| 東筑高校新聞 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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母校生徒による構内新聞ですが、楽しい学校生活の様子が伺え、一方では社会問題など非常に優れた記事が掲載されて 文中表記は記事のママ掲載しています。 (誤植かと気になる部分もありますが、原文改訂を回避しそのままにしております) |
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| 【第255号】 平成21年3月1日(日)発行 | ||||||||||||||||||||
| 卒業おめでとう | ||||||||||||||||||||
| 羽ばたけ107期生! 学校長 増田俊明 107期生の皆さん、卒業おめでとうございます。 皆さんがこの歴史と伝統に輝く東筑高校に入学してから、早いもので3年が経ちました。107期生は開校以来初めて女子が多い学年ということで、どうなるものかと心配しておりましたが、学年を追うごとに成長し、学校行事等の折々で見せる皆さんの活躍する姿には目を見張るものがありました。 勉学では、「高い志」を持ち、早い段階から自己の将来を見据えて進路目標を定め、その実現に向けて切磋琢磨し、素晴らしい成果を挙げてきました。また、創立110周年記念式典や記念文化祭・記念体育祭などの学校行事や、それぞれの部活動において全力を尽くす皆さんの姿は後輩達の模範となっていました。私は、体育祭での2年連続優勝をはじめとして、皆さんが様々な体験を積み重ねるなかで多くのことを学び、たくさんの友情を育み、そして達しく成長してきたと実感しております。 皆さんは、本日をもって、思い出のたくさん詰まった東筑高校を巣立っていきます。将来への希望に燃え、心も弾んでいることでしょう。卒業の喜びは皆さんの努力の賜であるとは思いますが、保護者の皆様を始めとして、地域社会の皆さんや諸先生方の限りない慈しみと深い愛情とご指導の賜であるということも忘れないでください。 これから皆さんが踏み出す社会は、混沌として先の読みづらい状況にあり、多くの問題が皆さんを待ち構えていることと思います。しかし、そのような中にあっても、東筑高校の多くの先輩方はさまざまな分野で立派に活躍されています。これから皆さんは素晴らしい先輩方と出会い、改めて東筑高校の栄えある歴史と伝統の重みを実感することでしょう。私は、皆さんがその先輩方を道標としながら、自分の夢の実現を目指し、これからの時代の担い手として、社会に貢献できる人物になってほしいと願っております。 結びになりますが、母校東筑高校は、これからも皆さんが新しい世界で活躍する姿を温かく見守り、応援しています。いつでも母校を皆さんの原点として訪ねてきてください。107期生の皆さんの今後の益々のご活躍を祈念しております。 結びに、母校「東筑」は、これから皆さんが新しい世界で活躍する姿を温かく見守っています。いつでも母校を皆さんの原点として訪ねてください。 |
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| 流されずに、常に前へ!健闘を祈ります。 3学年主任 児玉幸子
107期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。諸君が入学してきた時はこの日がずっと遠くのように思えましたが、過ぎてみると瞬く間でした。毎日の予習や課題、早朝朝課外授業、ハードな部活動の練習など、入学時はとてもつらく思えたことも、今では難なくできるようになり、悩んだあの頃が不思議なくらいですね。体育祭・文化祭などの行事を節目としながら、諸君はお互いの友情や絆を強め、東筑の107期として大きな力に育っていきました。特に3年生になってからの結束力は目をみはるものがありましたね。 現代の社会は成功するチャンスも大きくなりましたがリスクも大きい社会です。変化のスピードも速く、常に新しいことに挑戦することが求められています。いま東筑から飛び立とうとしている皆さんの行く手は順風満帆では無い時もあるかもしれませんが、困難に直面したら、107期の仲間を、苦楽を共にした日々を思い出してください。この高校で諸君が学んだこと、感動したこと、辛かったこと、全てが君たちを支えてくれます。「身はすこやかに 気宇ひろく」のことく、君たちは持ち前の東筑魂でどんな困難にも堂々と立ち向って自分の道を切り開くことができると信じています。自分でよく考えて、安きに流されることなく、自分の速度で常に前に進んでください。 東筑は君たちの原点です。かけがえのない時を君たちと共に過ごす機会に恵まれたことは幸せであったのだと、諸君を送り出す今しみじみと感じています。 最後に諸君の前途洋々たる船出にあたって池田晶子氏の言葉を贈ります。 『「存在する」ということは奇跡だ。存在する限りのあらゆることが奇跡であり、したがって謎なのだという絶対の真理を手放さないのであれば、君はこれからの人生、この世の中で、いろんなことがあるけれども、悩まずに考えてゆくことができるはずだ。そのためにこそ、人間には、考える精神があるんだ。』 |
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| 校名額・校章 除幕式 | ||||||||||||||||||||
| 12月6日に校名額と校章の除幕式が行われた。校名額と校章の設置は110周年を記念したもので、東筑の精神を後世に伝えたいという思いがこめられている。 校名額を揮竜なさった安部先生は「恥ずかしいという気持ちはありますが、東筑高校の表札ともいえる校名額を書くことができて嬉しいです。」とおっしゃった。小野東筑会会長と増田校長先生は「東筑の伝統を守り、東筑生として頑張ってほしい。」とのことだ。 正門の石段を上がり、一息つくと目に入る校名額と校章。東筑の新たな歴史を刻むことになるだろう。 |
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| 若い潮 | ||||||||||||||||||||
| ある生命保険会社が毎年出している人気の名前ランキングトップ10を見た。 2008年、最も人気があった名前は女の子が「陽莱」、男の子が「大翔」だった。その次が「結衣」、「悠斗」、そして「葵」、「陽向」と続く。また最近は、女の子はひらがな、男の子は「悠」や「翔」を使う名前が人気上昇中だ。 これを見て、私たちの世代とはずいぶん違うと感じた人が多いだろう。では、私たち90年代初期生まれに多い名前は何なのか、調べてみた。第1位は女の子が「美咲」、男の子が「翔太」である。次が「愛」、「拓也」、そして「美穂」、「健太」、「彩」、「大樹」と続く。どれも私たちにとってはなじみ深い名前であり、クラスを見渡すと一人や二人必ずいるといっても過言ではない。しかし、現在生まれた子供たちにとっては「昔の名前」になるかもしれない。そう考えると少し複雑である。 名前にも人気や流行がある。しかし、それを意識して名前を付ける親は少ないだろう。子供が幸せになりますように、賢くなりますように、丈夫に育ちますように…。そんな願い、祝福と共に親は私たちに「名前」という贈り物を与えてくれる。 最近、古典の授業で「言霊思想」について学んだ。言葉には霊力が宿っており、表現したものを現実に出現させるという日本古来の思想である。結婚式で「破れる」、「切れる」などの言葉を使わないのも、「葦」が「悪し」に通じるのを忌んで「よし」と言い換えるのも言霊思想に由来するものだ。 「名前」にもやはり霊力が宿っている。「名は体を表す」というが、まさに名前がその人の人格そのものを表しているのである。 名前は人が親から一番最初に貰っ贈り物だ。あなたの名前にはどんな思いやエピソードがつまっていますか? |
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| 折尾いいとこマップ | ||||||||||||||||||||
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東筑生にとってなじみ深いまち、折尾。多くの人で賑わっているこのまちには、ほっと一息 つけるスポットやおいしい食べ物が数多くある。今回はその中でも、東筑生がよく利用する 場所を取材した。多忙な学校生活の息抜きに、訪れてみてはどうだろう。テ。 ◆ゆめ広場 オリオンプラザ1階にある無料で利用可能なボランティアによる憩いの場。バザーやバイオリンコンサートなどが行われている。様々な世代との交流ができ、心が和む。 ◆さんさん ボリューム満点のお好み焼きが280円。持ち帰りもできる。 ◆さんさん 朝早くから開いているお餅屋さん。あんこもち、よもぎもち、いきなり団子などを売っていて、学生割引がある。なくなり次第終了。 ◆餃子兄弟 店名にあるように、お勧めのメニューは餃子だ。皮を手作りし、真心込めて作られる餃子は、とても美味しい。焼き餃子、水餃子は共に8個450円だ。 ◆東筑軒 かしわ飯は650円からあり、駅構内で売っている。プラットホームの売り子さんは全国的に有名。 ◆鶴の湯 創業以来35年間、地域の人に親しまれているお風呂やさん。大人(中学生以上)1回410円。 ◆焼き鳥あすか 駅構内にて焼き鳥を販売している。1本100円から120円。豚バラやとり軟骨が人気。 ◆たこ大王 店主の竹井さんの声がいつも聞こえてくる元気な店だ。大きなたこ焼きは、外はかりっと、中はふわっとした食感で、5個300円だ。お客さんは1日100人を超える。その美味しさは要チェックだ。 ◆ヘアーサロンきよみ 18年前、野球部が甲子園に出場して以来、OBや現役生と温かな交流を続けている理髪店。 ◆ST東筑 5年以上前からこの場所で営業している。学生が入りやすい雰囲気の店舗はいつも多くの東筑生で賑わっている。コピー機や電気ポットも利用できる。 |
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| クラウンバン訪問記 〜他校と見学 パンの誘惑〜 | ||||||||||||||||||||
| 私たち新聞部は、年に3回ほど他校の新聞部と共に合同取材を行っている。今回は八幡東区にあるクラウンパンの工場を訪れた。 クラウンパンは、お店に出すパンに加えて、中学校や高校にパンの配達もしている。また、学校給食用に毎日4万食ものパンや米飯を作っている。パン作りの工程は次の通りだ。まず、材料を混ぜ合わせて生地を作り発酵させる。次に、生地を型にいれ、ベルトコンベヤーに乗せる。ベルトコンベヤーはオーブンの中を通り、焼けたパンは型から外され、さらにベルトコンベヤーで運ばれ包装され、でき上がる。工場内は、清潔に保たれているのはもちろん、アレルギーの人のために万全の対策を行っている。毎日生産ラインをピカピカに磨き上げて、アレルゲンとなる原料の混入を防いでいるのだ。 さて、黒崎駅や博多駅にある、焼きたてのミニクロワッサンを売っているミニヨンという店を知っているだろうか。駅いっぱいに芳ばしい匂いを漂わせ、少量から買えるので小腹がすいているとつい買ってしまう。ミニクロワッサンなら工場で作った生地を焼くだけの工程なので、その場で焼いて売ろう、ということで、平成8年にクラウンパンが始めた。最初は1日30万円の売り上げ予想だったが、今ではいつも行列ができ、たった7坪の店舗で1日90万円、多い時にはなんと120万円の売り上げを誇る。この人気の秘訣はすべてを機械に任せないところだ。ある工程を機械ではなく手作業でやることで、なぜかおいしさが増すというのである。今度ミニヨンの前を通った時には、ぜひ食べてみてほしい。サクッとした中にも柔らかさや弾力があり、甘い香りが口全体に広がる。 最後に、この見学をガイドしてくれた永久浩己さんから、「五感を鍛えて下さい」と言葉をいただいた。おいしいパンを作るには機械任せにしない。気温・湿度・原材料などの条件は日々変化するので、それを職人が見極める。そのためには、自分の感覚を研ぎすます必要があるのだ。 食に対する安全性が見直されている今、消費者である私たちも、食品の味や安全性を感じる力を高めたいと感じた取材だった。 |
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| 編集後記 | ||||||||||||||||||||
| 3年生の先輩方、卒業おめでとうございます。先輩方が引退した後、1年生と2年生で苦戦しながらの新聞作りを通じ、改めて先輩貢の偉大さを感じる毎日です。また遊びに来て下さいね。(藍) セールという言葉に弱いです。お買い得品を見るともう駄目。思わず買っちゃいます。欲しかった服をバーゲンで半額で買った日は幸せが倍増です。 (紅梅) 3学期も終わろうとしている今になって、このクラスで過ごす時間を貴重に感じる。日常の幸せはつい見逃してしまうけれど、これからの日々を大切にしていきたい。(常磐) イオンに久々に行きました。父と夕食の鍋の食材を選んだ後に、少しゲームセンターに寄りました。戦利品は約17cmの悟空のフィギュア。今日も勉強中の私に喝を入れてくれています。(葵) 修学旅行で長野に行った。特急列車の車窓から見えたのは雪に覆われた景色。歓声を上げると共に、初めて体験する銀世界に感動した。カメラのメモリーにはその風景が詰まっている。(寒椿) どうやら雪を連れて帰ってきたようだ。修学旅行の帰り道、電車から降りると強い風に舞う雪が私を迎えた。雪の向こうにわが街の灯が親しげに瞬いた。 (鬼灯) 我が家は冬になるとエンゲル係数が高くなる。行事が多いということもあるが、一番の理由は家族の誕生日が集中しているからだ。体重も気になるが、そんな冬を楽しみにしている。(雪柳) 植木さん、森さん、卒業おめでとう! 110周年記念文化祭で活躍する姿が今も脳裏に浮かびます。 二人の人生が幸多いものになりますように。 (サファイア) 「いい戦争と悪い戦争があると思っているのか。」 There never was a good war or a bad peace. (B&W) |
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| 【第254号】 平成20年12月12日(金)発行 |
| 私も将来、裁判員!? |
| いよいよ始まる 裁判貞制度の開始まで、約半年となった。私たちは将来、誰でも裁判員に選ばれる可能性がある。つまり、私たちは人を裁く立場になるかもしれないのだ。 誰しも新しく導入される制度については疑問点、不安な点がある。それをそのままにしておくことこそ、一番危険だ。 そこで、私たちはアンケート調査を行って東筑生は裁判員制度についてどのような意識があるのかを調査し、また、実際に裁判に触れてみようということで福岡地方裁判所小倉支部を取材した。 生徒の声 アンケートによると、裁判員制度という言葉は95.3%、すなわち、ほとんど全員が知っていた。しかし開始時期や対象となる裁判を知っている人は半分以下で、制度が十分には知られていないことが分かった。 裁判員になりたくないと答えた人は約半数にのぼった。その理由は「責任が取れないから」が最も多かった。また、法的知識のない者が参加することによる裁判の質の低下を心配する人もいた。その一方で「良い経験になるから」という理由で、裁判員になりたいと思う人もいた。 どんな制度?裁判員制度は、法律の専門家ではない一般国民が裁判に参加する制度で、平成21年5月3日から実施される。対象となるのは地方裁判所で行われる殺人などの重大な犯罪の刑事裁判で、これは全事件の約3%にあたる。 裁判員候補者になった人には前年3月頃に通知が届く。これらの人々の中から事件ごとに裁判員が選ばれる。一年間に裁判員に選ばれるのは3,500人に一人の確率である。裁判員は選挙権を持つすべての人の中から選ばれるが、国会議員や弁護士、自衛官などはなることができない。また、学生や70歳以上の人、仕事や介護、育児に支障が出る人などは辞退が認められる。 裁判では6人の裁判員が3人の裁判官とともに、被告人側と検察官側の言い分を聞いて話し合い、判決を下す。この時、裁判官からの説明があるため、法律の知識は不要だ。 裁判員候補者の不安を考え、裁判所には質問に答えるコールセンターが設置された。また、裁判の公正さや信頼、裁判員の安全を確保するため、裁判員の個人情報の公開は禁止され、裁判員には守秘義務が課せられる。 このように裁判員制度では、裁判員が不安なく安全に裁判に参加できるための様々な配慮がなされている。 |
| 裁判所訪問記 |
| 私たち新聞部は福岡地方裁判所小倉支部へ取材に行った。そこでは、裁判所職員の松枝さん、前山さん、谷川さんに協力していただいて、貴重な体験をすることができた。 では、裁判傍聴と模擬裁判の様子を紹介したい。 本物を見た道路交通法違反の裁判の傍聴をした。始まると同時に法廷内の空気が張りつめ、緊張感がみなぎる中、裁判が進められた。 法廷で実際に裁判の様子を見てみると、人を裁くということの難しさと重さを感じた。裁判員の判断で被告人の人生が大きく変わってしまうのだ。「もし自分が裁判員に選ばれたら、どう判断するのだろうか。」と考えさせられた。 次に、私たちは実際にありそうな刑事事件のシナリオを元に、それぞれ裁判官、検察官、弁護士、被告人、証人の役に分かれ、模擬裁判を体験した。 難解な法律用語が多いのかと思っていたが、実生活における基本的な知識があれば理解できるものだった。今まで裁判は小説やドラマの中の遠い世界の出来事だと思っていたが、自分たちに近いものだという認識に変わった。 裁判傍聴と模擬裁判は、裁判というものに触れる絶好のチャンスだ。裁判員制度が始まる前までに、一度体験してみると、得るものが多いと思う。 インタビュー 今回の取材の途中、中牟田博章裁判官と小林敬英検察官に特別にお話を伺うことができた。 中牟田さんは、「裁判員制度で他人へ干渉しなければならないこと、そして法律知識がないことを、不安に感じる一般の方は多いと思います。ですが、私たちも一緒に考えていくので、大丈夫ですよ。」とおっしゃった。 小林さんは「いろんな人の意見を取り入れたいために作られた裁判員制度なので、自身の意見を言うのが大事です。」だそうだ。 私たちが今すべきことは、きちんと制度を理解することだろう。そして、万が一選ばれたときは、中牟田さんと小林さんのお話のように、法律知識がないことを恐れずに自分の意見を言うことこそが大切だと思われる。 東筑生へ ![]() 最後に、中牟田さん、小林さんから、東筑生へのメッセージだ。 「視野を狭めないでどんどん広げていくことが、高校では大切です。何事においても、一生懸命やった人が最後は勝ちます。法曹界には東筑の卒業生がたくさんいますよ。頑張って下さい。」と中牟田さん。 「視野を広げるというのは確かに大事です。理系・文系の枠に縛られた勉強ばかりをしていると、社会に出たとき意外なことにつまずくことがあります。なので、様々な勉強をしてほしいと思います。」と小林さん。 社会の第一線で活躍している方の言葉には、重みがあった。 最後に 今回、様々な視点で裁判員制度に迫ってきたが、いかがだっただろうか。裁判とは人を裁くものなので不安になるのは当然である。 今回のこの特集がその不安や心配の解決の一助となってくれたら嬉しい。 |
| 若い潮 |
| いよいよ冬に突入した今日この頃であるが、皆さんはどう日々を過ごしているだろうか。私はジュースで厳しい寒さを凌いでいる。この季節には温かいジュースが多く売られていて、私はそれを頼りに毎日を過ごしている。そう、私は無類のジュース好きなのだ。 私はほとんど毎日のようにジュースを飲んでいる。そのため支出が相当大きくなってしまうが、それでも一本でも多くのジュースを飲みたい。そこで毎日のジュース調査を欠かさない。 実は、同じジュースでも売っている場所によって販売価格は違う。これはそのジュースが持つ「価値」が異なるからだ。自動販売機には「どこでも買える」 「温かい」といった価値がある分価格が高い。逆にスーパーマーケットはその店舗まで行かなければならないし、適温のジュースがあるとは限らない分価格が安く、50円近く違う場合もある。売られている場所と価格の関係を把握しておけば、かなりのお金を節約できるのである。ちなみに私は、いつもは遠くても安いスーパーマーケットでまとめ買いをしているが、勉強や部活で頑張った時は、自分にご褒美として自動販売機で買うことを許している。至福の一時である。 ジュースは季節毎に限定品が売り出される。新しく発売されたものの中で自分の好みに合ったジュースを見つけた時はとても嬉しい。この冬の注目はキャラメル味である。最近アメやチョコレートなどのお菓子にキャラメル味が続々と登場していて、いちはやくそのブームを取り入れたジュースだ。 これからの冬季課外もジュース買手に頑張っていこうと思う私である。。 |
| 美の裏側に迫る!! ― イタリア美術とナポレオン展 |
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来る1月2日より、北九州市立美術館本館にて、「特別公開ポッティチェッリ 『聖母子 と天使』 イタリア美術とナポレオン」展が開催される。コルシカ島のフェツシュ美術館の 作品81点が日本で初公開されるのだ。 今回、展覧会の裏側に迫ろうということで、 私たちは学芸員の筒井さんにお話を伺った。 展覧会までの道のり まず驚いたのは、提出しなければならないレポートの多さだ。作品を他の美術館から借りるにあたって、美術館のコンディションを報告するレポートを提示する。 セキュリティや収納庫の温度、湿度など内容は細かく、数十枚にもなる。この調査をクリアし、作品が来た時にもレポートを書く。絵に常に付き添っている学芸員か修復家と共に一枚一枚丁寧に絵の状態をチェックしていくのだ。 絵画はとてもデリケートで、取り扱いには気を遣う。ある美術館では、絵をつりさげるのは危険だというクーリエの指摘を受けて、急遽、直接絵を打ち付けられる壁を作ったという。 学芸員の仕事 美術館の学芸員の仕事は、展示の企画から始まり、ポスターやチラシ作りなど多岐にわたる。思わぬ発見をして専門家の話を開くことができた時や、思っていた通りの展覧会ができた時の喜びは大きい。学芸員の筒井さんは、その仕事を「クリエイティブ」だと語る。高校時代には、様々な文章や美術作品に触れ、感性を磨いてほしいと筒井さんはおっしゃっていた。 みどころ 今回の展覧会では、ルネサンス期からバロック・ロココ期の絵画の他、ナポレオン一世のデスマスクや彼愛用のスプーンなどナポレオン一族の珍しい資料が展示されるという。目玉のひとつ、『聖母子と天使』はボツティチェッリが独立後すぐの作品で、大変貴重なものだ。 冬休み、会いに行ってはどうだろうか。 |
| 科学の不思議に触れてみて |
| 八幡東区桃園の線豊かな公園の中に、丸いドームを持つ白い建物がある。北九州市立児童文化科学館だ。 子どもが文化や科学に触れ合う場として作られた施設で、科学関係の展示や催しが行われている。 展示は高校生でもつい童心に返り夢中になって遊んでしまう面白いものばかりだ。 催しでは毎月一個、サイエンスショーや科学クラブが開かれている。科学クラブは小中学生を対象に、工作や実験を通して科学への興味や関心を育てている。夏休みに開かれるものは受講希望者が易く、抽選になるほどの人気だ。このクラブでの体験をきっかけに科学の分野に進み、活躍している人もいる。指導しているのはサイエンスレンジャーの小泉憲司先生だ。先生は科学館の催しだけでなく、小学校の親子科学教室、テレビ番組などで科学の楽しさを伝え てきた。先生にとって科学は趣味みたいなもので、子どもたちが夢中になる表情が楽しみで、より面白い実験にしようと工夫するそうだ。 また、2050年までにサッカーでロボットが人間に勝つことを目標とし、サッカーロボットを作っているチャレンジサッカー事業も行われヤいる。中国で開催されたロボカップジュニア世界大会サッカー部門では、ここのチームが第三位になった。この他にもロポット工房やおもちゃ病院などここならではの催しが数多く行われている。 児童文化科学館には天文館もあり、太陽系の模型や天体移動のシミュレーション映像、そしてプラネタリウムがある。プラネタリウムで過ごすロマンチックな一時は、多忙な日常を忘れさせてくれる。 科学の楽しさ、宇宙の神秘には、年齢に関係なくすべての人が魅了される。そして児童文化科学館はその楽しさや神秘の宝庫だ。 面白く不思議な体験がしたくなったら、ぜひ訪れてほしい。 |
| 東筑の虫 |
| スキーはお好き? 私は三歳の時にスキーと出会った。父親が始めたことがきっかけである。父のモットーが「熱中したことはとことんやる」だったため、幼い頃の私は、冬になるとスキーに行くのが当たり前だと思っていた。 スキーの楽しさは、普段は聞けない音を聴くことができる、というところにあると思う。風の音を聴きながら滑る爽快感は何物にも代えがたい。寒いにも関わらず風を気持ちいいと感じるのだ。走るのが遅い私でも、スキーではかなりのスピードを感じることができるのも楽しい。滑りが上達してくると様々なコースを滑りたくなる。たとえば、どこまでも続くような長いコース。何回かそんなコースを一度も止まらずに滑った。感想は、とにかく足がだるい。だが、大きな達成感を得ることができた。他にも、こぶがあるコースや森の中を抜けていくコースがある。コースに合った滑り方や休憩の仕方を考えるのも楽しい。 日分の実力を試したいのならば、スキー検定を受けるという手がある。スキー検定は五級から一級まで設定されていて、自分が受けたい級を選択できる。私は長年続けた甲斐があり、小学校5年生の時に3級を取ることができた。父と一緒に受けたのだが、私の方が父より得点が高かったことを今でも覚えている。ちなみに2級以上を}取得すると、スキースクールで指導員の仕事をすることができる。大学生にならたら、冬はスキー場でのアルバイトもいいかもしれない。 これまで行ったなかで、最高だったのは北海道だ。とにかく雪が良い。我が家がよく行く広島や島根とは違い「軽さは羽根一の如く、柔らかさはマシュマロのソ如し」である。太陽が顔を出し、パラパラと雪が降ると、その雪が陽光を反射する。この現象をダイヤモンドダストという。銀世界lに、キラキラと光の粉が舞い落ちる一枚の絵は、見る者すべてを幻想的な世界へと導く。気温が0度以下になると、グローブについた粉雪の中に雪の結晶が見える。 そしてもうすぐスキー教室。先輩によると、雪質も景色も、食事も最高らしい。山頂から見る景色はまさに絶景だろう。薄いモヤに包まれた山の峰、淡く差し込む太陽光、そんな光景をみんなと見られたらいいな、と思っている。 スキーは冬にしかできないスポーツである。だからこそ冬という短い期間内で楽しもうとする。天候が悪い時はやる気がなえるのだが、結局は滑るのである。それはやはりスキーの楽しさに魅せられているからだと思う。 スキーはいかが?。 |
| 部活動訪問記 −次なるステージへ− |
ラグビー部 日本全国を五つの区域に分け、選抜された代表によるチームが競う全国高等学校合同ラグビーフットボール大会に、ラグビー部2年の原田遼君が九州ブロック代表として出場した。大会ではウイングとして全試合に出場し、準優勝の成績を収めた。「他の選手のラグビーに対する意識の違いを感じることができた。」と感想を語ってくれた。 原田君はラグビーを始めて5年目で、彼にとってラグビーは「生き甲斐」となっている。その実力は非常に高く、カウンターが得意で、50mを5秒7で走るスピードとそれを生かしたトライが持ち味だ。しかし彼にも弱点がある。「キックが下手で、克服するためにフリーの時にはキック中心の練習をしている。」とのこと。自分の長所と短所の両方を理解していることとラグビーに対する熱意、この二つが原田君の強さの原点となっているようだ。 最後に今後の目標を聞くと、「個人としては来年日本代表に選ばれること、部全体としては4度目の花園出場を目指している。」と強気な答えが返ってきた。これからの活躍に期待が高まる。 囲碁・将棋部 ![]() 囲碁・将棋部の岸本真恵さんが、全国大会に出場した。一年生でありながら、全国大会という大きな舞台で活躍した彼女は「初戦の相手から強かったです。」と語る。試合に勝つ秘訣は試合の前に黙想をし、心を落ち着かせることだ。これをいつも心がけている。 そんな彼女が囲碁を始めたのは、小学校四年生の時、友達に誘われたことがきっかけだった。始めて一年で初段になり、それからは毎年一段ずつ上がった。アマチュアには一段から人段まであり、現在は六段を所有しているが、目標は囲碁の腕を上げることであり、段位を上げることにはあまりこだわっていない。「みんなはサッカーとか野球。自分は園碁。」だそうだ。誰しも熱中できることがあると思うが、彼女の場合は囲碁なのだ。 囲碁・将棋部の部員は伸が良い。普段は東筑会館で練習していて、時々碁会所に行き、教えてもらったりもしている。今後の予定としては、二月に女流アマ囲碁選手権福岡県大会に、また三月には中国の江蘇省で行われる青少年囲碁交流大会に参加する。囲碁や将棋にチャレンジしたい人、また、自分の実力をもっと伸ばしたい人は、ぜひ囲碁・将棋部に足を運んでみてはどうだろう。個性的な部員たちの楽しい雰囲気が感じられるはずだ。 今、波に乗っている囲碁・将棋部。彼らの今後の活躍に期待したい。 |
| 編集後記 |
| 塾の帰り、バスから降りると、ほぼ100%待ってくれている母と、時々出現する父がいる。「さむいー。」「ほら、これ羽織って。」「ありがとー。」現代社会にない何か、我が家には確かにある。(藍) 今、心待ちにしているのは11月21日発売のマックフルーリーストロベリーショートケーキ。2学期号発行の日の放課後にご褒美として食べるのが私のささやかな夢。(紅梅) 築30年になる我が家。風雨にさらされ、あちこちガタがきているが、何も言わずに私たちを守り続けてくれている。いつも言い忘れるけれど、「お疲れ様、そしてありがとう。」(常磐) 執筆、添削を繰り返すうちに、いつの間にか冬。期末考査も相まって、とても忙しくも楽しい製作でした。早くこたつで丸くなりたいなあ。(葵) 美術館へ取材に行ったことで、ある小説を思い出した。姉と弟がメトロポリタン美術館へと家出をする物語。小学生の私は賢い姉に憧れていた。彼女への想いは、今もまだ消えていない。(寒椿) 登校中、まだ眠い目をこすりながら探呼吸すると、冷たく澄み切った空気が全身を満たす。充電完了。石段の向こうに、朝日に映える校舎が見える。また一日が始まる。(鬼灯) 放課後課外の途中、ふと窓の方に視線を向けた。四角に切り取られた風景には、藍色と朱色が滲んだ空と貧相になった木々があった。課外が終わった頃には、一番星が輝いていた。(雪柳) 美術館に取材に行き、門司港レトロで取材をし、すっかりアートな気分の秋冬です。 「ルネッサーンス!」(サファイア) 石鹸で手を洗う。 その後で石鹸を洗う。 きれいになった石鹸のつるん、とした表情が好き。(B&W) |
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| 【第253号】 平成20年6月14日(土)発行 |
| 祝 東筑110周年 東筑高校創立110周年、新聞部創部60周年記念特集号 |
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“創造”と“飛躍”を − 増田校長先生にインタビュー − 今回私たち新聞部は本校創立110周年にあたって、増田校長先生にインタビューを行った。先生は本校創立70周年の時生徒として在校しておられ、今回の記念行事にかける思いもひとしおであるようだ。ー創立110周年ということで、記念式典が行われますが、どのような式典になるのですか? はい。大きな節目ということで、外部から多くの来賓を招き、卒業生、在校生の垣根を越えて祝うことになります。準備は100周年のときを参考に、PTAや同窓会と協力して行いました。 −かなり時間がかかったのでは? 一年半くらいですね。同窓会の寄付によって空調やトレーニングルームも整備しました。 −かなりの労力がかかった式典なんですね。ところで、校長先生は本校のOBでいらっしゃいますが、学生時代の思い出に残るエピソードを教えてください。 課外を抜け出して、みんなで野球の応援に行ったことですね。また、これも課外中のことなのですが、高倉健さんの映画ロケを遠賀川まで見に行ったこともあります。もちろん怒られましたが(笑)。 −そんなことがあったんですか。今とはだいぶ雰囲気が違いますね。 当時は気質としておおらかで自由でしたね。 −今はどうですか? 今は皆さん先生方にしっかりと鍛えられていると思います。すばらしい実績も残していますし。 −時代のニーズもありますからね。では現在の話が出たところで、今後東筑生に期待することは何でしょうか? 今まで培ってきた東筑文化を大切にして、文武両道・質実剛健の精神をしっかり身につけ、三年間で集中・熱中していろいろなものを吸収し、そして各々の道に進み、力を出して創造≠してもらいたいです。仲間を大切にし、友人と切磋琢磨しながら頑張ってほしいです。 −時代をリードする人になれ、ということですね。それでは最後に、生徒に向けて一言お願いします。 “飛躍”という言葉を忘れないように。東筑をさらに飛躍させてください。 −今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。 一5月8日放課後校長室にて一 |
| 若い潮 |
| 納豆、山芋、めかぶ、オクラ……。これらの食べ物の共通点は、ネバネバしていることだ。私は粘り気のある食べ物に目がない。単品で食べるのはもちろん、納豆とオクラ、山芋と納豆など組み合わせてベるのも好きである。先日、スーパーでお湯を入れるととろりとなるガゴメ昆布入りお茶漬けを つけたとき、嬉しさのあまり姉妹品とともにすぐに購入してしまったほどである。 ただ残念なことに、粘り気のある食べ物は食べられないという人いる。やはり、独特な味や臭い、食感によって、好き嫌いが大きく分かれてしまうようだ。 実はネバネバした食品は栄養価が高く、多くの食物繊維を含んでいる。例えば、有名どころでは納豆である。納豆は健康を増進するナットウキナーゼやビタミンK、タンパク質、食物繊維などを多く含んでいる。また、刻むと粘り気が出てくるオクラ。あのネバネバの正体は食物繊維である。さらに、オクラは様々などタミン、ミネラルを含み、夏パテ防止が期待できるそうだ。その他の粘り気のある品にも食物繊維、ビタミンが多くあり、整腸作用などが期待され健康に良いとされている。 しかし最近、「栄養がある」、「健康に良い」と評判になると、その食品を買い込む人が多い。もちろん、栄養があるものを日々の事に加えるのはとても良いことだろう。だが、その食品を多く食べるほど良いというわけではなく、日頃不足しがちな栄養を補うために食事に取り入れ、バランスの良い食事を心がけるのがいいと思う。 と言いつつも、ネバネバした食品が好きなのは変わりなく、栄養があるならなおさら、毎日でも食卓にあると嬉しい。特にお気に入りの料理は、納豆と山芋、オクラを混ぜて冷やしたものだ。大学受験もこのマイレシピを加えた食事で乗り切っていこうと思う、今日この頃である。 |
| 東筑・折尾 110年の歩み |
故きを温めて歴史ある街折尾、そして折尾と共に歩み続けてきた東筑高校。その長い歴史の中には一体どんなドラマがあったのだろうか。 そう考えて、私たち新聞部は調壷を開始した。 東筑に校歌ができるまで 明治31年に東筑尋常中学校が創設されてから、大正12年までの約20年間、東筑には正式な校歌がなかった。その間、明治38年には擬校歌、41年には創立10周年祝歌などが作成されたが、校歌としては成立しなかった。 この状況を打開しようと、大正12年に当時の校長が校歌を作り、英語教育に生かそうと英訳もした。しかし、校長退任後はほとんど歌われなくなり、自然に消滅してしまった。 時がたち、三校統合後の昭和26年に、ようやく正式な校歌ができあがった。作詞は折口信夫(釈超空)氏で、作曲は信時潔氏である。 折口信夫氏は国文学者として明治から大正、昭和にかけて活躍した人である。彼は、民俗学者柳田国男と会い、国文学研究に民俗学を導入するという独自の学を形成した。そして、歌人としても釈超空という名で「アララギ」同人、「日光」同人として活躍した。歌集に「海やまのあひだ」がある。 作曲者である信時潔氏は明治20年に大阪市に生まれ、東京音楽学校を卒業し、ドイツに留学した。「海ゆかば」「沙羅」「海道東征」「いろは歌」などを作った著名な方である。 戦時中の東筑生 国全体が戦争へと向かっていた昭和16年、2月には「青少年学徒会料飼料等増産実施要項」が出さた。これによって東筑では一年を通じ最高30〇日間は授業を廃して、作業を開始することになった。その作業とは主に麦刈奉仕・田植奉仕・官役奉仕である。他にも十数種類の作業があった。同年には、物資の節約を理由にそれまで学校裁量であった教科書が五種類に統合された。そして12月8日、ハワイ真珠湾奇襲攻撃が引き金となり太平洋戦争が始まった。その際に先陣を切って攻撃し、戦死した9人は九軍神と呼ばれた。その中の一人に東筑35期生の古野少佐がいた。東筑でも学校防衛隊が組織され、防空訓練も強化された。 昭和17年2月に「国民勤労報国令施行規則」に基づく「学徒動員令」が出された。その2年後には全国的に「学徒勤労動員」が始まった。3月2日に東筑生は、遠賀村虫生津の古野少佐生家を慰問し、遺品を拝観した。そして4月10日には古野少佐の英霊帰還により、全校で遠賀川駅まで行軍し、5月6日には遠賀村葬に全校で参列した。同じ頃に藤崎氏が第13代校長に就任した。彼は東筑出身者として初の校長になった。4月には授業料が上がったが、出征兵士や公務死亡者の子弟は授業料が免除になった。 昭和18年1月に「中等学校令」が公布され、東筑も中等学校になった。3月には文部省から「中学校規定」が出され、その中にある「学徒戦時動員体制確立要綱」が閣議で決定された。本校では9月に適用され、毎週3日を半日授業とし、午後は戦力増強に努めた。また、4・5年生では滑空訓練が行われた。この時使われたグライダーは3機あり、そのうち2機は山鹿重患氏から、もう1機は朝日新聞から寄贈され、それぞれ東筑1号、2号、3号と名付けられた。 昭和19年には、「緊急学徒勤労動員方策要項」が閣議決定され、この前後より本校でも工場勤労動員が目立ち始めた。この年の新入生は、3月20日から22日までの入学考査、23日に合格発表、28日に入学式という慌ただしさであった。なぜなら東筑が戦時非常措置に対応して「年間三分の一の勤労作業・軍事教練の強化」という方針を決定していたからである。 昭和20年に入ると、警報の発令も頻繁になった。既に民需物資は著しく欠乏しており、ノートにも事欠いて教科書も多くは前年度生のものを使用した。また、服装も防空上白色系統のものが禁止され、ゲートルに至るまで染め直して使用した。8月8日の八幡を焦土と化した大空襲では、東筑の校庭に電波撹乱用の錫箔テープが降りはしたが被害を免れ、8月15日の終戦を迎えた。 折尾の建築物 折尾には貴重な建築物がたくさんある。折尾のシンボルといえる「折尾駅」をはじめとし、「ねじりまんぼう」と呼ばれる特殊な方法で作られた高架橋、折尾愛真高校にある「旧折尾警察署庁舎」などが、それにあたる。 この三つはどれも長い歴史を持っており、昔を偲ぶことができる。折尾の地にあるこれらの貴重な建築物について、これからも注目していきたい。 ![]() 石炭産業から教育の町へ 私たちが学んでいるこの折尾の地は、石炭輸送業を中心に発達してきた。昭和の初期、九州は全国の石炭の三分の二を産出していた。そうした中で折尾は二本の鉄道路線が交差し、また堀川という運河もあったことから、石炭運搬の要衝の地として栄えていた。 しかし1960年代には中心となる資源が石炭から石油へと移り変わっていった。エネルギー革命の始まりである。石炭輸送業を核として繁栄していた折尾にとってその影響は深刻だった。炭鉱が次々と閉山していき、かつて隆盛を誇った折尾は衰退の一途をたどり、北九州市の行政は変革を余儀なくされた。 こうした状況下で、石炭輸送業にかわる都市活性化の方策として打ち出されたのが、学園都市への転換である。具体的には市の中の学校を増やし、教育による市の活性化を図ったのである。この教育重視の方針によって、新しい学校が次々と設立されていき、市は現在の活気を取り戻した。現在でもこの方針は続いており、折尾は学園都市として発展を続けている。 ![]() 堀川の歴史 堀川は、遠賀川の水を分かつために作られた運河である。全長約5kmにも及んでおり、明治時代から昭和初期にかけては、筑豊炭輸送の大動脈として活躍した。 堀川の歴史は、元和元年(1615)、初代藩主黒田長政が巡視の際に洪水の被害に苦しんでいる住民の姿を見て、運河作成を決意したのが始まりである。元和七年(1621)老職の栗山大膳を頭に開通工事が開始した。しかし、工事には多大な困難が伴った。その上、大膳が筑前を去ったり、藩主長政が逝去したりで、2年後の元和9年(1623)に工事は中止された。それから百余年過ぎた宝暦元年(1751)正月、六代藩主継高の手により、工事は再開された。しかし、作業は難航を極めた。特に、「吉田の車返し」は岩の多きと硬質さゆえに難工事となり、約420m掘り進むのに実に12年もの歳月を要した。この時、岩から滑り落ちて多数の石工が亡くなり、川に血で染まった水が流れ出たことから、工事の安全を祈願するために河守神社が建設されたという。宝暦12一二年(1762)に「中間の水門」が築かれて堀川は一旦開通し、米や石炭を輸送するひらた舟(五平太舟)が行きかうようになった。さらに文化元年(1804)に「寿命の水門」が築かれて、ようやく完成した。工事を始めてから実に184年の歳月が過ぎていた。 堀川の完成によって、遠賀川の氾濫による甚大な被害が緩和された。加えて、堀川は潅漑用水をもたらし、運送路としての役割を果たし、人々に多大な恩恵をもたらした。明治時代になると、筑豊炭の需要が高まるにつれて、運送路として重要な役割を果たすようになってきた。特に明治27〜8年の日清戦争、37〜8年の日露戦争時の石炭ブームでは、船による輸送が鉄道による輸送量を大きく上回っていた。 最盛期には、一日に石炭船5425艘、米・貨物積船2736艘が堀川を往来しており、潮待ちの長い日は水面が見えないほどだったという。現在の折尾駅付近には、潮待ちをする石炭船が並び、船頭たちが食料や日用品を買い求めるようになった。それが、やがて折尾の商店街へと発展していくのである。 このように繁栄した堀川であったが、大正から昭和にかけての不況や、石炭から石油へのエネルギー革命により経済効果が減少し、物資輸送の主流が鉄道へと移り変わっていく中で、次第に運送路としての役割を失っていった。 新しきを知る 今回、私たちは前述のとおり、東筑そして折尾の歴史を調べてみた。すると、それぞれ興味深いエピソードが数多く発掘された。私たちの郷里にも、他の地域に負けない深い歴史があったのだ。私たちはこの貴重な財産を大切にし、その上に新しいものを築きあげていこう。 お世話になった方々 今回の活動の中で、私たちはOBの方々から興味深い話を伺うことができた。 昨年度の「生徒派遣事業」で京都を訪れた時、関西東筑会の歓迎会で一人の先輩に出会った。井上寿美男さん(35期生)、旧制中学時代の東筑の卒業生だ。90歳というお年を感じさせないほどお元気で、私たちに貴重な昔の体験談を語ってくださった。 ![]() 東筑を卒業した井上さんは大学進学のために上京した。東京駅に到着し、乗り換えの電車を待っていたが、なかなか来ない。井上さんは知るよしもなかったがその時、東京では、陸軍部隊が首相を始めとする官僚を襲撃し、日本の政治、軍事の中核を占拠していた。2・26事件である。その影響で交通機関が麻痺したため、電車が来なかったのだ。後にこの事件の事を知り、ひどく驚愕したという。 大学卒業後、井上さんは出征し、ソウルの朝鮮総督府に配属された。軍隊でも東筑の先輩が井上さんを危険から救い出してくれ、無事帰国できた。同窓生だというだけで恩情をかけてくれたことに感激し、東筑は素晴らしい学校だと再確認したと井上さんは、熱を込めて語った。 最後に井上さんは同級生の話をして下さった。真珠湾攻撃の際殉死し、後に九軍神と呼ばれるようになった一人、古野少佐の話である。中学時代の古野少佐は柔道がとても強く、やんちゃな少年だった。ラジオで古野少佐の計報を聞いた時、胸がつまったと井上さんは回想している。古野少佐は東筑の誇りであり、ぜひ全東筑生に彼の存在を知ってほしいと井上さんは語っていた。 東筑の歴史は長く、いろいろな時代を生きてきた人がいる。そのことを強く感じさせられたひとときであった。 36期生の田仲光男さんは、当時の朝鮮・満州への修学旅行の写真、従軍中の中国全土の写真・絵葉書を提供してくださった。修学旅行の写真の中には、日露戦争における激戦の地である二〇三高地での集合写真もあり、大変貴重な物である。また、鮮やかな絵葉書は、見学に来られた方々に大好評であった。 また、企画の構想においては、53期生の日高康さんにお世話になった。部員全員でお話を伺い、折尾の歴史的建築物や美術品に関する資料を提供して頂いた。その中には、「船出」の製作者舟越保武さんとその奥様からの手紙もあり、企画がより充実したものになった。 今回調査するにあたって、この他にも資料をお借りしたり、お話を伺ったり、多くの方々にお世話になった。この場を借りてお礼を申しあげたい。 なお、上の年表(省略…管理人)はもっと詳しいものが、講義室「海」の横に常設されている。ぜひ一度見てほしい。 |
| 東筑今昔物語−3巻− |
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東筑では、開校以来運動部・文化部共に優秀な成績を収めてきた。野球部の甲子園出場、 ラグビー部の花園出場などが有名であるが、他にもこれまでに様々な部活動が活躍してきた。 今まで新聞部は「ラジヲ部」、「地学部」を紹介してきたが、今回は三つの部活動にスポットを あててみたいと思う。 今回の特集を読むことで、母校の新たな一面を発見してほしい。 運動部編〜体操部〜 体操部の創設は他の部活動と一味違っている。部設立の推進役が教師ではなく生徒だったのだ。彼は、体操に興味を持ち独自に練習を始め真心と情熱とを込めて当時の校長に嘆願書を提出した。その頃としては無謀に近い行為であった。 体操部が誕生して5年がたった昭和15年、第2回明治神宮体育大会に県代表選手として3名が出場し、東筑体操部として初めての全国大会進出となった。 その後、何度も全国大会に出場し、昭和37年全国高校体操大会において、3年生の影浦敏春が本校史上初の全国個人総合優勝を成し遂げた。彼は6種目中3種目で1位、総得点では新記録を出し、大阪以西でも初の栄誉ある個人総合優勝を獲得した。さらに、彼は双子の弟の明と共に第17回国体へ出場し、団体優勝。個人では兄が総合優勝、弟が第2位となった。その後、兄はオリンピック強化合宿にも参加している。 その他にも体操部は、数々の賞を受賞した。これは、選手間の固いチームワーク、指導者と選手の強い信頼と熱意によるものである。 文化部編〜社会部〜 社会部は古墳や貝塚など、遺跡の発掘及び調査を行っていた。着々と続けた活動により、数多くの成果を残した。 中でも有名なものは、「庚申信仰」の研究を行い、病魔を払い除くといわれる本尊の青面金剛像を、昭和30年頃芦屋にて発見したことだ。これは庚申信仰の変遷を裏付ける有力な資料であると、世界宗教学会で紹介され関心を引いた。また、昭和43年5月には、芦屋の山鹿貝塚にて推定3000年前の人骨三体を発掘した。人骨がほぼ完全な形で発掘されるのは非常に珍しいことであり、その上高校生が重要な発掘に携わることは当時としても稀なことだったため、各新聞社や発掘を主催した九州大学の考古学関係者など、多方面からの注目を集めた。 ちなみに現在、社会部が発掘した土器の破片などが社会科標本室にある。盛んだった活動の様子が日に浮かぶようだ。 〜弁論部〜 東筑創立と同時に、編輯部一後の文芸部一、図書部、弁論部の三つの部活動が発足した。その中の;弁論部は、発足当時は講演部として活動していたが、後に演説部、そして弁論部へと名称を変更した。弁論部は、大正期までは定期的に校内講演会を開催するなど、校内中心の活動をしていた。昭和期になると活動範囲は一気に広がり、記録が残っているだけでも、全国大会に4回の出場を果たしている。そのうち一度は3位入賞という素晴らしい成績を収めた。昭和39年から41年には全九州高校弁論大会に連続入賞し、さらに39年には全国英語弁論大会で優勝した。 このように、大会に出場し、成果をあげただけでなく、本校弁論部が主体となって、大会を開催することもあった。校内では、東筑生の弁論する力の向上を目標として、弁論部・新聞部・放送部の三部が共同で弁論大会を行った。また、近県の高校生を対象に7回、校区内中学生を対象に8回、弁論大会を開催し、周辺高校の弁論活動の活性化に多大な影響を与えた。 弁論部にはいつも楽しげな笑い声が響いている、和気あいあいとした雰囲気の部活動だったようだ。「毎日の会話・発言のすべてが練習であり、自分の意志を明篠に話すように心がけている」と当時の東筑高校新間は報じている。弁論部についての多くの資料が、当時)の東筑生の意識の高さや社会に対する関心の強さを今に伝えている 他にも注目の部活動が 今回の特集はどうだっただろうか。体操部、弁論部は全国大会まで進んだ実績のある部活動であるし、社会部は人骨を発掘するなど、幅広い分野で活躍していた。 今回私たちは、この特集を組むにあたり、東筑史など様々な文献を調べてみた。すると、「経済調査部」「射撃部」「滑空部」など。初めて目にする部活動名が予想以上に多かった。 今回取り上げられなかった部活動についても、新聞部はどんどん紹介していきたいと思う。 |
| 東筑の虫 |
| テントレスキャンプのすすめ キャンプをするにあたってテントを使うのは常識である。何を今更と思うかもしれないが、実はテントを使わない「林通」という方法がある。 林通には色々なやり方があるのだが、ここではブルーシートを使ったやり方を紹介したいと思う。 まずブルーシートを円錐形に巻く。その中にロープを通し、そのロープを1メートルの高さから地面に張る。すると図のように、チョココロネ型になる。最後にブルーシートの端を杭で打てば、完成だ。人間はこの中に入って眠る。 後はその上にもう一枚ブルーシートをかぶせれば、雨もしのげる。 さて、なぜわざわざテントを使わないでキャンプをするかと言うと、まずは移動が簡単だからだ。設営には15分、撤収にいたってはものの5分しかかからない。ブルーシートはたためばコンパクトになり、持ち運びにも便利だ。これなら、移動キャンプも楽にできる。様々な場所を転々と訪ねてその所々の自然を体感する、それがアウトドアの醍醐味の一つであろう。 次に、自然をより近くに感じられるからだ。虫の入る隙間もない布の箱に閉じこもって寝るというのは、本来のアウトドアから少し離れているような気がする。それよりも、星空を見上げて横になるのが本当のアウトドアではないだろうか。虫は周りに竹酢液をまいておけば寄りつかなくなる。街の明かりのない場所の星空はとても鮮やかで、天の川が見えることもある。 アウトドア好きの人なら、ぜひ一度はこの林通に挑戦してほしい。普段の生活でも、そして普通のアウトドアでも体感できないような面白さが感じられるにちがいない。 |
| 編集後記 |
| 文化祭が終わり、一学期号も完しました。これで引退となります。何だかんだ言ってとても早い2年間でした。みんな今までありがとう! (ハイド) 取材と資料集めに走り、原稿を書きすぎ手首を痛め、全身で完成を喜んだ2年ちょっと。引退するのが惜しいほどアクティブで充実した日々だった。(ジキル) 知性に溢れ、話し上手のハイド先輩、ジキル先輩と過ごした時間は、私にとってとても大事な財産です。今までお疲れ棟でした。またいつか会わんことを。 (藍) 久しぶりに訪れた母校の小学校は、ずいぶん小さくなった気がしました。変わったのは校舎なのか、それとも私自身なのか…(紅梅) 文化祭の展示の片付けをしていて、達成感と共に心に浮かぶ切ない気持ち。「こんなダンボールなんかに対して、どうして愛情を抱くんだろう。」 (常磐) はじめまして、新入部員の葵です。今回炭鉱の記事を担当させていただきました。まだ名前の通り青い新参者ですが、精一杯頑張っきたいと思います。(葵) 新入部員です。試行錯誤を繰り返しながらの新聞作り、先輩方と共に頑張りました。もしかすると自分の人生の中で一番頑張った瞬間かもしれません。 (寒椿) 初めまして。新入部員です。入部して以来、事実を書くことの難しきに直面しています。まだ未熟ですが、語彙を増やして頑張っていきたいです。 (鬼灯) 初めまして、新入部員です。通学中に鳩の巣を見つけました。雛が一生懸命さえずる姿を見て、自分もあんな風に頑張りたいと思いました。(雪柳) 例年以上に力を尽くした文化祭展示、東筑の歴史に詳しくなりました。三年生のリーダーシップが頼もしかったです。(サファイア) 間に合う、のか? 為ば成る、のか? このギリギリの緊張感が好き。(B&W) |
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| 【第252号】 平成20年3月1日(土)発行 | ||||||||||||||||||||
| 卒業おめでとう | ||||||||||||||||||||
| 羽ばたけ106期生! 学校長 増田俊明 106期生の皆さん、卒業おめでとうございます。歴史と伝統に輝く東筑高校に入学して3年間、皆さんの様々な場での活躍は実に目を見張るものがありました。 例えば、勉学では早い段階で自分の将来を見据えて進路を設定しその実現に向けて切磋琢磨し、素晴らしい成果をあげてきました。また、部活動や文化祭・体育祭などの学校行事において全力を尽くす姿は、後輩たちの大きな指針となりました。私は、皆さんが様々な体験を積む中で、多くのことを学び、たくさんの友情を育み、大きく成長したと実感しています。 皆さんは、本日をもって、思い出のたくさん詰まったこの東筑高校を巣立つことになります。将来への希望に燃え、心弾んでいることでありましょう。 本日の卒業の慶びは、皆さんの努力の賜であると思いますが、同時に保護者をはじめ地域社会の皆様、諸先生方の限りない慈しみと深い愛情とご指導の賜であることを忘れてはなりません。 これから皆さんが踏み出そうとする社会は、様々なな問題が待ち構えていると思いますが、その時こそ東筑で培った精神とすぐれた英知で、困難を乗り越えて前進してほしいと思います。 また、皆さんが進もうとするそれぞれの分野では、多くの東筑の先輩方が活躍しているはずです。素晴らしい先輩たちに出会い、改めて東筑の歴史と伝統を実感すると思います。皆さんはその先輩方を道標としながら、自分の夢の実現を目指し、次の時代の担い手として社会に貢献できる人に成長してほしいと願って止みません。 結びに、母校「東筑」は、これから皆さんが新しい世界で活躍する姿を温かく見守っています。いつでも母校を皆さんの原点として訪ねてください。 106期生の皆さんの益々の活躍を祈念致します。 |
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| 青は藍より出でて 藍より青いんだぞ 学年主任 平田龍司
東筑高校に通った日々を高校時代から数えると24年にもなる。折尾周辺の景色は随分変わったが皿倉山だけはいつも同じ方角にそびえている。寒い時は山頂にうっすらと雪を頂き、うららかな春になれば木々の緑が萌えている。山頂付近の白いケーブルカーの駅がくっきりと望める日は快晴だ。 人生にはたくさんの障壁がある一人が生きていく過程で、成長に伴って立ちはだかる壁である。この壁を乗り越えてこそ成長し、生きる力を身につけるのだ。 安らかに育った子供の最初の壁は幼稚園・保育園であろう。小学校、中学校、高校へ進学すれば、仲間同士での意見の対立や教師からの叱責など、家庭、学校、クラブ活動の中で様々な壁を乗り越えなければならない。 西洋では偶数を好むが、日本では奇数が好まれるという。奇数であれば、対立した意見は数の多い方へ自ずとまとまる。改めて議論をして事を荒立てる必要はないことを我々はいつの間にか身に付けてしまった。西洋人は議論を好むという。相手をとことん理解するためにも、自分の意見を議論の場でぶつけ、議論が終わると大いに抱き合って相手を尊重する。日本にはない光景だ。 日本が国際的になればなるほど、西洋の思想を取り入れなければならなくなったことは事実である。地球上には、異民族・異宗教・経済格差が存在し、相手を理解できないことによって生じる壁がある。そんな様々な場所、立場でぐしゃぐしゃに揉まれ、壁を乗り越えるところに成長はある。 今から25年以上も前に観た映画「愛と青春の旅立ち」を思い出す。アメリカの士官学校の話で、卒業できれば全ての学生が指導教官より階級が上になるのだ。卒業式は華やかに終了、教官にお礼を述べ握手をする時、卒業したばかりの学生に向かって、教官が「上官殿っ!」と敬礼するシーンは最高だ。 君たち一人一人が東筑高校を卒業した今、まさに同じ場面と私は思っている。この壁を乗り越えた諸君らを心から祝福する。 |
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| 子どもの館 HOW!? | ||||||||||||||||||||
| 冬休み、私たちは子どもの館HOW!?を訪問した。 「子どもの館」と聞くと、小学生くらいまでが対象というイメージが強いかもしれない。が、実は高校生も利用できるコーナーがたくさんあるのだ。例えば、「HOW!?広場」では、高校生が勉強している姿がよく見られる。中央のイベント広場には、飲み物や軽食の自動販売機があり便利だ。 休憩時間にはマンガコーナーを利用するのもいいかもしれない。また、二つあるスタジオも人気が高い。キーボード、シンセサイザー、ギターアンプ、ドラムセットなど、一通りの設備が整っているうえに、使用料金は1時間当たり700円から1200円と安くて、音楽好き高校生の味方だ。 「チャレンジスポーツ」も高校生が楽しめるものだ。ここの目的は「力いっぱい体を動かすこと」であり、様々なジャンルのアスレ)チックがある。すべて記録を計って競争することができるので、人気があり、子どもより大人のほうが熱中することもしばしばあるという。そこで、私たちも体験させていただいた。挑戦したのは、壁面にボタンがついているアスレチックだ。制限時間内に点滅するボタンをいくつ押せるかを競う。一見簡単そうだが、やってみると意外と難しく、必死に光を追いかけてしまった。親のほうがのめりこんでしまうのもうなずけるほど面白い。他にも、短い距離を走ったり、バーチャル映像の中でスポーツをしたりするものなどがある。一度はチャレンジする価値がある物ばかりだ。 子どもの館では、ボランティア活動が盛んだ。働いている人の9割近くがボランティアで、年齢層は高校生から80才ぐらいの人と幅広い。一緒に遊んだり、子どもたちの安全に気を配ったり、「遊び工房」でおもちゃを手作りする指導をしたりと、子どもたちが楽しく過ごすのをサポートしている。私たちが会った人々は皆、表情が生き生きしていて、楽しそうな様子だった。保育士の方は「小さい子どもは皆、高校生のお兄さん、お姉さんが大好きで、とても慕っています。皆さんも一度ボランティアを体験してはいかがでしょうか。いい勉強になります。」とおっしゃっていた。 このように、子どもの館は子どもから大人まで楽しめる施設だ。ぜひ一度訪れて欲しい。素敵な一時が過ごせること間違いなしだ。 |
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| 若い潮 | ||||||||||||||||||||
| 去年の夏、私は東筑高校の体験入学に来ていた。当時将来の目標が決められなくて、どうしてもやる気が出ないでいた。そんな私が、多くの人が入りたがっている東筑高校を受験していいのだろうかと思い、決心をつけられなかった。 そこで、進路相談をしに会議室へ行った。そのとき相談に乗ってくれた先生は、「東筑ではいろいろな未来への道が開けるよ。だから、頑張って東筑にいらっしゃい。今は、悩みとかいろいろあるだろうけど、ひとまず頑張ったらどうかな。」と、おっしゃった。 会議室を出て「三月にまた来よう」と心の中で呟いて、東筑高校を後にした。帰り道にふと見上げた青い空は、吸い込まれそうなほど澄んでいて、ぽっかりと浮かんでいた白い雲は、手を伸ばせば届きそうな気がした。 その日は家に帰ってすぐ机に向かった。親はさぞかし驚いたのだろう、熱でもあるの、と聞かれてしまった。昨日までとは違う私がそこにはいた。何かやる前にあれこれ考えずに、ただ頑張ることで物事は見えてくる。そんな簡単なことに、私はやっと気づいたのだ。 ひとまず自分にできることをすればいいのだと、私に教えてくれた人がいる。その人のおかげで東筑にいる。その先生はもう忘れてしまっているかもしれないけれど、私はとても感謝している。体験入学でその先生に会わなかったら、まだ、やる気のない私だったかもしれない。 私はこれから青い空を見るたびにやる気をもらうだろう。そして、その空とともに夢を追いかけていきたい。私はまだ未来への一芸歩き始めたばかりなのだ。 ふと、「今日も青空だといいな。」と思うことがある。見上げてみるとそこには、一面の青い空がある。 さて、またもう一歩踏み出そう。真上に広がる青い空とともに。 |
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| 駄菓子ブーム 最前線 | ||||||||||||||||||||
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近頃、テレビや雑誌で駄菓子が売れているという話題をよく目にする。かつて、駄菓子と いえば子どもが街の駄菓子屋で、10円、20円程度の小遣いで買うものだった。そのため、 街にそんな店が減るにつれて駄菓子を見かける機会は少なくなっていた しかし最近、ショッ ピングセンターやコンビニで人気を取り戻しているそうだ。 そこで、私たちは駄菓子が脚光を浴びている理由を探すべく、製造者、販売者、消費者の 三つの視点から調べてみた。 チロルチョコの戦略 私たちにとって身近な駄菓子と言えば、まず頭に浮かぶのはチロルチョコだろう。これを作っているのが、松尾製菓だ。そこで私たち新聞部は田川本社工場へと取材に向かった。 元々松尾製菓は九州を中心に事業を展開していた。2004年、全国展開するにあたり、東京に「チロルチョコ株式会社」本社を設立し、そこに企画・販売部門を置いて、より早く情報を取り入れ、世の中の動きやニーズに対応できるようにした。全国進出してからは売上高、利益共に飛躍的に伸び続けており、今後も更なる成長が見込まれる。 開発部では何度も試作を重ね、おいしいチョコレートを開発する様子を見せていただいた。チロルチョコには定番の商品だけではなく、季節に合わせた期間限定商品や、各コンビニ限定商品もある。それだけではなく、原油高による材料費の高騰を乗り切るため「プレミアムチロル」という高級チョコレートシリーズにも力を入れている。こうして常に消費者に新しい味を提供し続けているのだ。 工場では機械によって大量に素早くチョコレートが作られていた。現在は需要が多く、正社員とパートタイム従業員合わせて300人の三交代で、休みなく製造ラインを動かしている。こうして、この田川工場から全国にチロルチョコが出荷されていくのだ。こうした不断の企業努力があるからこそ松尾製菓は業界のトップを走り続けているのではないだろうか。 ここで耳よりな情報だ。3月には「板チョコクランチ塩」、「ビッグチョコモナカ」、「チロルチョコ(宇治まっ茶)」、「花よりだんご」と、次々に新製品が発売される。これは東筑限定情報である。ぜひ食べてほしい。 広がる駄菓子マーケット ここでは、私たちの身近で駄菓子を販売している専門店、コンビニ、スーパーマーケットに触れたいと思う。 まず、私たちは駄菓子専門店 「夢や」に取材を行った。農家の土間をイメージしたという店舗はおばあちゃんがやっていた昔の駄菓子屋の雰囲気が漂う。客の年齢層は幅広く、人気商品も世代によって異なる。子どもにはガムやキャラクターものが人気だが、高年齢層には昔ながらの袋菓子や飴が好まれている。ギフト用詰め合わせも贈り物として人気がある。 夢やの店員さんによると、子どもは物珍しさ、年配の方は懐かしさによって駄菓子を買うそうだ。 次に、ローソン北九州地区事務所に電話取材を行ってみると、今現在最も売れているのは「うまい棒」シリーズで、客の年齢層は幅広く、特に20代〜40代の人が多いという。駄菓子が売られていることを知らなかった人が、売り場で足を止めてつい買ってしまうとのこと。おつまみや子どものおやつとしてまとめ買いする人も多い。 現在各コンビニでは、大手製菓会社と共同で期間限定商品、自社限定商品の開発を行い、それぞれ独自性を出そうとしている。例えば、前記のチロルチョコの「京きなこ」や「濃厚いちご」などがそうだ。 最後に、折尾近郊のスーパーマーケット各店にも取材した。 スーパーマーケットでも駄菓子専用のコーナーを設ける店舗が増えていて、そこだけ陳列棚を低くして子どもでも買いやすくする工夫をしている。ここでも駄菓子は幅広い年齢層に売れているそうだ。 売れるには理由がある 現在このように駄菓子が売り上げを伸ばしている理由は何だろうか。第一に、メーカー側の工夫がある。例えば今回取材した松尾製菓では、年に何度も新製品を出したり、高級な製品を開発したりと、満足感で勝負している。その結果、松尾製菓は業績を伸ばし続けている。第二に、販売店の努力がある。例えば「夢や」ではお酒を飲む機会が多くなる年末年始にはおつまみを置いて客のニーズに合わせている。一部のスーパーマーケットでは、子どもが見やすいように、駄菓子のコーナーだけ商品の棚が低くなっている。 各コンビニでは、製菓会社と協力して期間限定商品を販売している。このように、作り手、売り手の戦略があるからこそ、駄菓子は売れていると言える。。そして、これに加えてもう一つ大きな理由があると思う。 駄菓子を購入した人に、理由を聞いてみると、「子どもの頃を思い出すから」という人が多かった。コンビニでの駄菓子の購買層は、20代から40代が一番多いというデータもある。かつて駄菓子を買っていた子どもが社会人となって経済的に余裕ができ、昔を懐かしんで駄菓子を買っているのだ。 現在の駄菓子ブームはここから始まっている。そして、このような大人たちが、子どもに駄菓子を買い与えることも多い。駄菓子は、世代と世代の橋渡しになっているのだ。 この懐古現象は他の分野でも起こっている。映画「ALWAYS三丁目の夕日」が大人気になり、続編も公開された。この映画もまた、かつてありし日の日本を現代の子どもたちに伝えるものである。今の社会には、高度経済成長期、すなわち右肩上がりの発展が信じられた時代を懐古する雰囲気があると言える。 企業の努力と、社会の古き良き時代を懐かしむ風潮、この二つが駄菓子が売れている要因なのかもしれない。 |
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| 東筑の虫 | ||||||||||||||||||||
グループしなけりゃ意味ないねオールドな雰囲気の喫茶店や路地の片隅にあるひっそりとしたバー、レコードの針が落ちるときの「ブチッ」という音。ジャズには何となく静かで堅いイメージがある。ジャズ、と聞いて連想するもの。 だが、それは少し違う。 ポップミュージシャンがバラートからダンスチューンまでこなすように、ジャズメンたちもテンポの速い踊れる曲もしっとりした曲も演奏する。事実、クラブでも時折ジャズがかかることがある。そもそも「ジャズ」というのはかなり広いくくりで、その中にビ・バップやフリー・ジャズ、フェーンといった色々な分類がある。 使われている楽器を見ても、例えばフュージョン・ジャズではエレキギターが頻繁に使われ、中にはヒップホップアーティストとコラボしたアルバムもある。さらに言えば、バラードはそもそもジャズの演奏形式の一つだった。 なら、ジャズと他ジャンルの音楽を区別しているのは何だろうか。一言で言ってしまえば、それは「アドリブ」と「グルーヴ」である。 アドリブとは即興演奏のことで場のムードや自分の気分によって瞬時に曲を作るのだ。ジャズメンにとっては一番の見せ場である。アドリブパートが上手くいけば、その曲は成功したと言ってもいい。逆に言うと、これが上手くいかなければジャズとしては大して価値がない。だからジャズメンたちはアドリブに命をかける。中には強烈なインスピレーションを得るためにドラッグに手を出してしまう者もいる。それほどのプレッシャーなのだ。 だが、アドリブよりももっと大切な物がある。それが「グルーIヴ」だ。グルーヴしていなければその曲はジャズではないと言っても過言ではない。 では、グルーヴとは何か。それは、聴いた人が「あ、ジャズだ」と思うような、ジャズ特有の雰囲気や「ノリ」のようなものだ。例えば先ほど書いたバラードは特定の拍子が決まっていない。ヴォーカルやホーンが自分の感覚で、その場その場で曲を速く、遅くして、それに他のメンバーが合わせて演奏するのだ。この一定の拍子のない演奏を聴いてさえ、私たちはそれが「ジャズ」だとわかる。一瞬一瞬にグッとくるような「ノリ」があるからだ。演奏者の感情が、音と音の「間」に染み出すと言ってもいい。私たちはそれを感じて、「ジャジー」だと感じるのだ。 ジャズは個性の音楽だ。ほとんどの曲の中にアドリブパートがある。そこではプレイヤーは自由に演奏できる。だからこそ、自分の「個性を出した演奏をしなければ誰も聞いてくれない。そしてその個性がはっきり演奏の中に出て、それが聴衆に受け入れられると、そこにグルーヴが生まれる。そこから私たちは先程書いたジャズのノリを感じるのだ。 と、ここまで偉そうなことを書いているが、私はただの高校生であり、ジャズの魅力を十分伝えられたとは到底思えない。百聞は一見に如かず、やはり実際に聴いてみるのが一番だ。今はブルーノートなどのレーベルから1500円の名盤シリーズが多数出ている。どれもいいアルバムなので、ぜひ一度聴いてみてほしい。 私のお勧めは、マイルス・デイ“ヴィスの「カインド・オブ・ブルー」。マイルスの静かで深い、そして魂の底から叫んでいるようなトランペットは必聴だ。 |
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| 部活動訪問記 −囲碁・将棋部編− | ||||||||||||||||||||
囲碁・将棋部の1年生、松田浩志君が囲碁の男子個人戦の部で全国大会出場を決めた。松田君が囲碁碁を始めたのは小学校5年生の時、周りの人がやっていたのがきっかけだった。人気アニメ「ヒカルの碁」の影響が大きかった頃のことだ。入部以降もめきめきと力をつけて、現在五段の実力者だ。「これから布石の勉強に力を入れてさらに高段を目指してほしい。」と顧問の遠藤先生は語る。全国大会ともなるとやはりレベルが高いが、結果が出せるように頑張りたいと松田君は意気込んでいる。目標はまず一勝すること。自分のペースで局面を進め、自分らしい手を打っていきたいとのことだ。 囲碁・将棋部は現在18名で活動していて、級位者も有段者も実戦経験を積むことで実力アップを目指している。個性派揃いの部員たちは仲が良く、雰囲気はいつも和やかだ。 部員の上達のスピードは目を見張るものがあり、何も囲碁のことを知らずに入部してきた生徒がわずか一年で初段になるという。次回は男女とも団体戦でエントリーして、全国大会へ…と部員全員で期待に胸をふくらませている。囲碁・将棋に興味がある人はぜひ東筑会館二階の会議室に一度、練習を見に行ってみてはいかがだろうか。囲碁は簡単なルールを一通り教えてもらえば誰でもできるようになるので、経験者はもちろん、初心者も大歓迎だ。 松田君の全国大会での健闘を祈る。 |
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| 編集後記 | ||||||||||||||||||||
| 3年生の先輩方、卒業おめでとうございます。先輩方のいなくなった部屋は何となく寒いですが、1,2年のパワーで新聞部を熱く盛り上げてていきます。時々遊びに来てくださいね。 (ハイド) 先日、母が勝手口から外へ出たときのことだ。ボイラーの近くに薄黄色のふさふさしたものが暖を取っていた。なんとそれはイタチだったらしい。まだ、この辺にいるのかと少し感動。 (ジキル) 1年生は1月下旬、スキー教室に行って来ました。転んでばかりの皆でしたが上達スピードが速く、「スキー最高!」の声があちこち聞こえました。また長野に行ってスキーをしたい! (藍) 先日、我が家にソファーがやっきました。当初は購入反対派った私でしたが、座り心地の良さにたちまち虜に。最近は私の巣なりかけています。(紅梅) いつも真っ暗な学校への道が今日は妙に明るい。東の空を見ると、久しぶりに朝焼けに会えた。ゆっくり、本当にゆっくりだけれど、春は近付いている。 (常磐) “新聞部団塊の世代”が卒業します。典ちゃん、美彩ちゃん、真実ちゃん、伶くん、新聞部を盛り上げてくれてありがとう。知性と教養を武器に、輝かしい人生を切り拓いていってね。(サファイア) 葉書が7円だったころ、やきりんごは5円、バナナクリームロールは15円、そして100円玉なんてもは、なかった。わかるかなあ、わっかんねえだろうなあ。 (B&W) |
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【第251号】平成19年 12 月 14 日(金)発行 |
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| 東筑リサイクル白書 〜エコタウン訪問を通して〜 | |||
東筑生のリサイクル意識は? |
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| 若い潮 | |||
| 最近、人間関係の悩みを抱え、病気になったり、学校や職場に行けなくなったりする人が多いというニュースをよく耳にする。このことは社会全体にとって大きな問題になってきていると思う。 ちょっと立ち止まって自分の周りを見つめて欲しい。日常の何気ない一コマの中にも誰かのSOSが隠されているかもしれない。 中学2年生のとき、私はある友人のSOSと向き合ったことがある。彼女の最初の変化は表情が暗く、反応が鈍くなったことだった。どうしたのか尋ねてみると、彼女は自分がクラスで疎外され、数人の人から嫌がらせをされて辛い思いをしていることを語ってくれた。元々彼女は人付き合いがあまり上手ではなかったため、クラスにうまくなじめなかったのだろう。 その日から毎日、私は彼女の相談に乗ることにした。といっても私には彼女の話を聞いて、自分なりのアドバイスをすることしかできなかった。 ある日10分休みに、私は泣いている彼女に会い、保健室に連れて行った。後日、私は先生に話を聞かれた。状況を伝えた後、私は先生に尋ねてみた。「私は彼女に何かしてあげられたのでしょうか。」すると先生は「あなたが側にいたことが支えになったんじゃないかな。」とおっしゃった。 辛いとき、誰かが側にいてくれるだけで気持ちが少し軽くなる。そんな経験をしたことがきっとあると思う。一本の小枝は簡単に折れるけれど二本三本なら折れにくいように、人は誰かと一緒にいると強くなれる。だから悩みを一人で抱え込んでいる人は、誰かに相談したらいいと思う。そして、逆に周りの人の様子が少しでもおかしいと感じたら、早く手を差し伸べてあげてほしい。それで救われる人がきっといるはずだから。 今、私と彼女は別々の高校で自分の夢に向かって歩き始めている。 |
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| スペシャリストを訪ねて | |||
| 私たちは日常生活の色々な場で、遊んだり、学んだりしている。そういったことをする場があるのは、そこに目標を持ち、やりがいを感じながら働いている多くの人々がいるからだ。そんな人々に会ってみたい。 そう考えた私たち新聞部は、7月にスペースワールドといのちのたび博物館に取材に行った。共に、私たちが遊んだり学んだりするときの手助けをしてくれる身近な施設だ。 スペースワールド スペースワールドに行ったことがある人は、多いと思う。日本で初めての宇宙テーマパークであるスペースワールドは、1990年、新日鉄の資本により開園した。 私たちは、スペースワールドのさまざまな職種の人々がアトラクションなどを運営している様子を知りたいと考え、7月24日に取材に行った。 園内に入り、企画グループPR課に所属している松澤さんから園の概要を話してもらった。まず、設立の所以についてだが、スペースワールドが宇宙テーマパークになったのは、工場の街という硬いイメージをなくし、やわらかいイメージにして町の活性化に繋げるためである。そして現在は、NASAと協力してスペースキャンプなどを行うと共にエンターテイメント性も取り入れている、ということだ。 次にスペースワールドの職員の労働時間についてである。開園前に、アトラクション点検担当の係の方が早く来て、1時間半、長いものでは2時間以上点検をするのだそうだ。開園中はアトラクションの安全バーの確認など安全点検や、乗車案内などをする。閉園時間後も買い物をしているお客さんがいるので、皆を送り出して、もっと遅く帰る係の方もいる。この話を聞いて、私たちの知らないところで頑張っている方がたくさんいるのだと思った。 その後、ゲストサービスセンターで仕事をしている松本さんにお話を伺った。ここでの仕事は、パーク内外総合案内や迷子、落し物の案内、アナウンス、ゲストアドバイス (クレームとは言わないのだ)への対応などである。スペースワールドの円滑な運営のためには欠かせない仕事である。 仕事の中で、やりがいを感じるときは、お客さんに「ありがとう」と言われたときで、外国人のお客さんと言葉が通じない時は辛いと感じると語ってくれた。お客さんに苦情を言われるときも幸いのでは、と思ったが「それも仕事の一部です。」ということだ。また、私たちが今のうちにしておいたほうが良いことは、海外でホームステイや留学をしてコミュニケーションの能力を養っておくことだとアドバイスをもらった。 インタビューの途中、ゲストサービスセンター内の、おむつ交換室や授乳室に入らせてもらった。おむつ交換室は天井や壁がかわいく、授乳室にはプライバシーを守るためにしきりがあり、利用する人が快適に感じるように気を配ってある。今後はこのような細やかなサービスをもっと増やしていきたいと、語ってくれた。 勉強が忙しい東筑生も冬休みにスペースワールドに行ってみたらどうだろうか。ストレス発散に効果があること間違いなしだ。 いのちのたび博物館 7月27日、いのちのたび博物館に取材に行った。この博物館は「自然と人間の関わりを考える共生博物館」を理念として、自然史、歴史の両分野の展示を行っている。 まず最初に、施設の説明をしていただいた。この博物館には展示施設のほかに、講座室、実習室、収蔵庫などがあるバックヤードがあるそうだ。 施設の説明のあと、学芸員の方にバックヤードを案内していただいた。学芸員とは、資料収集や調査研究を行ったり、展示物をより楽しめるように工夫したり、子どもの体験教室の指導を行ったりして働いている人たちだ。今回は、岩石の研究をしている森さんと、歴史を研究している日比野さんに案内していただいた。 この博物館には10以上の収蔵庫があり、保存、研究のための資料が収められている。森さんに案内していただいたのは、重量系収蔵庫だ。収蔵庫には、大小さまざまな岩石が三万点ほど保存されている。すべての標本はコンピュータに登録、管理されているが、登録の作業は時間がかかり、未登録の標本が一割以上あるそうだ。大変な仕事だが、やりがいがあると森さんはおっしゃっていた。 次に学芸員の日比野さんにトラックヤードと歴史史料収蔵庫を案内していただいた。トラックヤードとは、資料の搬入口があるスペースである。ここで、搬入された資料を燻蒸室に入れて、虫やカビを駆除する。博物館が最も恐れているのは、害虫が資料を食べることだ。そのため、どんな資料でも燻蒸して害虫の侵入と増殖を防ぐらしい。 続いて、歴史史料収蔵庫を見せていただいた。この収蔵庫には前室と呼ばれるスペースがあり、さらに奥に収蔵庫がいくつかある。前室があることで奥の収蔵庫の気温や湿度を一定に保ちやすくなるそうだ。収蔵庫には、史料が所狭しと並んでいて、教科書で見るような史料もあった。なかでも「千人針」という史料は、戦地へ行く兵のお守りとして千人の人々が一針ずつ縫った布で、当時の状況を示す貴重な史料だ。 私たちは取材の中で、両学芸員に高校生のうちにしておくといいことを聞いた。両学芸員の回答で共通していたことは「興味のあることを見つけて、それに打ち込む」ことだった。そのためにも好奇心を失わずにいることが大切だそうだ。 今回の取材を通して、展示物だけではなく、学芸員の方々が工夫を凝らした展示方法も博物館の見所だと私たちは感じた。この記事が、博物館を新鮮に楽しむきっかけになれば幸いだ。 おわりに 今回の取材で、スペースワールドではクルーの方々の細やかな配慮を、いのちのたび博物館では学芸員の方々の努力を感じることができた。それぞれの職場で多くの人々がプライドを持って働いていて、世の中が成り立っている。そんな当たり前のことを改めて実感した今回の取材だった。 |
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| 部活動訪問―山岳部編― | |||
| 「山岳部がすごい。」この噂を聞きつけた私たちは、山岳部を訪ねた。多目的ホール一階の部室に入ると、カラフルな突起物のついた壁が目に飛び込んできた。 山岳部は日々、ポルダリングを主な活動としている。ボルダリングとは、壁についている突起物に手と足をかけながら、登っていくという競技である。テレビなどで、ロープを使い15b以上の高さの壁を登っていく競技を見たことはないだろうか。それをリードクライミングというのだが、ロープを使わずに4bくらいの壁を登っていくのが、ポルダリングである。ちなみに山岳部が練習に使っている壁は、「東筑壁」と呼ばれている。 山岳部は昨年まで、実際に山に登り、大会の得点になる天気図を書く練習などをしていたそうだ。しかし部員が少ない今は、一人でも大会に参加できるボルダリングの練習をしている。 部活動の楽しい点を聞くと、部長の横大路さんは「自分が登れていること自体」と、部員の東さんは「今まで登れなかったボルダリングのコースを登れるようになること」と語ってくれた。 めったにない機会なので、私たち新聞部も「東筑壁」に登らせてもらった。予想通り素人には難しくて、何度も何度も壁から落ちてしまった。 練習では、腹筋や腕立て伏せなどをして基礎体力作りをたくさんしているのだろうと思ったのだが、壁に登ることが何よりの練習なのでひたすら登るだけで、それ以外に特別なことはしていないそうだ。 そして、ここでうれしいニュースである。東筑高校山岳部が、なんと、国民体育大会の福岡県強化選手になった。健闘を祈りたい。 |
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| 東筑の虫 They have HEART | |||
蒸気機関車は、英名「Steam Locomotion」を略した「SL」がポヒュラーな呼び名である。産業革命に大きく貢献したことで、テレビの歴史番組でよく紹介され広く知られている。しかし、その姿を実際に目にする機会はほとんどない。ディーゼル機関車や電気機関車などに比べ、パワーやスピードが遥かに劣り、車体から出る排煙も問題となり、ほとんど使われなくなったためだ。日本では1949年に製造を停止し、現在稼働しているのはわずか10輌ほどである。効率化を追求する現代社会の流れに、SLは取り残されてしまった。 ところが最近、観光資源としてSLを残そうとする活動が全国で展開されている。熊本の豊肥本線では、北九州市の若松機関区を走っていた車輌を修復し、「SLあそBOY」として1988年から運行を開始した。2005年に故障しため引退したが、復活を熱望する多くの人々の声に応えるべく、2009年を目標にJR九州小倉工場で修復が進められている。 テレビであそBOY修復作業のニュースを見た。作業員の中には、長年SL修復に携わってきた70歳を超える老練の職人もいれば、今回初めて参加するまだ若い作業員もいた。ベテラン作業員の一人は「SLは見かけによらず、デリケートな機械なんです。ねじの1_のずれがあってもうまくいかない。だから若い世代に整備の技術を伝えていかないとSLは走れなくなってしまうんです。是非伝えていきたいですね。」と話していた。 SLの故郷イギリスでは、各地に保存鉄道とよばれるSLの保存を目的とした鉄道があり、一般道路では古風な蒸気自動車が優先されて走る。その情景からは蒸気機関への愛がひしひしと感じられる。現代のハイテク時代にSLがこのように愛されるのは何故だろうか。 それは、SLが「人間らしさ」のある機械だからだと思う。私は以前SLに乗ったことがあるが、今でもあのときの感動は少しも色あせずに心に残っている。 その日、私は朝早くから駅のプラットホームでSLの登場を心待ちにしていた。出発の時刻の少し前、SLは乗客の前にその勇姿を現した。勇ましく汽笛の雄叫びをあげて出発する。しばらくして山を登り始めると、足取りが重くなり、息を荒げた。聞こえてくる音一つ一つが、本当に精一杯走っていることを感じさせる。下りに差し掛かると、まるで楽になって喜んでいるように一気にスピードを上げる。駅にたどり着くと、ほっとしたようにため息をつき、辺りは煙に包まれる。電車を見慣れている私にとって、この表情のアップダウンは非常に面白く、初めて乗ったのにどこか懐かしく、私の心をほっと温かくした。SLは人間と同じように生きている。私は本当にそう感じた。 今後、SLの老朽化はますます進み、走れなくなるものも増えてくるだろう。整備などの技術を後世に伝えていかなければならないという課題もある。しかし、ハイテク化された世界に生活する私たちに、アナログな安らぎと懐かしさを与えてくれるこの表情豊かな老人たちには、いつまでものんびりと走り続けてほしい。 |
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| 獅志 吠ゆる | |||
| 透き通るような青空、まぶしく照りつける太陽。今年の体育祭はまさに「体育祭日和」となった9月9日に開催された。 開会式の始まる頃には、運動場は保護者やOBの方々で埋め尽くされていた。プログラムが始まると、今年のテーマ「獅志奮迅」を体現するような迫真の演技や競技に観客席は大いに盛り上がった。 高校の教師をされていたという保護者の方は、「東筑は素晴らしいパネルがあり、保護者が多く来ている。そのよい雰囲気を楽しみに来た」とおっしゃった。 午後の部に入り、保護者の方々の一番人気、応援合戦が始まった。一年生は女子の「Everything We Touch」、「El Nin Yo!」と、男子の「ビリーズブートキャンプ」、全体での「Hot Stuff」と、これまでの応援とは一味違った斬新な演技を見せた。二年生は女子の「Girl friend」、男子の「型」、全体での「イケナイ太陽」と、溌刺とした力強い演技だった。トリを務める三年生は最上級生らしい堂々とした演技を披露した。初めに女子が「モダン」、「never ending dream」で息の合った美しい演技を見せた。男子は気合いがこちらまで伝わってくるような迫力ある「型」を演じた。最後に「ゴエモンメドレー」、「音乱舞」をバックに、虎の山車がトラックを練り歩いた。 今年は二年生が下剋上する大活躍だった。三年生は随所で下級生を圧倒し、最上級生の貫禄を見せた。一年生は初めての体育祭で気負いなく戦った。雨で予行が延期になるなどのハプニングがあったが、全員が協力した結果、素晴らしい体育祭となった。 |
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編集後記 |
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| わかる人はわかると思いますが、今年も100`bハイクに参加しました(詳しいことは去年の三学期号をご覧ください)。ゴールした時の感動は‥・表現できません! (ハイド) 県大会で二つも賞を頂き、新聞面はルンルンです。大会では、他校と交流新聞作りをして、大変有意義な時間でした。決して。新聞紙を丸めてチャンバラなんてしていません。(ジキル) この前コンビニでふと、視線を感じた。ふり返ると、マンゴー好きのあなたに飲んでほしいというマンゴーティーの声。出会いに感動すると共に、糖分多量摂取への不安が募る今日この頃。 (藍) 万人の認めるドジ人間の私。つい先日も階段から落ちました。先生に「気をつけて。」と言われたわずか数秒後のできごと。あまりに見事だったのか、先生に吉本入りを勧められました。 (紅梅) カメラを持つと際限なく激写してしまう癖がある。幼い頃、旅行中私にカメラを持たせた両親は、帰った後で写真代に泣かされたそうだ。それ以来私はカメラを持たせてもらえない。 (常磐) ザクザクと霜柱を踏んで登校した経験がありますか。え、霜柱って何ですかって‥・。 (B&W) クリスマスのイルミネーションが好きです。この時期、北九州も頑張ってるなと嬉しくなります。 (サファイア) |
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