駅にある、焼きたてのミニクロワッサンを売っているミニヨンという店を知っているだろうか。駅いっぱいに芳ばしい匂いを漂わせ、少量から買えるので小腹がすいているとつい買ってしまう。ミニクロワッサンなら工場で作った生地を焼くだけの工程なので、その場で焼いて売ろう、ということで、平成8年にクラウンパンが始めた。最初は1日30万円の売り上げ予想だったが、今ではいつも行列ができ、たった7坪の店舗で1日90万円、多い時にはなんと120万円の売り上げを誇る。
この人気の秘訣はすべてを機械に任せないところだ。ある工程を機械ではなく手作業でやることで、なぜかおいしさが増すというのである。今度ミニヨンの前を通った時には、ぜひ食べてみてほしい。
サクッとした中にも柔らかさや弾力があり、甘い香りが口全体に広がる。
最後に、この見学をガイドしてくれた永久浩己さんから、「五感を鍛えて下さい」と言葉をいただいた。おいしいパンを作るには機械任せにしない。気温・湿度・原材料などの条件は日々変化するので、それを職人が見極める。そのためには、自分の感覚を研ぎすます必要があるのだ。
食に対する安全性が見直されている今、消費者である私たちも、食品の味や安全性を感じる力を高めたいと感じた取材だった。
編集後記
3年生の先輩方、卒業おめでとうございます。先輩方が引退した後、1年生と2年生で苦戦しながらの新聞作りを通じ、改めて先輩達の偉大さを感じる毎日です。また遊びに来て下さいね。(藍)
セールという言葉に弱いです。お買い得品を見るともう駄目。思わず買っちゃいます。欲しかった服をバーゲンで半額で買った日は幸せが倍増です。(紅梅)
3学期も終わろうとしている今になって、このクラスで過ごす時間を貴重に感じる。日常の幸せはつい見逃してしまうけれど、これからの日々を大切にしていきたい。(常磐)
イオンに久々に行きました。父と夕食の鍋の食材を選んだ後に、少しゲームセンターに寄りました。戦利品は約17cmの悟空のフィギュア。今日も勉強中の私に喝を入れてくれています。(葵)
修学旅行で長野に行った。特急列車の車窓から見えたのは雪に覆われた景色。歓声を上げると共に、初めて体験する銀世界に感動した。カメラのメモリーにはその風景が詰まっている。(寒椿)
どうやら雪を連れて帰ってきたようだ。修学旅行の帰り道、電車から降りると強い風に舞う雪が私を迎えた。雪の向こうにわが街の灯が親しげに瞬いた。
(鬼灯)
我が家は冬になるとエンゲル係数が高くなる。行事が多いということもあるが、一番の理由は家族の誕生日が集中しているからだ。体重も気になるが、そんな冬を楽しみにしている。(雪柳)
植木さん、森さん、卒業おめでとう! 110周年記念文化祭で活躍する姿が今も脳裏に浮かびます。
二人の人生が幸多いものになりますように。 (サファイア)
「いい戦争と悪い戦争があると思っているのか。」
There never was a good war or a bad peace. (B&W)
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